第69話 薬草と老人
女性3人はそれぞれ戦意を新たにしていていたが、肝心のブランドはいつも通りである。
衛士団の業務について精励するとともにトールハイムの隅々にまで目を光らせた。
それをこなすと同時に都からの帰還途中に遭遇した違法な品の密輸に関する報告書を発送する。
その間にもトマスたち子供らの相手をしてやり、孤児院への訪問をこなしていた。
体がいくつあるのか分からないと言われるほど精力的に活動している。
ドラマタは不足しているブランド成分を摂取するためなのか出張に出る前よりもべったりとくっついていた。
そんなブランドの姿を見てトールハイムの人々は日常生活が戻ってきたと感慨深い。
住民にとってはブランドは町の風景の一部となっている。
実際に何か相談することはなくてもいざというときには頼る相手がいるというのは精神衛生上非常に安心できた。
今日も露店の店で客と店主が揉めているのを見かけるとブランドはそちらに足を向けた。
「その辺に生えている草を取ってきて、ちょちょっと手を加えただけじゃないか。その草だってどこにでも生えている。それがこんな値段なのか? もうちょっと安くしなよ。近所の誼で」
「えーと、そうは言っても……」
「やあ、何か問題かな?」
ブランドはいつぞやの商家での不審者事件の関係者であるテッドと高齢の男性に声をかける。
「なあ、隊長。この腹痛の薬をこんな値段というのは高いと思わんか? まったく最近の若いものときたら金、金、金じゃ。昔はもうちょっと人情があった。困ったときはお互い様と言うてな。隊長、あんたなら分かるじゃろ?」
先に老人が訴えた。
「隊長。これは危険を顧みずにシャロンさんが取りにいったものなんです。普段なら確かにありふれたものですけど。それにこの間までの戦争になるかもってときは採取にいけなくて稼ぎが無かったんです。それでも高いでしょうか?」
すかさずテッドが事情を語ると老人もさらに言葉を継ぐ。
「うちの孫娘が腹が痛いと泣いとるんじゃ。まだ、小さいのに。わしゃ可哀想でならん」
どちらの言い分にも理はあった。
老人の言い分はここだけ切りだせば我が儘のように聞こえるが、この人物は引退する前は食堂を営んでいて困っている人には割引したり無料で与えるなどの施しを長年してきている。
その一方で恋人が危険を冒し手間暇をかけて抽出した薬をテッドが一方的に安くするわけにはいかないというのも理解できた。
ブランドはしばらく考えると老人に向き直る。
「値段はともかく、あの草をこの薬にするまでには手間がかかっている。オヤジさんも自慢の家鴨のパリパリ揚げ、絞めて焼いただけと言われては面白くないのでは?」
「あ、ああ。そうじゃな」
「時間と根気のかかる料理でしたからな。思い出しただけで喉が鳴ります」
その言葉に老人は顔をほころばせた。
それから、だぶつき気味の顎を手でしばらく撫で回していたがテッドに謝罪をする。
「ちょっと言葉が過ぎたようだ。さっきの発言は謝ろう。この薬にはそれだけの価値がある。じゃが、もう少し値段はなんとかならんかのう」
その様子を見て笑顔になったブランドが提案した。
「それじゃあ差額は私が出そう」
この発言には老人が慌てる。
「いや、わしはそんなつもりでは。そこまで隊長さんの世話になっては申し訳なさ過ぎる」
「いやいや、私も無償で出そうと言うんじゃない。その代わりにオヤジさんが自慢の家鴨料理を作って差額分を振る舞ってもらうってことでどうだろうか?」
「ん?」
「オヤジさんは薬が手に入る。テッドは満額代金を受け取れる。私は久しぶりにあの味が楽しめる。3方が皆満足だ。まあ、オヤジさんのご子息は代替わりしたのに先代が厨房に立つのは面白くないかもしれないが、そこは娘のためと堪えてくれるでしょう」
「そういうことなら引き受けた」
「僕ももちろん文句はないです」
ブランドはテッドと老人を握手させるとその上に自分の手を重ねた。
「それじゃ取引成立だ」
老人がテッドに金を払い、テッドが薬を渡すとブランドは差額を払い歩み去る。
