第56話 騎士と衛士
「最優先は囚人を奪われないようにすることだろ。なんで、わざわざ戻ってきたんだよ? 本当にさ。頭おかしいんじゃねえの?」
敵の気配が消えるとギルクスは衛士たちに文句を言う。
命を救ってもらった恩人ということは分かっていたが、騎士としては任務を優先しなかったように感じていて厳しいことを言わずにはいられない。
「まあ、それはそうかもしれないが、衛士たるもの怪我人は見捨てられない。ましてや人が死にかけているのであれば放置できるわけないだろう」
ブランドは衛士らしい発想で返事をした。
「こっちは命がけで囮をやってたんだよ。だいたい衛士団長が馬車を守れと命じていただろ。衛士ってのは上官の命令に違背するのか?」
せっせとまだ息のある人間を縛り上げていたブランドは不思議そうな顔をした。
ギルクスに返事をする前にフンボルトに意見する。
「息をしていないのが多いな。もう少し手加減できなかったのか?」
「これだけ数がいるのにそんなことできるかよ。それに俺は警告はしたぜ」
「まあ、話を聞けるのがいるからいいか。団長は証人を確保したいと言ってたからな」
ギルクスが不服そうな顔になった。
「じゃあ最初からこいつらを捕まえるつもりだったのか? しかし、襲撃時には団長は馬車の確保を命じていた。俺に聞こえたんだから、あんたも聞いたはずだ」
ここでフンボルトが2人の間に割って入る。
「ブランド。騎士ってのは命令の遵守を尊ぶんだ。で、ギルクス。ある程度独自の判断ができる衛士は騎士とは違うんだよ。そういうことだ」
「なるほど。そういう差があるんだな。ただ、今回の件については仮に俺が騎士で、ベアトリス様が騎士団分団長だったとしても命令に従う義務はないぞ」
ブランドの発言にギルクスは目を剥いた。
「お前、なんてこと言っているんだ。ほとんど反乱宣言に等しいぞ」
「そんなことはない。ベアトリス様は今は休暇中だ。そして任地を離れている。公的な立場としては私人に過ぎんよ。よし、準備ができた。俺たちも一旦引き返そう」
理屈としてはブランドの言っていることは正しい。
しかし、仮にも上司を私人呼ばわりして命令を聞かなくてもいいというのはギルクスの理解の埒外だった。
虜囚を数珠つなぎにし終わったブランドはギルクスに馬を勧める。
言下に断ったがフンボルトが早く引き返した方がいいと説得した。
森からもうすぐ出るところで数騎が駆けてくる。
最寄りの町の衛士と騎士だった。
先頭の馬に相乗りしていた男、ギルクスの従者がまろび落ちるようにして地面に平伏する。
「ギルクス様、御無事で!」
救援隊のリーダーが事情を察したように声をかけた。
「立ち話もなんでしょう。傷も早く診てもらった方がいい。我々が責任を持って襲撃犯は引き受けます。誰か馬を」
2人が馬を降りてギルクスの従者とブランドに提供する。
最寄りの町に戻ったギルクスはすぐに治療を受けた。
こうしている間にベアトリスに刃を向けた者がいたという報が各方面に飛ぶ。
1日休養を取った後、ダグラス移送の一行は都に向けて出立した。
ギルクスは静養するように医師に言われたが頑として同行することを主張し強引に馬に乗る。
滞在していた町の騎士団がそれに先んじて、たまたま同じ方面への定期巡回に出発していた。
今度は無事に森を越え一行は都に到達する。
ダグラスを司直の手に引き渡すとギルクスたち騎士はようやく緊張を解いた。
ホッとした表情を浮かべ、今夜の宿をどうするか話を始めるところにベアトリスが声をかける。
「コロンナ家の屋敷に御招待しましょう」
にっこりと微笑まれても、ギルクスたちはおいそれとは応じることはできなかった。
身から出た錆ではあるが、衛士団のことを悪し様に言っていたことがバレている相手の招待など怖くて仕方がない。
「折角のお誘いですが、帰任するまで任務中ですので」
これで角を立てずにお断りができたと安心する。
しかし、それは甘い考えだった。
「事前にオーギュスト殿の承認も頂いていますし、そのことを証する書き付けもあります」
ベアトリスが取り出した紙片には確かにそのことが書いてあり署名もある。
「これで何の問題もありませんわね」
気が付けばコロンナ家の紋章を付けた家士が周囲を取り囲んでいた。
態度は慇懃だが逃がさないぞ、という気迫に溢れている。
ギルクスたちも断るのを諦めざるをえなかった。
「では、我々はここで」
ブランドは挨拶をして立ち去ろうとする。
それを見たフンボルトがやれやれというように首を横に振った。
「ブランドも俺も一緒に決まっているじゃないか」
「いや、我々はまだ審理への出席の仕事があるだろう?」
「移送当日に審理があるわけないし、呼び出しにすぐに応じられるように居場所さえ知らせておけば問題ない」
だいたい団長の本命はお前に決まってるだろうが。
騎士たちに恩を売るという目的もあるだろうが、さり気なく侯爵の目にブランドを入れようという意図をフンボルトは気付いている。
ベアトリスはうんうんと頷いた。
「道中変事はあったが、こうやって任務を全うできたんだ。これからもトールハイムの安寧を守る立場同士親睦を深めておくのも良いだろう。それにな」
ニンマリと笑う。
「都はこの時期社交シーズンだ。まともな宿は目玉が飛び出るほど料金が高いぞ。大人しく我が家の世話になっておいた方がいい。幸いにしてうちの館は部屋数はあるからな」
ベアトリスはブランドたちを本邸ではなく別邸に案内した。
本邸に連れていくのが憚られるということではなく、こちらの方が落ちつけて良いだろうという判断である。
都に着くと早々にフランセーヌの姿が消えていたのはもてなしの準備の連絡をするためだったらしく、到着後すぐに歓迎の宴が設けられた。
ギルクスたちは酒が入ると舌が滑らかになる。
やはり2度目の移送は絶対に失敗できないと神経を張り詰めていた反動がきたようだった。
「つーかさ、あれだけの腕前持ってるのになんで衛士団なんだよ?」
ギルクスはフンボルトに絡み始める。
フンボルトは片眉を上げた。
「それはちょっと衛士団長を前にして大胆な発言に聞こえるな」
「いや、別に衛士団をどうこういうつもりはねえよ。だけど、武器を取って戦うことは騎士団の方が多い。資格もあるんだし騎士団に入った方が出世も早いと思っただけだ」
「俺は縁があってトールハイムの衛士をしている。こういう縁は大事にしろというのがうちの家訓でな」
「そういう感覚は分からなくはないけどな。じゃあ、縁というならこの機会に騎士団に移籍したらどうだ?」
どうもギルクスは相当フンボルトのことが気に入ったらしい。
酔ってはいたがかなり真面目に口説いているのだった。




