第52話 脱走
ミリーの協力もあってお金を取られた他の子供も判明する。
犯罪の全貌が明らかになると同時にダグラスの案件は執政官のところに送られた。
目撃証言や診断書などの書類が揃っていることから迅速に審理が行われる。
結果としてダグラスには公金強奪の罪を犯したことが響き、懲役9年の判決が下った。
残りの2人はかなりの額の罰金が科される。
こちらは直ちに支払いがなされたが、ダグラスの方は大人しく刑に服すことはなかった。
判決を不服とし都での再審理を要求する。
これは騎士以上の階級に認められている権利であった。
ダグラスは身柄を都に送られることになる。
都への移送の監視は騎士団の任務だった。
その移送であるが、さすがに道中で逃がしてやるというようなことは滅多に起こらないが、諸々の便宜を図ってもらうことは割と普通のことである。
食事をいいものにしてもらったり、快適な宿に宿泊できるようにしてもらったりというようなことは行われていた。
心付け次第では馬車での移送中もつけたままにしなければならない手枷足枷を外してもらえることもある。
ダグラスの移送についてはギルクス他2名の騎士が担当していた。
もとよりダグラスに対して同情的である。
というよりも捕まえた衛士団に対する反発がかなり大きい。
僅かな金額を奪っただけであり、十分な賠償を申し出ているのに針小棒大に騒ぎ立て公金強奪の罪に仕立てあげた。
ブランドが出世のために手柄を焦ったのだと解釈している。
子供を殴ったことについては全く意に介していない。
ギルクスは子供の頃父親の暴力の下で育った。
だから生意気な子供が殴られるのは当然ぐらいの価値観である。
しかし、騎士団内でも今回の事件でダグラスを擁護する声は大きくない。
ギルクスにしてみれば住民に迎合しすぎであるし、コロンナ家に遠慮しすぎであった。
その反発からダグラスに対しては可能な限り便宜を図ってやることにする。
また同時に、騎士は平民の上にあり超越した存在であるべきだというダグラスの思想に共鳴する部分もあった。
ギルクスはなんとかしてダグラスの移送が快適になるように色々と気を配る。
しかし、世の中には恩を仇で返す人間というのがいるのだった。
ひょっとすると当然のこととして恩とは思っていなかったのかもしれない。
いずれにせよ、移送の道筋で待ち構えていたダグラスの付き人が差し入れしたものの御相伴にあずかり、ギルクスたちが目を覚ましたときにはダグラスの姿が消えていた。
護送の任についていたギルクスと2人の騎士は茫然とする。
移送中の者に逃げられるというのは当然のことながら大失態だった。
3人でダグラスの姿を捜したが行方は分からない。
近くの町まで急行し恥を忍んでその地の騎士団に報告をする。
すぐに急報が飛んだがダグラスの足取りは杳としてつかめなかった。
悄然としてギルクスたちはトールハイムへと大急ぎで帰還する。
屯所ではオーギュストに激しく叱責された。
囚人に便宜を図っており油断した挙げ句に逃亡されたとなれば弁解の余地はない。
「貴公ら、自分たちのしでかしたことを理解しているのか!」
「申し訳ありません」
ギルクスたちは伏せた面を上げられなかった。
オーギュストの怒りももっともである。
これは騎士団全体の名誉であった。
このままではずっと恥をさらして生きていくことになる。
汚名返上の方法は1つしかなかった。
「貴公らの他の任をすべて解く。逃亡者をなんとしても確保しろ。分かったか?」
ギルクスたちは旅装を解くこともできないままトールハイムの町を後にする。
今回は従者の同行も許されない。
この措置はこのままでは騎士ではなくなるんだぞ、という意味を含んでいる。
戦慄すると共に実際上の手足を失い困ることになった。
しかも、ダグラスの行方を捜そうにも当てが全くない。
ダグラスの実家には既に捜査の手を伸ばしていたが逃亡後に立ち寄った形跡はなかった。
ギルクスたちは途方に暮れる。
もともと騎士は戦いには長けていても人を探す訓練は受けていない。
こうなれば責任を取って自死するしかない、というところまで追いつめられる。
そこに救いの手を差し伸べたのはフンボルトだった。
小悪党ギークを通じてダグラスの逃亡を手助けした人間を突き止める。
ギーク本人は悪事をなすには何かとドジすぎるのだが、不思議と色々な裏の情報が集まってきていた。
移送中からの逃走に関してはかなり大がかりな準備をしていたが、それは関わる人間が多くなるということである。
また、ダグラスが逃亡者として徹底的に向いていなかった。
逃走中も逃走先でも自分の感情優先で我が儘を言う。
ダグラスの逃亡を手助けした人間がほどなく見つかり、そこから糸を手繰り寄せて、潜伏先候補が絞られた。
トールハイム南方の砂漠を越えた先にあるニエワリの町にいるらしいことはほぼ確実と思われる。
ただ場所が国外になるだけに騎士団として乗り込むことは難しい。
隣国の軍を刺激して紛争に拡大する危険性があった。
それなので、あくまで私人としてニエワリの町に入る必要がある。
こうなるとギルクスたちには手段がない。
なり振り構っていられないため、手を貸してくれたフンボルトに更なる助力を頼む。
フンボルトは二つ返事で承諾し30人ばかりの隊商が仕立てられた。
ギルクスたちは微服に着替えると護衛として潜り込む。
10日ほどの旅の後に隊商はニエワリの町に到着した。
同行していたフンボルトに傍目には胡乱な男が報告する。
日中の1番日差しがきつい時間にギルクスたちはダグラスが潜んでいる家に乗り込んだ。
こんな暑い時間帯には路上に人影はない。
フンボルトに報告した男が事前に細工をしていたので容易に侵入できた。
突入後は当然護衛と戦闘になる。
ダグラスはともかく周囲のものは自分たちのしたことの重大さを理解していた。
王国に捕まれば厳罰が待っている。
そのため激しい抵抗を行った。
当然のことながら撃剣の音や激しい怒号が響きわたることになる。
ただ、その音が周囲に響きわたることはなかった。
同行していたシャーリーが隠れ家の敷地全体を範囲として音が漏れないように魔法をかけている。
一見すると地味な魔法であるが、支援魔法として汎用性が高い。
今回のように応援を呼ばせず敵を各個撃破するような使い方もできた。
また、魔法の効果範囲内全部の音を消して戦う人間を混乱させることも可能である。
そうあることを予期している味方と敵では体の変調具合が全然違った。
そんな魔法を遠隔で広範囲に行使できるシャーリーはかなり優秀な魔法使いと言える。
ほどなく戦いは終了した。
音も無く馬車が乗りつけられ、周辺の家が気が付かないうちに虜囚と死体は速やかに町の外へと運び出される。
ギルクスたちは首の皮一枚で騎士資格剥奪を免れたのだった。




