第65話 ぎこちない2人
猫の鳴き声を合図にしたかのように2人は同時に口を開く。
「無事……」
「不在の……」
「あ、ブランドが先に」
「いやいや、イライザの方が」
再びお互いが相手の口元を見つめる展開となった。
にゃにゃにゃあ!
何か食べさせろとドラマタが主張しブランドが困り顔になる。
「しまった。お前の食事のことを失念していた」
ブランドは今日の夕食は保存用の何かで済ませるつもりだった。
しかし、保存食となると異常に固いか塩分が強くドラマタには不向きである。
「ね、ねえ、ブランド。良かったら私のところでドラマタと一緒に夕食を食べていかない?」
イライザが緊張した面持ちで提案した。
ブランドの顔を見て早口に付け足す。
「ほら、今日引き取りに来るって分からなかったから、ドラマタの食事を用意しちゃってあるの。それに、これからブランドが準備するんだとかなり待たせちゃうじゃない? 材料を無駄にしたくないし、待たせたら可哀想でしょ?」
ここで旅先から帰ったばかりのブランドが大変だというのを理由にしないところが付き合いの長さ故の知恵だった。
そんなことを言おうものなら失念していた自責の念と相まってブランド自身がやらねばという気持ちを強くするだけである。
「さあ、ドラマタ? ご飯よ」
最後の単語にドラマタの耳が敏感に反応した。
2人を見比べてブランドにニャと催促する。
ブランドは困った顔をしてイライザを見た。
「迷惑ではないか?」
「そんなことはないわよ。さあ、入って入って」
イライザは扉を大きく開けて招き入れる。
内心ドラマタのことを褒めちぎっていた。
ごくごく自然な形でブランドを招き入れることができたので心が弾んでいる。
胸の内とシンクロしてスキップしないようにするのに一苦労だった。
他所様に見せても恥ずかしく無い程度に整理整頓された部屋にブランドを案内する。
留守居を任されていたときに雑然としてしまった部屋を面倒くさがらずに今日片付けた自分を褒めてやりたい気分だった。
「疲れているでしょ。ここに座って」
2人がけのテーブルの椅子を指し示すとイライザは台所へ消える。
孤児院では食事の下ごしらえの手伝いまでしかしておらず、イライザは元々は料理はできない。
しかし、ブランドとのデートに使った店のオーナー兼シェフであるアマンダに頼んで調理を習い始めていた。
その主題は簡単でありながら伴食した相手に感銘を覚えさせる料理である。
今日はイライザが食べようとしていたものがあるので、それのかさ増しだけで対応が可能だ。
主食のポリッジは横着して明日も食べようとしていたのでそれを回せば済む。
ドラマタ用の鳥胸肉の残りを下茹でしておいたものを焼き、砕いたナッツを散らしてアマンダにもらったフルーツのジャムをかけた。
軽く茹でておいたほうれん草に卵を茹でて潰したものを乗せる。
ふふふ。
即席の割には会心の出来映えのアレンジに笑みが漏れた。
「何か私にできることはないだろうか?」
台所の入口でドラマタを抱いたブランドが中を覗き込んでいる。
ドラマタは寛いだ様子で顔を洗っていた。
イライザは慌てて顔を引き締める。
今の顔を見られていないよね?
「あ、待たせちゃった? もうできたから。後は運ぶだけ」
「そうか。それなら私にもできそうだ」
ブランドは床にドラマタを下ろした。
「ドラマタ。ご飯を出すからな。大人しくしているんだぞ」
ブランドは手を洗うとイライザが鉢や皿に盛り付けた料理を運ぶ。
2人はテーブルについた。
イライザは体を伸ばしてドラマタ用の柔らかく煮た鶏肉の皿を床に置く。
「さあ、どうぞ」
ドラマタはいそいそと食事を開始した。
体を起こしたイライザはブランドに微笑みかける。
「さあ、私たちも食べましょ」
鶏肉を1口食べたブランドはううむと唸った。
イライザはたちまちのうちに不安げな表情になる。
え? 何か間違えた? 火加減失敗?
ブランドが顎を動かし飲み込むのを見守った。
「美味いな。道中でフンボルトに奢ってもらった店のものと遜色ない」
イライザは自分でも鶏肉を食べてみる。
確かに悪い出来では無かった。
「ありがとう。褒めてもらえて光栄だわ」
これを糸口にお互いの近況を確認しあう。
「ダグラスがきちんと処罰されるのはいいことだが、それが原因で戦になりそうなのには少し責任を感じるな」
「それは変よ。それじゃ力があるものは我が儘し放題になるでしょ。ブランドは何も間違っていないわ」
「もうちょっとやりようはあったんじゃないかと思ってしまうんだ。隣国との緊張も高まっているんだろ?」
「オーギュスト分隊長も言っていたわ。これは定例行事みたいなもので実際に武力衝突することは無いだろうって」
「そうだといいな。まあ、俺がやきもきしても何ができるわけじゃないんだがな」
2人きりだというのに話題に甘い要素が一切ない。
ほとんど隊長同士の業務上の打ち合わせであった。
まあ、双方ともこのシチュエーションを意識しまくってオシャレな会話どころではない。
ブランドはブランドで若い女性の部屋にいる事実が重くのしかかっている。
そもそも夜間に訪問することにですら抵抗感があった。
それをいつまでもドラマタを預けていては迷惑であるという理屈でねじ伏せてやってきている。
それが気がつけば女性の家で水入らずで食事をしているという状態になっていた。
いや、ドラマタがいるから2人きりではない。
こじつけもいいところで正当化していた。
仕事は別にして若い女性の生活空間に入るという体験はブランドにとって初めてのことである。
男勝りなイライザではあったが、部屋の中の小物などはブランドが使っているような武骨なシャープなデザインのものとは違った。
それに家の中全体がほんのりといい香りがする。
そんな諸々のせいでブランドはイライザと一緒にいることを強く認識していた。
一方のイライザも平静を保てていないという意味では変わりが無い。
ドラマタをダシにして呼び入れるところまでは上手くやったと言える。
料理の出来栄えについてもそれなりのものになったという自信はあった。
しかし、ブランドが尋ねてきたのは完全に不意討ちだったので、入念な準備ができていない。
髪の毛は何とか手で梳いて落ちつかせたものの、着ているものは使いこんだ古着である。
しかも、ブランドが公衆浴場で道中の汚れのない服に着替えているので差が目立っていた。
部屋の片付けをして汗もかいたので臭わないかと気になっている。
そうじゃなくても2人きりということを意識して脇や背中に変な汗が滲んでいた。
台所で景気づけに1杯飲んでしまったので余計に体が熱く感じている。
なんだかふわふわとした状態で何を話題にしていいかも分からなかった。




