第53話 三文芝居
ギルクスが青くなったり赤くなったり忙しい間、トールハイムは秋から冬へと向かっている。
温暖な地であるが故に寒風が吹きすさぶということはなかったが、日は短くなった。
そんな中でブランドたち衛士団は日常業務に励んでいる。
ノートンも後遺症を残すことなく回復して業務に復帰しており、トマスの顔の腫れもとっくに引いて元気に遊び回っていた。
祝祭の終わった寂寥感は漂うものの、いつもの日常を取り戻している。
それが一変したのはダグラスの逃亡の報がトールハイムに伝わってからだった。
単に逃げ出したというだけでなく、仕返しに来るのではないのかという噂となる。
根も葉もない噂でしかなかったのだが、それを否定する材料もなかった。
相手はなんといっても、子供を殴り衛士に斬りつける狂犬のような凶悪犯である。
どんな逆恨みをするか知れたものではなかった。
子供たちは外で遊ぶのを禁じられ、関係者は幻影に怯えることになる。
そうなれば当然のことながら怨嗟の声は失態を演じた騎士団に向くことになった。
移送の任務に就いていたのが常日頃から住民を見下す発言の多かったギルクスたちと知れると噂の内容は激化する。
騎士団はわざと犯罪者ダグラスを逃亡させたのではないか。
トールハイムの町の人々の視線が厳しいを通り越して冷たくなった。
オーギュストも手をこまねいているわけではなかったが、一度坂を滑り始めた荷車を止めるのは困難である。
そのためオーギュストは奇策を打った。
衛士と騎士による合同特別巡回である。
既に魔女の実の一掃作戦という実績はあったが、あれは町の外での実施であった。
町の外のモンスターの掃討は騎士団の本来業務である。
感謝祭のときに騎士団も巡回をしていたが、衛士団とは別にそれぞれが独自に動いたに過ぎない。
町の中の巡回、しかも衛士団との合同実施というのは初めての試みであった。
ただ、これだけなら新規性はあっても住民に対するインパクトに欠けるものであったというのは否めない。
この作戦のポイントはブランド、ノートンとシャーリーを一緒のチームにすることである。
いつものことであったが巡回中にブランドは町の住人に良く話しかけられた。
その際にこんな会話が展開される。
「部下の方の怪我、大事にならなくて良かったですね」
「ええ、騎士団付きのシャーリーさんがすぐに処置してくださったからですな」
ブランドがシャーリーに視線を向けた。
「いえ、そんな」
シャーリーは奥ゆかしく謙遜してみせる。
「一緒にいた騎士の方には犯人確保にも強力頂きましたし助かりましたよ」
「お陰様で、ほらこの通り」
ブランドが騎士団にも支援してもらったことに言及したところで、ノートンが腕を大きく回して見せた。
当夜のことを目撃している者は少ない。
ダグラスの確保には騎士団も助力したという事実を広めるだけでいいのだが誰が話すかが肝要であった。
「ブランドさんから直接聞いたのよ」
「じゃあ、本当なのかしら」
三文芝居は期待以上の効果を発揮する。
故意に騎士団がダグラスを逃がしたという話は速やかに話題にのぼらなくなった。
しかし、重大な過失をおかしたという事実は消えてなくならない。
それでも、騎士団への風当たりが相当軽減されたことでオーギュストは一息つくことができた。
それもこれもベアトリスが快く協力してくれたことによる。
そして、あの事件の日にシャーリーがブランドを支援するという実態があったことが決定打であった。
ダグラス捜索の手配に忙しくしながらも、オーギュストは頭の片隅で今回の恩義に対する返礼の算段をする。
これはもうシャーリーとブランドをくっ付けるしかないのではないか。
そんな覚悟が固まりつつあった。
シャーリー本人はブランドを見初めている。
ブランドの方は家庭を持つ気がないようだが、今後オラストン伯爵家と揉めたときのためと説得すればなんとかなるのではないか。
公益を前面に押し出せば首を縦に振るだろう。
うん、これはいい案ではないか。
今はタイミングではないがダグラスを確保できたらすぐに動こう。
そんなことを考えている間にも共同特別巡回は続けられた。
騎士団に関する噂を吹き消し、シャーリーは幸せそうで、町の人々にも概ね好評である。
迷惑を受けたのはイライザだった。
シャーリーがブランドと一緒にいるときの態度から敏感にもその心の内を感じ取る。
もちろん騎士団に関する噂を掻き消す目的ということは理解していたが、それにかこつけて親睦を深めようという意図もありありと見えた。
そうでなくともヤキモキするのにイライザ自身は良いところを見せようと躍起になる騎士たちと巡回しなくてはならない。
愛想を振りまくことをせずにいつも通りに行動していたが、やがて想定外の事態となった。
騎士たちの中に冷淡にされるのが癖になる者が出てきたのである。
そんな個人的な趣味は別にしても男に対して馴れ馴れしくないというのは騎士や貴族の夫人としてむしろ相応しい態度だった。
イライザはますます高まる人気にうんざりしながら巡回する。
関係先のため業務の一環として孤児院を公に訪問できるのは唯一のメリットだった。
「急に騎士の方々が大勢で現れては子供たちがびっくりしてしまいます。気をつけてくださいね」
一言注意喚起をしてから敷地内に足を踏み入れる。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
子供たちはイライザに恭しく接する姿を見て騎士たちを勝手にお付きの人というように理解する。
直接本人から打ち明けられていても孤児院出身だということがなかなか信じられないエーラなどはイライザに耳打ちまでした。
「イライザさんて、本当はお嬢様なんじゃない?」
騎士たちは今まで接点の無かった孤児たちの好奇の視線に晒される。
それでも不愉快な顔をする者はいなかった。
子供たちと親しげに振る舞うイライザの姿を見れば、そんなことをすると1発で競争から脱落することを理解できないような男はいない。
どちらかというと子供にも慕われているのかと感慨を新たにしていた。
才色兼備な上に子育てにも長けているとなれば評価は更に高くなる。
一定以上の騎士の家であれば子供には乳母がつくものだが、それでも実母が育児に知見があるにこしたことがない。
それに普段はツンとしているイライザが微笑む姿を目にして心を奪われた。
いつかはこの笑顔を自分にも。
ぐっと拳を握りしめ心に誓う。
「今日はブランド隊長は一緒じゃないんだ?」
エーラが質問するとイライザは肩をすくめた。
「まあね」
一緒にいるのがブランドならどれほどいいだろう。
ホワンとした表情をしている騎士たちを見てイライザは首を振るのだった。




