第59話 ライバル
イライザ、ベアトリス、シャーリー。
3人の女性の視線が交錯し、見えない火花を散らす。
その三角形の中にいるオーギュストもようやく違和感を感じ取った。
これはひょっとすると藪から蛇をつつき出してしまったか?
そう思いながらも表面上は何事もなかったかのように装ってそろそろ下に降りるように提案する。
「隣国の様子もご覧いただけましたし、気になっていたオラストン家の話も伺えました。ここは日差しも強いですし、下で冷たいものでもお出ししましょう」
「あら。滞陣中ですからお構いなく」
ベアトリスは遠慮してみせるが、オーギュストはひらひらと手を振った。
「わざわざお越しいただいたのに飲み物もお出しできないほど切迫しているわけではありません。ご遠慮なさらず」
オーギュストが合図を送るとシャーリーは呪文を唱える。
「落下速度を減少させる魔法をかけました。階段を下りるよりは楽ですわよ」
「ではお先に」
手すりの切れ目からオーギュスト、次いでシャーリーが身を躍らせた。
その様子を見てベアトリス、イライザがそれに続く。
地上に降りるとオーギュストが1つの天幕を指した。
「あちらへどうぞ」
先頭に立って歩き出すので3人はそれに従う。
魔法がまだ持続しているのでフワフワして歩きにくいが、目と鼻の先の距離だった。
分厚い天幕の下に入ると日差しが遮られてぐっと過ごしやすくなる。
土埃を抑えるのと気温を少しでも下げるために天幕の周囲には打ち水がしてあった。
4人は折り畳み式の簡素な椅子に座る。
騎士が背の高い金属製の容器を運んできてそれぞれに配った。
表面に汗をかいている容器は触れると冷たい。
中身は柑橘の搾り汁に清涼感のあるハーブを加えたものだった。
露店の見晴台で日にさらされた体に染み渡る。
オーギュストが背後を手で示した。
「ここは水場が近くて助かります。良く冷えた湧水が豊富にあるんですよ。まあ、それでこの場所に見晴台ができたんですがね」
「飲み物の材料もこの場所で?」
「ええ。柑橘の樹と周囲にハーブの生えた池があります。ここの柑橘は悪くないでしょう?」
「そうですわね。甘みと酸味のバランスがいいですわね」
オーギュストとベアトリスは当たり障りのない話を始める。
都での流行や往復の道中でのこまごまとしたことが話題にのぼった。
軽妙な話に興じる2人の後ろでイライザとシャーリーは笑みを見せながら密かにお互いの観察をしている。
ブランドを巡るライバルとして明確に認識し彼我の優劣を分析した。
イライザは縁談を持ち込んだ相手ということが明らかになったシャーリーと団長ベアトリスの2人と自分を比べて身分の差を感じている。
貴族出身者らしい上品な仕草はイライザにはないものだった。
剣技や魔法の能力は努力して身につけたが上流階級のまとう気品は一朝一夕に身につくものではない。
生きていくのとブランドに追いつこうと背伸びをするに精一杯で、そのような余裕は無かった。
衛士隊長になり社会的身分が向上してからも身についた男勝りな言動を改めることはしていない。
少しはマナーレッスンを受けた方が良かったかな、と優雅な仕草の2人を見てイライザは軽く唇を噛む。
同じ飲み物を口にするという動作なのに容器の持ち方や傾け方、飲みくだす喉の動きなど一つ一つが洗練されていた。
やっぱりブランドもこういう女性らしい人を好ましく思うのかな、イライザは考える。
ブランド本人は結婚する気がないとは言っている。
しかし、世間体というものもあるだろうし、気が変わることもあるかもしれない。
そうなったときにブランドはやはり気品のある女性を選ぶのではないか。
少なくとも世間一般の男性はそう行動するような気がする。
いずれ衛士団長になろうかというのであればなおさらであった。
出世すれば付き合いの相手も上流階級が多くなるだろう。
そうしたときに他人の前に出して恥ずかしくないのは誰かというと、目の前の2人のような育ちのいい女性だろう。
イライザは積みあげてきた自信が揺らぐのを感じていた。
その一方でシャーリーは衛士の女性たちを見て、ブランドが縁談を断ってきた原因はこの2人なのではないかと想像している。
両名とも目立つ美人であった。
その点、シャーリーは外見に関しては希少価値を主張するほどではない。
貴族階級においては家柄の方が重視される。
その点に安住してきたことを今更ながら悔やんだ。
こんな美人さんを見慣れちゃうと女性への点数が辛くなるわよね。ブランドさんも男性ですもの。
帰宅したら綺麗な人が出迎えてくれた方が嬉しいでしょうし。
シャーリーはため息を飲み込んだ。
そして、ベアトリスは2人の優秀な魔法使いを前にして過去の己の所業を反省している。
ブランドと一緒に行動しているときに一般魔法を使ったことがあった。
あの時、自分は得意げな顔をしていなかったかというと自信がない。
ベアトリスが一般魔法を使えるのは実家の金と権力によるものだった。
研鑽を積んで身に付けたものではない。
魔法の中身としても、この2人の使うものと比べれば一般魔法など児戯に等しいものである。
それをブランド相手にこれ見よがしに使ってみせた自分が恨めしかった。
できることならなかったことにしたい。
三者三様ながら他人の方をより高く評価しているところは一致している。
こんなことではブランドの心を勝ち取れない。
不得意なことで競っても勝ち目がないので、自らの強みを活かすよう頑張らなくてはと決意を新たにした。
それでも表面上は穏やかに世間話をしている。
ただ、オーギュストはさすが分隊長を務めるだけのことはあり、3人の才女が醸し出すものを感じ取っていた。
居心地の悪さに腰をもぞりと動かして座り直す。
「あまり良い椅子でなくて申し訳ない」
椅子の座り心地のせいにして、何も感じ取っていないふうを装った。
「いえ、陣中にも関わらずおもてなし頂いただけで有難いですわ」
ベアトリスがふんわりと笑みを浮かべる。
頃合いをみてベアトリスは暇乞いをした。
「本日はお忙しいところお邪魔しました。早く紛争が解決することをお祈りしています」
「私どもが不在中、負担をおかけしてます。トールハイムに戻りましたら改めてお礼の場を設けさせて頂こうと存じます」
社交辞令を交わして、ベアトリスたちは馬上の人となる。
ベアトリスの脳内では口に出した言葉とは裏腹に、だらだらと対陣が続けばいいなと思っていた。
戦端が開かれてしまうと衛士団も大変なことになる。
実力行使を伴わないという前提条件下なら見晴台にシャーリーが釘付けになっているのがベストだった。
その間にブランドを篭絡してしまえばいい。
団長と第1隊長という立場であれば間近で話をする機会も多かった。
地位を濫用するわけにはいかないが、多少は公私混同した接触があってもいいだろう。
同様にイライザもブランドの帰着後にどのように迫ればいいのかと頭を悩ませていた。