それを見送ったテッドは売り上げを入れた箱ではなく自分のポケットから小銭を出した。
「隊長に約束した料理、ほんの端っこでいいから僕にも貰える?」
老人は破顔するとその小銭を受け取って拳で腕を叩く。
「おう。引き受けた。腕によりをかけたもん作ってやるさ」
そんな微笑ましいやり取りが行われている間にブランドは老人の息子が営む料理屋へと向かっていた。
仕込みで忙しいところに邪魔をする詫びを述べてから事情を話して協力を求める。
男は苦笑を浮かべつつ了承した。
「すまないな。代替わりして軌道に乗ったところなのに」
「いえ、隊長がいなかったら、親父はまだ引退していなかったでしょうからね。そして肘を壊していたでしょう。丸く収めて頂いてありがとうございます」
職人肌で採算度外視で料理を提供する先代とある程度は儲けを出したい今の店主の間をと取り持ちなんとか平和裡に代替わりするようにしたのがブランドである。
家鴨のパリパリ揚げはその象徴だった。
遠火で素焼きして落ちた脂を皿に受け、それを何度もかけて焼き上げる料理は手間暇が半端ではない。
家鴨自体はトールハイムでありふれた食材で安価であり、普通に焼いてもそれなりに美味かった。
そのため、先代はパリパリ揚げをほぼ原価で提供しており、親子間の諍いの原因の1つにもなっていたものである。
ブランドはそれを蒸し返すようなことをした詫びを言いに来ていた。
店主はさっぱりとした笑いを浮かべる。
「まあ、何もしないと親父も暇なんでしょう。娘の腹痛もそんな大事ではないんです。これを機会に親父には露店を出すように勧めてみます」
「ああ、もしここの厨房に立つとかと言い出したら教えてくれ。私からも話をしよう」
「覚えておきます」
こんな会話があった数日後、広場での市に新たな露店が出た。
以前よりはちょっぴり値上げをしていたが2羽分の家鴨のパリパリ揚げは飛ぶように売れる。
その日のテッドとシャロンの夕食は日頃より1品増えて豪華なものになった。
ブランドに対しては丸々1羽分の料理が届けられる。
1人で食べる量ではなく、衛士団の詰め所に持ち込み、ちょうど内勤だった第1隊の団員に出張時の慰労ということでそれを振る舞った。
第1隊の団員に混じってドラマタも脂の少ない胸肉の部分を与えられご機嫌で鳴く。
そこにイライザも偶然通りかかった。
「何やってるの?」
「イライザか。ちょうどいい。食べていけよ。好きだっただろ?」
「あ、終売したパリパリ揚げじゃない。いいの?」
急ぎの用ということでベアトリスから呼び出しがあったところだがイライザは足を止める。
「ああ、もちろんだ」
ブランドはイライザ用に別のものをフォークに刺して渡すために自分が食べようとしていた1片を皿に戻そうとした。
「取り直さなくてそれでいいわよ。これってそんなお上品に食べるものじゃないし」
イライザはブランドの手にしていたものを指でつまんで口に入れる。
「やっぱり美味しい。ご馳走様」
指についた脂を舐め取りながら溜まり場を出ていった。
ここまでの行動はほとんど脊髄反射である。
衛士なんてものをやっているとこういう行為をしがちだった。
溜まり場を出てからイライザは激しく後悔する。
あああ。
あの2人みたいに上品になるって決めたのに!
反省したが後の祭りであった。
一方でこの様子を見ていた第1隊の団員は、さすが付き合いが長いと余裕が違うぜと感心している。
衛士らしいといえばその通りなのだが妙齢の女性の行動としてマナーに適っているかというと少々難があった。
そして、イライザと面会したベアトリスはイライザの唇がいつも以上に艶々としていることに気がつく。
退出した後にフランセーヌを振り返った。
「気がついた?」
「はい。いつも以上に発色が良かったです」
「ついに外見も飾って攻勢をかけるつもりかしら。油断ならないわね」
「あからさまな化粧は逆効果。ブランド殿の好みを良くご存じということでしょう」
「私も艶出し程度なら問題ないということかしら?」
「そうですね」
主従は顔を見合わせる。
ベアトリスは明日から私も対抗しなくてはと思ったのだった。




