第67話 同じもの
翌朝目覚めたブランドはドラマタの世話を焼いた後、自分も食事を終えてからドラマタを肩に乗せて衛士団長の宿舎へと向かう。
ここを訪ねるのはベアトリスが着任してから初めてのことだった。
一般的には少々早い時間の訪問だったが、応対した従卒のフランセーヌに連れられて応接室に入る。
少し待たされた後、ばっちり身支度をしたベアトリスがやってきた。
「ブランド隊長。今日は非番のはずだろう? それにここに訪ねてくるとは珍しいな」
表面上はいつもと変わらない様子を見せながら、どういうことだろうかと密かに心を弾ませている。
「朝早くからお騒がせして申し訳ありません。実はご実家から荷物を預かっておりましてお届けに上がりました。公務ではないため、こちらにお持ちした方が良かろうと思った次第です」
ブランドは手にしていた鞄から封をした重そうな包みを取り出して応接テーブルの上に置いた。
「ああ。そんな使い走りの真似事をさせて申し訳ない」
「都では屋敷に泊めていただくなどさんざんお世話になっておりますから、これぐらいのことなんでもありません」
「いや、ブランド隊長はコロンナの家士ではない。このような公私混同はあるまじきことだ。頼んだ者は誰だろうか? 2度とこのようなことが無いように後で厳しく言っておく」
実際のところ、貴族である上司が公的な部下に私用をさせるということは良くある話である。
しかし、褒められた話ではないのは確かであったし、ベアトリスとしては自分もそういうだらしない人間だとブランドに思われたくはなかった。
「どのみち、トールハイムに戻るところでしたし、ついでのことですのでお気になさらないでください。それとこれはお屋敷でお世話になったことのお礼の品です」
ブランドはチョコレートボンボンの箱を取り出して、こちらもテーブルの上に置く。
「面倒を見ていただいた滞在中の食事代だけで比べ物にならないほど負担をかけていると思います。ささやかなお返しで恐縮ですがご笑納ください」
ブランドに断りを入れてベアトリスが箱の中を見てみれば、可愛らしいチョコレートが入っていた。
「わざわざ私の為に? 逆に気を遣わせてしまって悪いわね」
そうは言いながらも声に喜びが漏れてしまう。
チョコレート菓子が大好きということもあったが、これをブランドが選んで買ってきてくれたということが大きかった。
相変わらず謹直な顔のブランドが何を考えているのか読めないが、他の衛士団員とは異なった対応をしてくれたことに特別な意味を感じてしまいそうになる。
「朝の忙しいところにお邪魔しました」
用件が済んだブランドはすぐに辞去した。
ベアトリスとしては物寂しい気もするが引き留める理由もない。
非番中のことであるし、何しろ3日間の休暇を出したのはベアトリス当人だった。
朝食をとった後にお茶と共にチョコレートボンボンを1つ食してみる。
ベアトリスにとっては慣れ親しんだ味だったが、ブランドに贈られたというだけで何倍も美味な気がした。
団長の宿舎から辞したブランドはその足で騎士団の屯所を訪ねようとする。
しかし、大通りに出ると道行く人々に次々と挨拶をされ立ち話をする羽目になった。
「やあ、隊長。随分と長い間出かけていたね」
「ブランドさんが戻ってきてくれて安心だ」
「結局、あの若いのはどうなったんです?」
時間がかかったがようやくブランドは騎士団の屯所に到着する。
ブランドがトールハイムに戻ってくる5日ほど前に別の場所から増援が派遣されてきていたのでオーギュスト以下の40名は国境沿いの陣から町に戻ってきていた。
これはオラストン伯爵に対する軍の配置が決まり、隣国へも対応をする余裕が生まれた結果によるものである。
いずれにせよ、騎士の面々は緊張した環境から解放されていた。
ブランドが訪ねてきたということを知るとオーギュストはすぐに応接室に招き入れる。
もちろん抜かりなくシャーリーを同席させていた。
ベアトリスを介在させず直接本人を口説くチャンスである。
この機会を逃すつもりはなかった。
「昨日トールハイムに戻られて早々に顔を見せられたというのはどういうことかな?」
「シャーリーさんにお返しするものがあって参りました」
ブランドは形の異なる薄い金属を数枚重ねて鋲止めした護符がつながった細い金鎖を服の中から引っ張り出す。
鎖の輪から頭を抜いて護符を机の上に置いた。
「どうも貴重なものをお貸しいただきありがとうございました。お陰で助かりましたよ」
ダグラスを2回目に強奪するための襲撃でブランドに対する矢がことごとく逸れていったのはこの護符の効果による。
護符の持ち主はシャーリーだった。
本当なら自分がついていきたいところだったが、ギルクスたちの仕事を奪うわけにもいかず代わりに矢避けの護符をブランドに託したのである。
ブランドの役に立ったということは先に戻ってきていたギルクスらの報告で知っていたが、改めてブランドの口から礼を言われシャーリーの顔は綻んだ。
「いえ、お役に立てて何よりでしたわ。話に聞くところによればブランド隊長には不要だったかもしれませんわね」
「そんなことはないですよ。とても助かりました。それで、これはそのお礼の品です。お気に召すといいのですが」
そう言いながら取り出したのはイライザ、ベアトリスに渡したものと同じものである。
よりによって、この3人に同じものを買ってきた形になっていた。
逆に差をつけていても色々とややこしいことになるので、これで良かったと言えるのかもしれない。
シャーリーの顔がぱっと輝く。
「どうもわざわざすいません。嬉しいですわ」
同席していたオーギュストもブランドらしくない気の利いた選択にこれは脈ありではないかと期待をした。
チャンスとばかりに縁談の話を蒸し返そうとする矢先にブランドが失礼すると別れの挨拶をする。
「少しは落ち着いたとはいえ、まだまだ騎士団もお忙しいでしょう。お邪魔になるわけにはいかないので、これにて御免」
見事な呼吸で出鼻をくじかれてしまった。
こうしてブランドは期せずして3人の女性に意味深な贈り物をする。
贈られた方は色々と想像を逞しくしたが、贈った方は単に社交儀礼だったのか、それとも何か意図を込めていたのかはこのときはまだ誰も知らないのだった。




