第46話 良き父親
シャーリーは魔法使いである。
騎士団に属しているため、一応は剣を帯びているが重しという意味しかない。
剣の腕はからきしだったが、魔法に関してはかなりの腕前を有していた。
本人の性格を反映して身体防御などの補助魔法を得意としているが、攻撃魔法も修めている。
そして、真実の鏡というユニークな魔法を使うことができた。
この魔法は呪文を唱えて対象を銀の鏡に映すことで効力を発揮する。
銀の鏡の中の姿は心の中と外見の差に応じて変化した。
破壊衝動を秘めていれば口から牙がのぞき、嫉妬深ければ額に角が生じ、嘘つきであれば尻尾がつく。
シャーリーはトールハイムに着任してから幾人かに密かにこの真実の鏡の魔法を使っていた。
その結果、ほとんど外見そのままの姿が映ったブランドに対して興味を抱くようになっている。
シャーリーも品行方正な者がそのまま生きていける世の中ではないことぐらいは知っていた。
紳士然としていても他人から見えぬところで悪いことをしている者はいる。
しかし、世間から評判がいいにもかかわらず、ブランドには表裏がほとんど無い。
外面だけがいいわけでないということを知りシャーリーは密かにもし自分の意のままに夫が選べるならこの人と思い定めていた。
ただ、身分という大きな壁に阻まれて心の中に留め口に出したことは今まではない。
縁戚関係にあるオーギュストから聞かれたときも本当のことを言うか逡巡した。
魔女の実に関する共同作戦でブランドのことを間近に見ていなければ本心を隠したままだったかもしれない。
正直に口にしたところ、オーギュストは意外なほど熱心に後押しをしてくれた。
それだけでなく、身分差を解消するための策まで考えてくれる。
結果的に縁談について前向きの返事はもらえなかったが、シャーリーのことが気に入らないというわけでないことを知り意気消沈はしなかった。
むしろ、それならば振り向かせてみせると今まで感じたことのない積極性が生じている。
魔法を学び始めたのも父が言うがままだったし、継母に騎士団に入れられた時も抵抗はしなかった。
流されるままに生きてきたシャーリーが初めて自らの望みどおりに行動してみようとしている。
トールハイムで感謝祭が始まり警備の任に就くことになった時は、見回りの際にブランドに会えるかもと期待した。
その願いがかなったのか、遠目にブランドが路地に入っていくのを目撃し、すかさずシャーリーはオーギュストがつけた2人の騎士とそちらに向かう。
そして、幸いなことに任務を支援することができた。
ブランドの鮮やかな手並みも目撃できたし、その部下の怪我に応急処置も施している。
さらに、その後の見回りを一緒にするという提案をして受け入れられてもいた。
あまりにとんとん拍子に進み過ぎているので頬をつねって夢でないか確認したいぐらいである。
トマスたちと話をすることでブランドの人となりに関する理解も深めていた。
世評通りのいい人であることを再認識すると同時に、恋愛に関しては疎いということも把握している。
同時に職務への熱心さを強く感じていた。
金品を奪った犯人を追うところまでは誰でもすると言いたいところだが、被害者は子供であり、取られたものも少額である。
人によっては真剣に犯人を追わないということも考えられた。
まあ、そこまでは本来的に衛士団の仕事のうちである。
しかし、ブランドは子供たちに被害額を立て替えてやるということまでしてやっていた。
今日という日を逃すといくらお金が戻ってきても、感謝祭で楽しく過ごしたという経験は得られない。
そこまで考えてやれるということは子供と真面目に向き合っていないとできることではなかった。
人は大きくなると子供のときのことを忘れがちである。
ブランドは子供目線を残している貴重な大人であり、きっと良い父となることが想像できた。
結婚相手は配偶者であると同時に将来生まれてくる子供の父親でもある。
シャーリーは縁談を申し込む相手にブランドを選んだ自分の目に狂いはなかったと喜んだ。
サレーノ家を絶やさぬために子供を産まなくてはならない。
そのことは納得していたが、子育てをするならそのことに理解がある夫が欲しかった。
自分の父親は領主としては有能であったが、家庭人、特に父親としては及第点とはほど遠い。
シャーリーのことを追い出すように騎士団付きとしたことは、視野も広がるというの面もあったにせよ、心の中で澱となっている。
トマスたちと別れたあともシャーリーはブランドと見回りを続けた。
第1隊長はよく働いている。
迷子になっていた子供の親を捜してやり、落とし物を預かった。
若者同士の喧嘩の仲裁に入ったときは、シャーリーも魔法で支援をする。
見えない壁を作り出して広げ喧嘩をしている2者を引き離した。
僅かな時間とはいえ睨み合った相手と距離が開き、中間地点にブランドの姿を見て双方とも急激に熱が冷める。
「ほら、お前たち、喧嘩ならいつでもできる。折角の感謝祭を無駄にしたらもったいないぞ」
強力な魔法が使われるのを目の当たりにしたこともあり、両方のグループは愛想笑いを浮かべた。
「そんじゃまあ、そういうことで」
「あっちに行こうぜ」
ブランドは距離を取り始めた両方のグループのリーダー格の名を呼ぶ。
「次に騒ぎを起こしたら、しょっ引くからな」
名指しをされると首をすくめた。
集団の中に埋没しているからこそ気が大きくなる。
何かあれば責任を問うと名指しされれば迂闊なことはできなかった。
少なくとも今日何かやれば、喧嘩騒ぎの件と合わせて追及されるだろう。
リーダー格はこの後は仲間が羽目を外しすぎないように汗をかくことになった。
喧嘩を遠巻きにしていた人々が散り始めたところにイライザが飛び込んでくる。
「ああ、なんだ。ブランドがいたのね。喧嘩という声が聞こえたから急いで来たんだけど、私の出る幕じゃなかったわね」
「ああ、イライザ。さすがに反応が早いな」
「まあね」
返事をしながら、ブランドのすぐ側に控えているシャーリーに目を留めた。
「でも、一時は騎士団も介入するほど大事だったのよね?」
「いや、シャーリーさんとは一緒に巡回をしているんだ」
イライザは眉根を寄せる。
「ノートンはどうしたの? 今日は2人で組んでるはずじゃない?」
ブランドはイライザを手招きして、建物の壁際に呼び寄せた。
耳に口を寄せて囁く。
「調子に乗った若い男に腕を斬られたんだ。応急処置はしたんだが、医者に行かせている」
「大丈夫なの?」
「派手に出血はしたが大怪我というわけじゃない」
「そう。それは不幸中の幸いね。で、ノートンがいない理由は分かったけど、彼女が一緒にいる理由が見えないんだけど」
イライザは少し離れたところにいるシャーリーに視線を向けた。
「ああ、ノートンを傷つけた奴を確保するときも現場にいたんだ。ノートンの止血もしてくれたし、詰め所への護送にも同行して、その後も俺1人では大変だろうと一緒に行動してくれている」
ブランドの説明に納得しイライザは騎士たちに近寄ると礼を述べる。
「私は第3隊長のイライザ。ブランドやノートンを助けてくれて助かったわ。ご助力感謝します」
「いえ。お役に立てて何よりですわ」
「それでは私は行くわね」
ブランドに声をかけるとイライザは部下と一緒の巡回に戻った。
本当はブランドと同道したいところだが、隊長が揃いぶみでは目立ちすぎる。
幸か不幸かこの時点でイライザは、シャーリーがブランドに縁談を持ちかけた相手ということは露ほども知らなかった。




