第58話 国境の見晴台
トールハイムに帰還して2日後、ベアトリスは顛末を報告するために国境での睨み合いをしている騎士団を訪問する。
だいぶ落ち着きを取り戻しつつあるとはいえ、緊張状態にある場所に向かうとあって第1隊の隊員を連れていた。
ブランドとフンボルトはまだ戻っていないので、そばに控えるのはその次に高位のイライザである。
副団長ホーソンはまたしても居ないものとして扱われたが、本人は全く気にしていない。
むしろ、町の外に出ずにすんでいることに喜んでいた。
ベアトリスはイライザに労いの言葉をかける。
「私が不在時にかけた疲れも癒えていないだろうにすまないな」
「いえ、2日休ませて頂いて十分に回復しました」
実際はドラマタの世話に手がかかっておりあまりゆっくりとは休めていない。
ただ、結婚してブランドと一緒に暮らすようになったときの予行練習だと思って乗り切っている。
道行く人も途絶えた街道を進んで国境付近の見晴台に到着した。
見晴台はかなりの高さを有するものの、普段詰めている見張りは数名であり騎士団全員が寝泊まりできる場所はない。
騎士たちは天幕を張って駐屯していた。
オーギュストはベアトリスを恐縮して出迎える。
「わざわざ、このようなところまでおいで頂き申し訳ない」
「いえ、このような事態ですもの動ける方が動くべきですわ」
挨拶が終わると本題に入りたいところだが、天幕では声が漏れる恐れがあった。
オーギュストはベアトリスを見晴台のところに案内し、同時にシャーリーを呼び寄せる。
「折角なので見晴台からの眺めを御覧に入れましょう」
声をかけられたベアトリスは意図を悟った。
見晴台はデッキが2層になっている。
普段見張りが詰めているデッキは屋根も壁もあり悪天候でも哨戒を快適にできるように工夫されていた。
そこから10段ある木の梯子を3回登った先にある上層デッキは露天だが声が漏れる心配はなさそうである。
呼び寄せられたシャーリーはオーギュストの指示で4人を浮かび上がらせた。
高さが上がるに連れて目に入る景色が広がる。
砂除けの疎林の向こうの砂漠に街道が伸びていた。
街道の少し先にはひとむらの緑があり、日干しレンガの家が立ち並んでいる。
そこには見晴台の下に設営されている天幕と似たり寄ったりのものが日の光に熱せられていた。
シャーリーは一行を上層デッキに下ろすとオーギュストの後ろに控える。
ベアトリスは目を細めてオアシスを眺めた。
「これなら日中は動きが手に取るように分かりますね」
「そうです。夜間も身を隠すところがないので星明かりでも十分に察知できますな」
「今のところ衝突の心配は無いのですね?」
「油断はできないですが、あちらも示威行為以上のことはせんでしょう」
「そうですか。それは良かったです。それで、ギルクスさんの怪我の治りはいかがですか?」
「軍務につける程度には回復しました。コロンナ殿には色々とお世話になったようで申し訳ない」
「いえ。そのギルクスさんを傷つけた犯人ですが、ぼちぼちと背後関係を白状しているそうですわ」
「そうですか。どこまで糸をたぐり寄せられたのですか?」
「いずれ黒幕まで」
何事もないように聞いているが実はオーギュストは内心驚いている。
公式の連絡ではまだ襲撃犯については調査中ということになっていたからだ。
平和が続いてきたので騎士襲撃ということだけでもかなりの衝撃的な事件である。
ただ、一介の騎士が負傷したというだけではここまで早く調べがつくことはないだろう。
身内に刃を向けられたことで怒り心頭に発している人間がいることは容易に想像ができた。
無知とは恐ろしいものだなとオーギュストは考える。
他にも手段はあったはずなのだ。
都での審理において買収するという方法もある。
ベアトリスを巻き込まないようにする工夫もあったはずだった。
それを一緒にいるときに襲撃するとはコロンナ家に宣戦布告するに等しい。
オラストン伯爵は爵位継承が上手くいったので王国を舐めてしまったのだろう。
王国は規模が大きすぎて全土に目が行き届かないところがあった。
たまたま見逃されたのに過ぎないのに、オラストン伯爵は自分が優れており望んだことは何でも実現できると勘違いしてしまったのだろうか。
しかし、コロンナ侯爵は少なくとも自家に対する挑戦は容赦しない。
遅かれ早かれオラストン伯爵は重い代償を払うことになりそうだった。
これは火の粉が降りかからないようにしなければならないな。
移送中のギルクスを逃がさなければそもそも娘が巻き込まれることはなかった、と侯爵が考えたらまずい。
ここは騎士団と衛士団の結びつきを強めておいて損はないだろう。
「ベアトリス殿だけでなく配下の方にまで負担をおかけして申し訳ない。他の方にもいずれ何らかの返礼はするつもりです。それで、こんな場所でする話でもないのですがいい機会だ。ブランド殿への例の件、再考頂くようにベアトリス殿からもお話頂けないだろうか?」
ベアトリスはオーギュストの後ろのシャーリーに視線を動かした。
僅かにシャーリーが表情を変える。
その様子を見ていたイライザは直感で悟ってしまった。
この人がブランドに縁談を申し込んだ人に違いない。
イライザの頭の中で話が繋がる。
感謝祭の夜にタイミングよくブランドを支援できたのは秘かに見張っていたからだ。
4人をまとめて浮遊させる魔法の腕もあり、どうもオーギュストとは親しい間柄のようでもある。
気品がある振る舞いからいっても良家、恐らくは爵位持ちの家の出身に違いない。
イライザはベアトリスの返事を固唾を飲んで待ち受ける。
「そのお話ですが私の方から重ねて話をするのは些か具合が悪いでしょう。上司から繰り返しては圧力になりかねません」
「上司であっても休暇中は指示に従わないという判断ができるブランド殿なら問題ないと思うが」
「それでも私事についてあまりしつこくするのは気が進まないな」
体よくベアトリスは話を断った。
実は都での滞在中に父親を訪ねた際にブランドとフンボルトに関心を抱いているということを感じている。
移送の馬車を襲撃した者たちを撃退した件の報告書を読んで驚いたらしい。
確かに平和に慣れた時代にこれだけの腕前をもつというのは注目するに値した。
「悪くない部下だ。大切にしなさい」
諸事評価が辛いコロンナ候にしては最大級ともいえる誉め言葉も口にしている。
これは多少は目があるかもと期待したベアトリスにしてみれば、わざわざライバルに塩を送るような真似はできないのだった。




