第64話 ブランドの帰還
その後は順調に旅を終えブランドとフンボルトはトールハイムに到着する。
その足で衛士団の詰め所に向かい団長室で帰着の報告をした。
副団長ホーソンと共に話を聞いたベアトリスは笑顔で2人を労う。
「ご苦労だった。久しぶりにトールハイム自慢の浴場で旅塵を落としてくるがいい」
ブランドは団員のたまり場に顔を出すとその場に2人からと土産物を置いた。
トールハイム周辺では取れない林檎のお酒を香り付けに使ったビスケットである。
その場にいる各隊の隊長には個別に留守中の負担をかけたことの詫びを言って回った。
一緒に行動することになったフンボルトは詰め所を出るとブランドに疑問をぶつける。
「土産物はお前が買ったんだろ。俺も含めてくれたのはありがたいが、それで良かったのか? 路上ではあれだから、後で代金の半分を出そう。購入費用もそれなりにかかったんじゃないか?」
「支給された旅費にかなり余りがあったからな」
「経費を返還しようとは思わなかったのか?」
1度支給されたものは精算不要なのだが、真面目なブランドなら言い出しかねない。
「それをしてしまうと変な前例ができて旅費が減らされる。私たちは団長の厚意に甘えることができたからいいが、今後出張する者に迷惑をかけるだろうな」
こういうところにまで気が回るのに、なんで女心にだけは鈍感なんだ?
フンボルトはますますブランドのことが分からなくなった。
とりあえず土産もののことに考えを戻す。
フンボルトにしてみれば、私事で遊びにいったわけではなく団長命令での公務であり、このような気遣いは不要との考えだった。
とはいえ、片方が土産物を配ってもう一方が配らなければ他人がどう思うかは明らかである。
「ああ。フンボルトは姉上の件でも忙しかっただろう? その点俺は最後にちょっと手伝っただけだからな。豪勢な夕食を奢ってもらったし土産物の代金はそれで相殺で」
ブランドはあくまで屈託がない。
まあ、こいつはこんな小事で点数を稼ぐ必要はないか、フンボルトは考えた。
通りを歩く人々がブランドの姿を見て次々と声をかけてくる。
いかにも長旅帰りという姿に遠慮して長話はしないが、町の住人の顔には一様に安堵が浮かんでいた。
「それにしても、あの土産物の選択はどうしたんだ? 都で評判の菓子にまで詳しいとは思わなかったぞ」
フンボルトはたまり場にいた女性団員が土産物を見たときに顔がぱっと輝いていたのを思い出す。
きっとこれで益々ブランドの評価は高まるのだろうなと考えた。
どちらかというと女性受けという点にはやや欠けるという印象の男にしては、あのお菓子はなかなか気の利いたチョイスである。
「ああ。俺にはさっぱり分からなかったからな、世話になったコローネ家の屋敷の人間に聞いた。日持ちがするもので貰ったら嬉しいものは何かって。教えてもらった人に、土産にしたのと同じもの、小さいやつだがお礼に渡したら喜んでいたな」
「そうか。確かに他人に聞けば済むことではあるな」
そんなことを言いつつも、フンボルトは感心した。
これが自然にできるのがブランドのブランドたる所以か。
聞くだけなら誰でもできるが、その礼を教えてもらった品でする辺りが心憎い。
情報は無料ではないということをよく理解しているのだろう。
勧めたものを贈られて悪い気がするはずがなかった。
そういえば……。
「ブランド。お前がお勧めを聞いたのって別邸にいた黒髪の真面目そうなメイドか? 背が高くて少し他よりは年上の?」
「よく分かったな? まあ、彼女が1番しっかりした印象だったからな。ものを尋ねるならフンボルトも同じように考えるか」
「まあな」
適当に相槌を打つが心の中では別のことを考える。
いやいや。
滞在の最後の方になるとお前のことを気にする素振りだったからだよ、この罪作りな男め。
しかし、フンボルトは首を振るに留め、実際に口に出すのは差し控えることにした。
公衆浴場では湯に浸かるだけでなく、垢すりをしてもらいマッサージもしてもらう。
こざっぱりしたフンボルトは1杯飲まないかとブランドを誘った。
公衆浴場で長時間過ごしたので夕暮れ時になっている。
「長期間家を長く開けていたからな。折角の誘いだがまた今度にしよう」
ブランドは申し訳なさそうに断った。
気持ちが緩んだところで胸の内を聞き出そうという目論見だったがフンボルトは肩透かしを食らう。
「それじゃまたな」
絶妙な呼吸で別れを告げられると黙って見送るしかなかった。
フンボルトは1人で店に入る。
「あら、隊長さん。戻ってらしたんですね。こころ強いです」
注文を取りにきた店員がお愛想を言った。
あくまで同行していたブランドとのセットでの話というのはフンボルトにも分かっている。
それでもトールハイムの人に信頼を向けられるのは悪い気持ちでは無かった。
一方、ひとりになったブランドは道行く人々の挨拶に応えながら家へと向かう。
チョロチョロしている子供たちの一団を見かけると声をかけた。
「そろそろ家に帰れよ」
「あ、ブランドのおっちゃんじゃん。帰ってきたんだ。なんか面白い話聞かせてよ」
トマスが無遠慮に話をねだる。
一緒にいるグループの中にはミリーの顔も見えた。
ブランドは空を指差す。
「もう、遅いぞ。暗くなる前に家に帰るんだ」
「ちぇ。まあいいや。今度絶対に聞かせろよな」
そう言い残してトマスは孤児院の方へと仲間を引き連れて駆けていった。
ブランドは歩き出すが段々と歩みが遅くなる。
大通りを折れると自分の家の前を素通りしてイライザの家に向かった。
口の中では何かブツブツと呟いている。
イライザの家の扉の前に立つと躊躇ってからノックをした。
詰め所で各隊の隊長たちに挨拶をしながらイライザは今日が非番だというのは把握している。
んにゃーお。
叫び声と共に扉が開いた。
白い毛玉が空中を飛んでブランドに体当たりをする勢いでぶつかってくる。
さっと支えるように胸の前に出した腕の上に乗りドラマタがブランドの首元に体を擦りつけた。
ごろにゃん。
喉を鳴らしてご機嫌である。
少し頭を引きながら空いた手で撫でてやると今度は爪を引っこめた手でブランドの顔をベチベチと叩いた。
どうやら長らく放置されたことへの抗議らしい。
「おいおい、ドラマタ。勘弁してくれ」
猛攻をしのぎながら目線をずらすとイライザが髪の毛を撫でつけようとしているのと目が合った。
「お帰りなさい、ブランド」
「ただいま、イライザ」
暮色を増していく路地の中で2人だけの世界が広がる。
久しぶりに顔を合わせた挨拶まではスムーズに済ませたもののお互いに二の句が継げない。
間に挟まった形のドラマタが前後を見てニャと鳴いた。




