第55話 襲撃
その日はギルクスとその従者が一行の先頭を進んでいる。
街道が森の中に入っていくと気を引き締めた。
ここを過ぎれば都までは障害となるような場所はない。
人家も増えて人目も多くなるので襲撃には不向きであり、なにか仕掛けてくるならここが最後の機会と考えられた。
木が鬱蒼と茂っているが、それでも道は馬車2台が難なくすれ違うことができる幅があり、なるべくまっすぐになるように作られていて見通しは良い。
森に入ってしばらくするとギルクスは自分に注がれる視線に気がつく。
痩せても枯れても騎士であった。
ただ、馬車に随行する人数が増えていたこともあり、逃走ではなく迎撃を選択してしまう。
前回の脱走に対する汚名返上の機会と功を焦った部分もあった。
ギルクスは剣を抜いて馬の足を止める。
「卑怯な臆病者どもめ。こそこそせずに姿を見せろ!」
周囲に向かって怒鳴った。
それに対する返事は激しい応射である。
木々を縫って飛んできた矢がギルクスに集中した。
ギルクスは数本の矢を切り払う。
しかし、あまりに多いためすべてを防ぐことはできず肩と脚に1本ずつ矢が立った。
馬も倒れてしまい、飛び降りたギルクスは馬体を障害物として身を隠す。
やはり矢傷を負った従者が盾を構えた。
ギルクスは後方に叫ぶ。
「俺のことは置いていけ!」
急な展開であったが、これは襲撃側が予定していたタイミングではなく仕掛けるのが早すぎたために包囲網は完成していなかった。
本来であればもうちょっと懐深く誘い込んでから攻撃する手はずである。
それがギルクスの安い挑発の言葉に乗ってしまっていた。
ある意味では怪我の功名とも言えるが、ギルクスの行動も褒められたものではない。
気取られぬようにさり気なく引き返し後方への脱出を図るべきだった。
双方ともに失策をしているが、総合的に見れば襲撃側の失点が大きい。
馬車のすぐ前にいた騎士が曳き馬の轡を取ると向きを変える。
「囚人を奪われるな。馬車を守るんだ」
ベアトリスの叱咤の声が響いた。
急いで引き返していく馬車にも矢が刺さるが足止めには失敗する。
撤退の速さに襲撃者たちは木立の中から出てくることすらできず歯噛みしながら見送ることしかできなかった。
衛士や同僚が土煙をあげて去っていくのを見届けるとギルクスは哄笑をあげる。
「待ち伏せも満足にできないとは無能な奴らだ。騙して連れ去ることはできても強奪はできないのだろう。コイツは愉快だ」
悪口雑言で自分の身に憎悪を向けさせるつもりだった。
もう自分自身の脱出は諦めている。
しかし、この任務はダグラスを奪われなければギルクスの勝ちなのだった。
幸いに生まれたばかりの男の子がいる。
死んでも任務を達成できればきちんと子供に見返りがあるのが騎士というものだった。
平民に対して傲岸になりがちなのも、命をチップにして身分を維持しているという矜持が、そうでない者への態度に表れているのかもしれない。
ギルクスは従者に命ずる。
「お前はここから脱出して俺の最期を伝えろ。騎士として死んだと」
「しかし……」
「うるせえ」
躊躇う従者を制し結婚指輪を引き抜いて無理やり握らせた。
「こいつは命令だ。まだグダグダ言ってると首にするぞ。行け!」
「必ずや奥様にお渡しします」
従者が顔を袖で拭うと駆け出す。
それを見送ると盾を杖代わりにしてギルクスは身を起こした。
「腰抜け野郎ども。隠れて矢を放つことしかできねえのか。正々堂々と勝負できる本物の男がいるなら出てこい」
襲撃者側にとってダグラスの確保に失敗したなら撤収一択である。
この場に長く留まっている利は全くない。
もしも邪魔したギルクスがどうしても憎いならさらに矢の雨を降らせて撃ち殺せば良かった。
ただ、襲撃者たちは煽り耐性が低い上に任務に失敗をして苛立っている。
「やんのか、おら」
「その口きけねえようにしてやる」
ぞろぞろと抜き身の剣を下げた覆面姿の連中が街道上に現れた。
「このノータリンどもが」
ギルクスは呟き剣を握り直す。
そこにドカドカと蹄の音をさせて後ろから駆け込んでくる者がいた。
まさか想像以上の人数を用意していて馬車から囚人を奪い終わったのか?
体を張ったのに無駄になりそうなことに悔恨の思いを抱きながらギルクスは振り返ることもできずにいる。
対峙している覆面たちに動揺が走った。
「お前たち、殺人未遂の現行犯で逮捕する」
馬から降りたブランドが手にした杖を相手の鳩尾に打ち込んで昏倒させる。
「抵抗するなら斬る」
フンボルトがそう言いながら早くも1人を斬り伏せていた。
ブランドと違って容赦がない。
「はあっ? お前ら何をやっているんだ?」
ギルクスが叫ぶ。
この間に更に2人の覆面が地面に沈んでいた。
残念ながら問いかけられた2人は戦いに忙しくて返事をする余裕はない。
「くそっ」
予定が狂ったがこうなるとギルクスも指をくわえて見ているだけというわけにはいかなかった。
左肩と右脚に矢が刺さったままで動くと激痛が走るが無理をして前に出ようとする。
しかし、襲撃者の方がギルクスのことを放置した。
というよりもブランドとフンボルトの相手で手一杯である。
この2人はギルクスが話に聞いているよりもずっと強かった。
それもそのはず、まさに犯罪現場に居合わせた状態なわけで、こういうときのブランドは練習試合の場合とは比べものにならないほど動きの切れがいい。
ギルクスに騎士としての覚悟があるように、ブランドにも衛士の誇りがあるのだった。
理不尽な暴力に晒されている住民を保護するのは衛士の責務である。
この場合において、襲撃を受けているのが騎士だとか、ここはトールハイムではないということはブランドにとっては些細なことであった。
もう一方のフンボルトはブランドを追い越すことを自らに課している男である。
貴族出身ということもあり剣技だけは負けるわけにはいかないと日々訓練を欠かしてない。
それに衛士をしているが精神的には騎士に近く犯人を生かしたまま捕らえるということに価値を置いていなかった。
斬ると宣言してすぐに剣を捨てなかった判断の遅さが悪いのだというスタンスである。
まだ木立の中に隠れていた数人が弓を構えて3人を狙った。
しかし、攻撃対象が分散したことで1人当たりの矢の数が減る。
それに、ギルクスは盾を手にしていたし、フンボルトは常に移動し続けていて捕えにくかった。
そして、ブランドを狙った矢はなぜか逸れて明後日の方角へと飛んでいく。
街道上に姿をさらした連中があらかた討たれると射撃も行われなくなった。




