第47話 祭りのあと
感謝祭を締めくくる花火が上がって興奮冷めやらぬ人々も散り始める。
トールハイムに住む人々は家路についたし、観光客は宿泊施設に向かった。
近隣の村に住んでいる者は寄る辺を頼って身を寄せるか、広場で終夜営業をする露店の側で屯する。
演し物をやっていた店で働いていた人もそんな露店で喉を潤し腹を満たしていた。
その一方で、衛士団の仕事は終わらない。
地面に転がっている酔っぱらいの保護をする必要があったし、そういう人間は酔いが醒めれば懐の中のものがないと被害を訴える。
売り上げの金が合わないのは盗まれたから、懐に入れた奴がいるからと騒ぐ店主もいた。
順次規模を縮小したが、それでも通常の夜間巡回を上回る規模の衛士が街中を歩いている。
騎士もオーギュストの想像以上の人数が夜になっても協力していた。
もちろん外回りをしている衛士団メンバーに第3隊が含まれているということは無関係ではない。
ブランドは部下を解散した後に独りで見回りに出ようとする。
詰め所内で元気に遊んでいたドラマタに声をかけると喜んで肩に飛び乗った。
いつもより夜更かしして相手をしてくれることに興奮している。
詰め所を出ようとしたところで従者2名を連れたベアトリスが声をかけた。
「ブランド隊長」
「団長、パレードの大役お疲れ様でした」
ベアトリスは照れた笑いを浮かべる。
「確かに気が張ったよ。だが、団員の苦労に比べたら物の数ではないな。そうだ。ノートンの具合はどうだ?」
「巡回の途中で見舞いをしてきましたが、応急処置が良かったのか、大事にはなっていません」
「それは良かった。ただ、団員を傷つけたのは事実だ。これは厳しく対処しなければならないな。そもそも子供から金を奪うなど悪質だ」
「余罪もあるかもしれません」
「ああ。厳しく詮議するよう指示を出すとしよう」
「よろしくお願いします」
挨拶をして外に出るブランドの横にベアトリスが並んだ。
「単独行動は感心しないな。まあ、ブランド隊長ならそうそう後れを取るとも思えないが。とにかく私も同行しよう」
副団長のホーソンが聞いたら狼狽しそうなことを言う。
「団長。お疲れでしょうし今日はもうお休みください」
ブランドは口添えを期待して後ろを歩くバッシュの顔に視線を向けるが黙ったままであった。
ベアトリスは真剣な顔になる。
「巫女役を務めたことを後悔しているわけではないが、あんな事件があると少しは思うところがある。これで贖罪にはならないだろうが私の気の済むようにさせてくれないか」
若さゆえの生真面目さの発露だろうが、こうなるとブランドも否定しがたかった。
ベアトリスはしかつめらしい顔を崩すと笑みを浮かべる。
「ブランド隊長も同じような気持ちだろう?」
「分かりました。それではご一緒しましょう」
先程までの喧騒が嘘のように静かになった通りを4人は進んでいった。
夜の静寂を破ってプーツが石畳を蹴る音だけが響く。
感謝祭の熱気の残りが漂うような中を歩きながらベアトリスは心の中で可愛らしく舌を出していた。
ブランドに語ったことは嘘ではない。
ノートンが怪我をしたことに責任を感じてその埋め合わせをしようという気持ちも間違いなくある。
ただ、ブランドと一緒ということに浮かれる気持ちがあるのもまた事実であった。
しかも、普段は他の第1隊の団員が共にいる。
今夜はブランド1人であった。
まあ、バッシュとフランセーヌも後ろに控えているがその点については仕方がない。
それに常に側にいるのに慣れていてあまり気にしないようにするコツを掴んでいた。
家族以外の男性と2人きりで過ごすという経験のないベアトリスは妙にドキドキしてしまう。
信頼でき一緒にいて心地よい異性というだけでなく、ブランドに対して明確な恋心を自覚している。
今までそういう存在がいなかったために、より一層強く意識するようになっていた。
もちろん、この恋愛は所詮は叶わぬものという冷静な意識は頭の片隅にある。
その一方でシャーリーに関してオーギュストが開陳した計画が気になっていた。
子爵家に婿入りが可能なら、侯爵家を離れる自分が嫁ぐのも可能ではないか。
父の了承が得られるか次第であるが、全く目がないわけではない気もする。
前方から灯火が見え規則正しい足音がしてきた。
第3隊の半数で構成される5人がブランドに向けて手を挙げる。
「ブランド隊長、まさか割り当てでもないのに見回り……、あれ? 団長?」
先頭を歩いていたブランドの後ろからベアトリスが現れ団員は気をつけの姿勢になった。
「夜間の任務ご苦労」
「はっ、今のところ大きな問題はありません」
「そうか、大変だろうが気を引き締めてな」
「はい。団長もお気をつけて」
5人はすれ違って去っていく。
ブランドも再び歩き出した。
順路がパターン化しないように普段は裏道で曲がったり適当に方向をかえるが、今日は大きな通りを進む。
自然と広場へと足が向かった。
夜通し起きている人々がおり、篝火も焚いてあって騒がしいというほどではないが賑やかである。
まだ営業している屋台のところに衛士団の制服が見えた。
その中で夜間でも目立つ燃えるような髪の毛が光っている。
「やあ、イライザ。また会ったな」
声をかけられて顔を上げたイライザの顔がパッと輝いた。
しかし、すぐに怪訝そうになる。
「ブランド、あなたのシフトは終わったはずで……、ひょっとして団長のお供なの?」
表情がこんな時間まで勤務延長とか信じられないと語っていた。
「いや、これは勝手に俺がやっているだけだ」
「それじゃあ団長は?」
「私はそれに勝手に便乗しているだけ。でも、帰宅を命じた方が良かったかもしれないわね」
「そうですか」
イライザはそういうことかと思い直す。
ブランドの性格を考えれば十分に説得力があった。
「あ、ブランド。ほとんど食事を口にしてないでしょ。あなたも食べていきなさいよ。倒れるわよ」
そう言う前に既に店主に手で合図して注文しておいた金串を受け取る。
ブランドにグイと突き出した。
「私の奢りよ。今日は大変だったでしょ」
「ああ、ありがたい」
ブランドは受け取ると興味を示すドラマタに注意する。
「これはお前はやめておいた方がいい」
匂いを嗅いだだけでそんなことは分かってますよという顔をした。
「団長はどうします?」
「それほど空腹ではない。遠慮しておこう」
「すぐ食べてしまいますから」
「慌てることはない」
そこに近づいてくる足音がする。
「ベアトリス殿、あなたも熱心ですな」
シャーリーを連れたオーギュストが歩みよってきた。
「まあ、年に1回のことなのでね。分隊長殿もこんな夜更けまで?」
「少しは騎士団も点数を稼がないとね」
オーギュストはそんなことを言っているが、シャーリーにせがまれただろうということはベアトリスには明白である。
ブランドを中心に3人の女性の視線が交錯した。
3人はまだ完全にはお互いがライバル関係にあるということを認識していない。
それでも、自らがそうであることから、他の2人がブランドへ向ける瞳の中に宿るものを敏感に感じ取っていた。




