第60話 高級店にて
3人の女性が思いを寄せる相手は、都からトールハイムへの帰途についている。
それに先立つダグラスに対する審理では、結局のところ当初の判決よりもさらに刑が重くなっていた。
2度目の襲撃が王国の首脳部の心証を悪くしたことは想像に難くない。
貴族による横暴であれば、大なり小なりどこの家にもある話である。
いちいち取り上げて処分していたらきりがなかった。
しかし、1度司法手続に乗ったものを実力行使で覆そうというのは王権に対する挑戦である。
オラストン伯爵はその部分を読み間違えたのだった。
裕福な所領を継ぎ地元では権勢を誇っていても、所詮はお山の大将である。
王国において何が許されて何が許されないかを全く分かっていなかった。
さらに都から派遣されてきた問責のための使者を領内に入れることすら許さずに追い返している。
王国軍の招集が決まってその対応に追われ、審理に手心を加えるように運動する余裕もない。
その結果として、ダグラスの刑期は2年追加されていた。
結審を見届けてからブランドとフンボルトは旅立っている。
ベアトリスの実家に泊まらせてもらっており、宿泊費が全くかかっていないため出張旅費の残金がかなり残っていた。
さらにフンボルトの姉の困りごとを解決してやって、まとまった額の礼金も受け取っている。
このため、2人の懐具合は豊かであった。
途中の宿場町に泊まったときにフンボルトはブランドを夜の店に誘う。
正確に言えば、そういう店だと言わずに、俺がいい店を知っていると連れていったのだった。
「まあ、たまには同僚に付き合えよ」
そんな言葉で連れてきている。
この店の営業スタイルとしては、1階で飲み食べする際に横に女性がつき、気に入ったら別料金で上階の部屋で2人きりになれるというものであった。
最初から娼館へと誘えばブランドは断るだろうと考えての策である。
この機会に本当にブランドが女性に興味がないのか確かめるつもりだった。
イライザは確かに魅力的な女性ではあるが男に媚びるところがない。
そこがフンボルトにとっては気に入ったポイントではあるのだが、受け身の男性相手だと双方で様子見となってしまう。
男性を落とす手練手管に優れたプロフェッショナルを前にしてもブランドの態度が変わらないのかには多大な興味があった。
フンボルトが選んだ店は高級店である。
2人が席につくと同時にやってきた女性たちはすぐにコケティッシュな魅力を振りまいた。
しかも、片方は赤毛でどことなくイライザに似ていなくもない。
ただ、本物は絶対に着そうもない扇情的な衣装に身を包んでいる。
早速、ブランドの横に座ると前屈みぎみになりながら腕にしがみついた。
大きくたわわに実った乳房を押しつける。
「わあ、凄く逞しい腕。こんな腕で抱きしめられたらと思うとそれだけで私おかしくなっちゃいそう」
赤毛はチラリとブランドの様子を窺った。
しかし、多くの男を落としてきた必殺の一撃をブランドは完全に無視する。
角を挟んで座るフンボルトに視線を向けた。
「それで食事はどうやって注文するんだ?」
フンボルトがこの店に連れてくる為に無理をしたせいでタイミングが合わず、昼食を抜いていたのでブランドたちはとても腹を空かせている。
少し腹に入れないとそういう気分にはならないかとフンボルトも納得した。
「ああ、俺に任せてくれ」
フンボルトはフロアを歩く給仕を呼び止めると金額を告げて料理を見繕うように依頼する。
同時に全員分の酒を頼んだ。
運ばれてきた酒が全員に行き渡るとフンボルトが乾杯の音頭を取る。
フンボルトは勢いよく飲むがブランドは舐めるよう少量を口に含むだけだった。
「口に合いませんか? もし良かったら私のと交換します?」
赤毛が提案するとブランドは口を横に振る。
「あ、いや、あまり酒に強くなくてね。特に空酒を飲んでしまうとすぐに寝てしまうんだ」
「私のものの方が薄いですよ。試してみません?」
「それじゃ」
ブランドはグラスを受け取って口をつけた。
「ああ、確かにこちらの方が良さそうだ。2杯目からはこれにしよう」
グラスを返されて赤毛は内心混乱する。
ブランドのことを女性に免疫がない堅物なのかと思っていたが、変な挙動をするわけでもなかった。
慣れていないと必要以上にグラスを共有することを意識して照れたり、逆に女性が口をつけた箇所に執着したりする。
ブランドはごく自然に飲み物の味見をして返却していた。
フンボルトも同様に観察して場慣れしているなと思っている。
実は隠れて遊んでいるんじゃないかという想像を強くしていた。
運ばれてきた料理も食べ終わり寛いだ雰囲気になったところでブランドが口を開く。
「申し訳ないのだが長旅の疲れが出たようだ。実に残念だがここで失礼するよ。無駄な時間にしてしまって悪かったね」
絡みついていた女性の手をほどくと席を立った。
こういう席では帰りづらいように客は奥に座っている。
それを何をどうしたのかスルリと抜け出していた。
「おい、ブランド」
「悪いな。フンボルトはゆっくりしていってくれ」
慌てて縋ろうとする赤毛の手にブランドは金貨を握らせる。
「短い時間だったが楽しかったよ」
フンボルトに手を挙げるとスタスタと店の中を歩き始めた。
出口への途中で立派なお仕着せ姿の男が声をかけてくる。
「お客様。何かお気に障ることがありましたか?」
この後のオプションサービスを受けてもらわないと店としては利益が上がらない。
「接客したものがお気に召さなかったのであれば他の子をご紹介いたしますが」
「ああ。そういうわけじゃないんだ」
ブランドは赤毛が名乗った店での名前を告げる。
「とてもいい子だったよ。次に来ることがあれば指名したいな。今日はちょっと体調が悪くてね。ああ、これは退席料だ」
お仕着せの男に金を握らせた。
オプション代の三分の一程度の金額である。
ブランドを引き留めた男は表情を緩めた。
「これは申し訳ありません。お忙しいところお手間を取らせました。是非とも次回はお客様に最後まで当店のサービスを堪能いただければと存じます」
態度を改めた男は出口まで案内すると丁寧にブランドを見送る。
通りを曲がって店が見えなくなるとブランドはやれやれというように大きく伸びをした。




