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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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第50話 思惑

 ノートンが有難がりつつもちょっと困惑している頃、詰め所では激論が発生している。

 フンボルトとブランドがその当事者だった。

 感謝祭の夜の事件をどの罪状で立件するかである。

 正確にはノートンを傷つけた行為をどう罪に問うかだった。

 フンボルトは故殺未遂に問うべきだと主張する。

 衛士団に対する攻撃は何者がしたことであれ厳しく罰するべきだという考えに基づいていた。


 自分自身が貴族出身なのに騎士の子弟に対して斟酌する気がないということは不思議にも思える。

 それだけ衛士という仕事に誇りを持つようになったということなのかもしれないし、単に自らの立場の優位性を確認したいということかもしれない。

 その心理を推し量ることは難しかった。

 いずれにせよフンボルトは主犯格の若者を厳しく罰するべきだと主張する。


「あの男は刃を向けることの危険性、場合によっては死ぬかもしれないという予見性を認める供述書に署名した。これで殺意は認定できる」

「しかし、それはあまりに強引ではないか。医師も死ぬほどの怪我では無かったと言っている」

「それは現場でのシャーリー嬢の処置が良かったからだろう。出血が酷ければ死んだかもしれない。そもそもブランド、お前の部下が傷つけられたんだぞ。お前が厳罰を望むのが普通ではないのか?」


「確かにノートンは部下だがそれで私の判断が変わることはないな。少なくともそれを理由に罪を犯した罰を重くすることは希望しない。そんなことをしたら衛士の存在意義を問われることになる」

「しかし、法として衛士に対する敵対行動は重くするということが定まっているだろう? それに先日の破落戸2人についてはどうなんだ?」

「あれは明確な殺意があった。実際にやっちまえ、と口にしているし、やましいことをしている最中に衛士に見咎められたという動機もある」

「あの若者も同じようなものだろう」


 ブランドは笑みを漏らした。

「それは違うな。あれは怯えと苛立ちによる行動だ。斬りつけた後に呆然として逃げようともしていない。一緒にいたのはこれを奇貨として駆けだしたがな」

 フンボルトは嘆息する。

「ブランド。お前の言うことはいちいちもっともだ。行政官の立場なら非の打ちようもない。だが、部下を率いる立場としてどうなんだ」

「私は衛士になるときに、いついかなるときも公立中正を旨とする誓いを立てた。それに反することはできない」


 そうだった。コイツはそういう奴だった。

 フンボルトは自分の目論見を阻まれて鼻息を荒くする。

 故殺犯の逮捕は大手柄であった。

 ブランドが次の団長に就任するのに大きく寄与するだろう。

 既に破落戸を捕まえていたが、この1件が加われば住民の支持は確実と思えた。

 なにしろ犯人は町の住人しかも子供への暴行を加えて金を取るようなカスである。

 その刃が住民に向けられたのかもしれないとなればインパクトが違った。


 フンボルトは思わず声を大きくする。

「ノートンへの加害が過失傷害になると全体が矮小化するぞ。金を取ったと言っても少額だ。付き人が言うように大金を払って賠償すれば不問になりかねん。子供が殴られたという件も同じようなものだろう。身分や環境に甘えたクソガキを野放しにするのか?」

 2人の間のテーブルで寛いでいたドラマタがびくっとした。

 ブランドは子猫を撫でてやりながら、同僚の感情の放射を柔らかく受け止める。


「別にそんなつもりはない。彼らには相応の罰を受けさせる。ただ、それが故殺を理由としないだけだ。というのも、やはり殺意の認定は厳しいと思う。縁故などを駆使されて、行政官の裁定でそこをひっくり返されたら全てが崩れる」

「じゃあ、どうするんだ?」

「最初にお金を取られたミリーは孤児院の子でね。そこがポイントなんだ」

 急に話題が変わったことにフンボルトは眉根を寄せた。


「ブランド。孤児院の運営に強い関心を持っているのは分かるが、この話とどう繋がるのかさっぱり分からん」

「とても楽しみにしていた感謝祭で使うための少額の小遣い、それを奪うとはまさしく鬼畜の所業だな。全くもって許しがたい」

「心情的には分かるが罪状は主に金額の多寡で決まる。そんな重い刑にはならんぞ。そんなことはお前だって百も承知だろうが」

「それで、当日、ミリーは小遣として使うかもしれないお金を預けられた」

「ん? 預ける? どういうことだ?」


 ブランドは柔やかに笑う。

「そうなんだよ。本来は子供たちの小遣いは個人の寄付金が使われる。まあ、食べ物やら何やらに消える金だ。原資が税金である運営資金はそういう用途では支出できない。ただ、たまたま新しく入居した子がいたせいで手元に寄付金が足りなくなったそうだ。しかしなあ、年1回の感謝祭にあの子だけは小遣いなしというわけには……」

「だから、ミリーという子に公金を一時的に預けたのか?」

「会計処理上はグレーすれすれだが、院長が運営上やむを得ないというときはそういう処理をできることになっているんだ。普段は生活訓練の一環でお遣いをするときに適用されているようだがな」


「おいおい。それじゃあ」

「ああ、あの若者は公金強奪をしたわけだ。こいつは重罪だぞ。で、これがその顛末書だ。孤児院長直筆のな」

 フンボルトの顔に悪い笑みが広がった。

「そうか。いつもは遅れがちな帳簿の記帳がなぜかきちんとつけられていたりするんだろうな。ひょっとするとまだインクも渇いていないんじゃないか」

「なんのことやら。もともと院長は几帳面な人物だぞ」

「まだまだ俺は第1隊長殿には及ばんらしいな。恐れ入ったよ。それじゃ、早速その方向で……、待てよ、そうなると残りの2人も公金強奪の共犯だな。仮釈放したのはまずかったか」


「そこは問題ないだろう。トールハイムから出ることを厳禁してあるし、調書はもう取ってあるんだろう? どこの誰かも分かっている。もし逃げればさらに罪が重くなるだけだ」

「それもそうだな。まあ、勾留している男が主導したのは間違いない。ベースが公金強奪となると、過失傷害扱いでも印象は変わってくるな。そう簡単にもみ消すことは難しい。さすがだよ。ブランド」

 フンボルトは手放しで褒める。

 言われた当人はなんてことはないという表情をしていたが、代わりにドラマタがニャと鳴いた。

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