第51話 口利き
衛士側が立件に向けて精力的に活動をしている頃、被疑者側でも釈放に向けて活動をしている。
拘束されているダグラスの付き人は伝手を辿ってオーギュストに面会を求めた。
しかし、反応ははかばかしくない。
「衛士団のことに首を突っ込むわけにはいかないな。いや、当夜は我々も見回りに協力はしていたので、情報提供を依頼することはできるかもしれないが、それ以上のことは難しい」
「そこをなんとかお口添えを」
付き人はローテーブルの上に用意してきた酒の木箱を置く。
ボトルが入っているにしては重そうだった。
「これはご迷惑をかけるお詫びということで。先方には別のものの用意があります」
「ふむ。お心遣いは有難いが遠慮しておこう。私が言うことではないが先方もブランニュ産の逸品に慣れているから、このようなものは喜ばないだろうな」
不分明な顔をする付き人にオーギュストは心の中で舌打ちをする。
ブランニュ産の赤ワインは王国で名高いが、そこはコロンナ侯爵領だった。
先ほどの発言は、相手はコロンナ侯爵の息女だぞ、手心を加えるよう頼めるわけはないだろ馬鹿、という意味である。
婉曲表現が通じないと知るとオーギュストは単刀直入な言い方に改めた。
「コロンナ侯爵の息女相手には残念だが私では役に立てぬようだ。お引き取りを」
応接用の椅子から立ちあがるとさっと部屋の扉を開ける。
従卒にお見送りするように命じた。
半ば追い立てるように付き人を送り出してきた従卒が戻ってくるとオーギュストは嘆息する。
「事件を起こした当人も間抜けだが、付き人も出来が悪いな。田舎騎士の家来はコロンナ侯爵のことも知らんのか」
「普段領地に閉じこもっていると世の中の動きに疎いかもしれません」
「犯人の父親は誰に仕えているんだったかな?」
「オラストン伯爵です」
従卒は用意のいいところを見せた。
オーギュストは顎に手を当てる。
「あのオラストンか。それはまずい。俺も他人のことは言えんな。そうか。それならばやむを得ん。出かけることとしよう」
すぐに身仕度をして衛士団の詰め所を訪問した。
応対した衛士はすまなそうに不在であることを告げる。
「副団長にお取次をしましょうか?」
「ん? ああ、それには及ばない。お邪魔した」
オーギュストはその足で衛士団長の官舎を訪問した。
幸いなことにベアトリスは在宅している。
ただ、少し応接室で待たされた。
茶菓の提供を受けながら部屋の中を観察する。
コロンナ家の令嬢の住まいの応接室としてはやや華やかさを欠いた。
以前の状態は知らないが住むに当たって改修しなかったということだろうと推察する。
たかが1年ということなのか、そもそもそういったことに関心がないのか。
主の人となりを表している気はした。
部屋は簡素だが、茶菓は上質なものが提供されている。
その茶を飲んでいるとベアトリスが従卒のバッシュを連れて入ってきた。
「お待たせして申し訳ない」
バッシュはオーギュストの前にお替わりを出し、ベアトリスの前にもカップを置くと数歩下がって待機する。
「お休みのところ、官舎まで押しかけてきた非礼をお詫びする。ただ、早めに耳に入れておいた方がいいことがあってね」
「何でしょう?」
「現在勾留している男の父親が騎士ということはご存じだと思う。その仕えている相手がオラストン伯爵でね。伯爵についてベアトリス殿は知らないだろう情報がある」
オーギュストは一旦言葉を切りカップに口をつけた。
「あくまで噂でしかないことは前もって言っておきます。伯爵は爵位を継いだばかりだが、その父親と兄の死には不審な点が多い。乗馬ごと崖から落ちて死んだのだが、2人とも優秀な乗り手だった」
「なるほど。でも、それだけでは何とも言えないですわね。相続の承認も下りたのでしょう?」
「ええ。まあ、不審な点はないという検死した医師の診断でしたから。でも、家を継いだ後に執事が死に、その医師も失踪しています。他にも数人連絡が取れなくなった雇い人がいるとか」
「あら、それはなかなかね。さすがに特別監察官が派遣されそうだけど」
「誰もが口を噤んでいるそうですよ」
「それだけ掴んでいらっしゃるのに……。いえ、証拠がなければ難しいですわね。そうですか。私が相手をしなければならないのは自分の望んだことは何でもかなうと勘違いをした者ということですね。注意喚起ありがとうございます」
「あるいはコロンナ家には余計な御世話かと思いました。しかし、経験の浅い猟犬はドラゴンを知らなければ吠えかかり噛みつくこともあるでしょう」
「ましてや、年若い雌ドラゴンであればなおさらということかしら?」
ベアトリスは含み笑いをする。
「まことに失礼な物言いになりますが、外見しか見えない者もおりますな」
オーギュストは言外に私は違いますというアピールを兼ねて頭を下げた。
ベアトリスはカップを取り上げてふんわりと笑う。
「まあ、高名な戦士が無名の若者に後れを取ることもありますわね。無鉄砲さによって萎縮せずにすむ面もあるでしょうし。分かりました。相手の背後関係を知ったからといって結論を変えるつもりはありませんが、今後は注意することにしましょう」
話を終えたオーギュストは暇乞いをして衛士団長の官舎から出ていった。
ベアトリスはバッシュ相手に仕入れた情報を吟味する。
「さすがにコロンナ家を敵に回すほど愚かではないと思いたいけれどそうもいかないわね」
「どこにも愚か者はおりますからな。無知ほど怖いものはありません」
「自分のところの騎士本人ならともかく、その息子の不始末にどこまで本腰を入れてくるかしら?」
「面子を潰されたと考えて頭に血が上る可能性は低くはないでしょう」
「とはいえ、穏便に済ませるわけにもいかないわね。ノートンが斬られたのに不問にしたら私の評価はがた落ちになってしまうでしょう。お金を取った件については十分な賠償額で話をつけるにしてもね」
この時点ではベアトリスは公金強奪という話になっていることを知らなかった。
バッシュは苦笑する。
「それにしても、オーギュスト殿もなかなかの策士ですな。ベアトリス様に情報を流して恩を売りつつ、外形的には衛士団に取りなしに行ったように見せるとは」
「まあ、誰でも狂犬の相手は避けるのが普通よ。私はコロンナ家という看板をしょっているから立場が違うわ。こうなった以上はもし相手が何かしてくるなら正面から受けて立ちましょう。それでいい?」
「結構と存じます」
背筋を伸ばすベアトリスにバッシュは賛意を示すのだった。




