第66話 特別なお土産
2人がほとんど食事を終えたところで、ドラマタが満足げに小さく鳴く。
ブランドがホッとしたようにイライザに尋ねた。
「ドラマタの世話は大変ではなかっただろうか? 衛士団の仕事の負担も大きかっただろうに、さらに甘えてしまって本当に申し訳なかった」
イライザは頭を振る。
「いいのよ。私が好きでやったことだから。ドラマタはいい子にしていたし。ね?」
ドラマタは分かっているのかいないのか小首を傾げた。
「そうか。それならいいんだが。そうだ。ちょっと待っていてくれ」
ブランドは立ちあがると部屋の隅に置いてある背嚢のところにいく。
中をゴソゴソ探して小さな箱を取り出した。
席に戻りテーブルの上に箱を置く。
「これはイライザに。衛士団の皆へのものとは別に買ってきたんだ。気に入ってもらえるといいんだが」
「開けてみてもいいかしら?」
「もちろん」
イライザが開けてみると麗々しく茶色いものが並んでいた。
表面をごく薄い透明な膜が包んでおり、ランプの光を受けて煌めく。
「これは何かしら?」
「中にブランデーが入っているお菓子らしい。最近できたばかりの新作ということだった。茶色いのはチョコレートというもので、その外側を砂糖水を煮詰めたもので固めたそうだ」
「ということは甘いのね」
「ああ、食べると幸せな気分になるらしい」
ブランドにしては上出来であった。
それが特別に負担をかけてしまった同僚への気遣いであったとしても、イライザのことを他の衛士団員とは異なる取り扱いをしている。
ただ、気の利いた品物の選択はブランドが主体的に行ったわけではなく、買い物をしたお店の人に尋ねた結果にすぎない。
店員が大量に買うのとは別にする以上は特別な相手、通常であれば奥さんか恋人へのものと勝手に解釈しただけである。
しかし、経緯はなんであれ、土産の品はイライザに感銘を抱かせたのは間違いなかった。
見た目も美しい小さなお菓子をブランドから贈られる日が来ようとは!
こみ上げてくるものに感無量となる。
鼻の奥がツンとするのをごまかすようにイライザはお菓子を1つ摘まみ上げた。
「折角だから頂いてみるわね」
ブランドに微笑みかけて口に入れる。
歯を立てると糖衣がカリっと割れて中から柔らかなチョコレートが顔をのぞかせた。
さらに芳醇な香りのブランデーが流れ出し甘さと混然一体となった豊かな味わいを舌の上に演出する。
んー。
イライザは思わず感動の声を漏らした。
こくんと飲み下すと甘さは消えて口中に香気が残る。
「ブランド。ありがとう。とっても美味しいわ。そうだ。ブランドも1つ食べてみて」
「いや、これはイライザへ買ってきたものだから」
「1つだけ。この味をブランドにも味わってほしいの」
勧められてブランドもチョコレートボンボンを口に入れた。
「ふむ。こんな味なのか」
ブランドとイライザの視線が交錯する。
イライザは心が弾むのを感じていた。
これ、いい雰囲気じゃない?
まさかブランドがこんな雰囲気を盛り上げるお菓子を買ってくるとは思わなかったけど、これってそういう流れよね。
ブランデーのせいか動悸が速くなり頬が熱くなったのを感じる。
「ねえ、ブランド……」
今日は泊まっていかない?
さすがにその台詞を口にするのはためらわれて語尾を濁した。
その気持ちを知ってか知らずかドラマタがブランドの体に飛び乗ると抱っこをせがむ。
ブランドの腕に収まると大きく口を開けて欠伸をした。
そして、眠りについてしまう。
その様子にブランドはそっと立ち上がった。
「想像していた以上に酒が濃い気がする。油断をしていたら私も寝てしまいそうだ。もう遅いしこれで失礼するよ」
背嚢のところに行くと片腕で持ち上げて背負いひもを右肩にかける。
ドラマタを抱いている左の腕はこゆるぎもしない。
「急に押しかけてきて夕食までご馳走になってしまって申し訳ない。片付けもせずに帰るのは心苦しいが勘弁してもらえないか。今日のことを含めてお返しはいずれまた別の機会に」
なんとか引き留める言葉を探すが見つからないイライザはようやく言葉を返す。
「そんなのいいのよ気にしないで。お土産も貰ったし」
「そうはいかない。留守中大変だっただろう。菓子1つでは感謝の気持ちを表せないよ」
結局イライザは玄関までついていきブランドを見送ることしかできなかった。
扉が閉まると熱く切なげな吐息を漏らす。
もう。あとちょっとだったのに。
ドラマタもいいところで邪魔をしないでよ。
とはいえ、部屋に招き入れるチャンスをつかめたのはドラマタのお陰であった。
まあ、あの調子ではブランドもそんなに長く目を開けていられなかったかもしれないものね。
部屋に戻ればテーブルの上には2人分の皿が乗っている。
ついさきほどまでここでブランドと食事をしていたことが夢ではないことを告げていた。
幸せな気分で洗い物を終えると寝支度をしてイライザはベッドに入る。
やっぱり、泊まっていくと誘うのは一足飛び過ぎだし言わなくて正解だったわ。
少し冷静になって考え直す。
でも、キスぐらいはしても……。
そこで自分の想像が恥ずかしくなってイライザは枕で顔を覆ってしまった。
その頃、ブランドは自分の家で荷を解くことなくベッドに倒れこんで寝息を立てている。
チョコレートボンボンに含まれるブランデーが効いたようだった。
やはり長旅は心身に負担をかけ疲労がたまっていたようである。
イライザの家にいるときは緊張していたのでその反動が出たという面もあった。
そういう意味では適当なところで暇を告げるきっかけをドラマタが作ってくれたことに感謝をしている。
そのドラマタは眠りこけるブランドを尻目に家の中の散策に余念がなかった。
長い間イライザの家にいたので自分の匂いが薄くなっていたが、それでもブランドの家のことを我が家だと認識している。
一通り歩き回って満足するとブランドのベッドのところに戻っていった。
少し腕を開くようにしている左の脇の間の定位置に体を滑り込ませて丸くなる。
スンスンと鼻をうごめかせると安心したように目をつぶった。
やっぱり、この場所は落ち着くというように満足気である。
当然のことながら、自分の行動がイライザを喜ばせたり、逆にがっかりさせたりしたということにはドラマタはまったく気が付いていなかった。




