第45話 怪我と被害
「ああ、実はこちらの方は……」
声に安堵の響きを滲ませた付き人はシャーリーたちに向かって若者たちが騎士の子供であることを明かす。
「なにとぞ、ここは穏便に」
同じ騎士階級同士ということで特別な取扱いしてもらえるようほのめかした。
それを聞いたシャーリーはニコリと笑う。
「氏名を明かされたのは結構なことです。尋問の手間が省けて助かります。では参りましょうか?」
「あ、いや、ですから、こちらの方々の父君は騎士を……」
「それがなにか?」
シャーリーの穏やかな態度から、付き人はここで直接に釈放するのはあまりに露骨で格好がつかないので、1度騎士団の屯所に行くのだと解釈した。
「ああ、それでは御足労をかけます」
「ということです。ブランド隊長。大人しくして頂けるようですよ。念のため我々も詰め所まで同行しますわ」
「騎士団の屯所に行くのでは?」
「あら、治安維持は衛士団のお仕事です。我々は相互協力関係にあるだけで、職掌を侵すなんてとんでもありません」
思いがけない展開に付き人は絶句する。
しかし、人数も逆転し騎士も加わったとなると強行突破しようにも今さら勝ち目は薄い。
大人しく衛士団の詰め所まで同行するよう若者たちを説得するしかなかった。
当然のことながら思いあがった若者たちは付き人を口汚く罵る。
それだけでなく、その中の1人は剣を抜いた。
これには付き人も青ざめる。
制服を着て任務遂行中の衛士、そして騎士に刃を向けるのはさすがにまずかった。
「若」
慌てた付き人が腕に触れて制止しようとする。
「離せ!」
若者は無理やり振り払おうと大きく腕を動かした。
無駄に研ぎ澄まされていたことが災いし、剣の切っ先がノートンの腕を切り裂き血が制服を濡らす。
別の若者2人と対峙していたブランドは、その気配に気がつくと振り返った。
それとほぼ同時にノートンを傷つけた若者は腰を折り曲げた状態で腕を捻りあげられ拘束されている。
「ノートン、大丈夫か?」
「大したことはありません」
平気なふうを装っているが動脈を傷つけたのか意外に出血が激しい。
さっと人影が動いた。
シャーリーが手際よく止血帯をノートンの左腕の上膊に巻きつける。
「これで当面は問題ないはずです。あとは医師に診てもらってください」
手元を見ていた顔をあげてシャーリーは微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
ノートンは顔を赤らめながら礼を言う。
「この状況で刃が触れて少し斬られたことは恥でもなんでもないですわ。気になさらないでくださいね」
シャーリーがノートンを励ました。
皆の意識がそがれた今がチャンスと若者2人が駆けだそうとする。
「待て! 櫓櫂の及ぶ限りどこまでも追うぞ!」
ブランドが声を響かせた。
今まで声を荒らげなかった人間が急に出した大音声は2人の足を地面に縫いとめる。
海外までも追いかけるという言葉どおりに気迫がこもっていた。
騎士が動けなくなった2人にさっと近寄る。
仕える相手の身柄を押さえられてしまっては付き人たちも大人しくするしかない。
もし手を出すとなれば、確実に命のやり取りになる。
衛士を傷つけた以上、残りの衛士や騎士たちも次は容赦なく剣を抜くはずだった。
結局、若者たちは詰め所に連行されて牢に留置される。
「ご助力大変助かりました」
ブランドは言葉どおりにと2人の騎士に改めて礼を言った。
「いえ、感謝祭での警備をするというのはこちらから言い出したことですし。ノートンさん、大事にならなければいいのですが」
当人は若者たちの詰め所への連行が済み次第、すぐに医者に向かっている。
「大事な部下の怪我を手際よく止血していただいてお礼の言葉もありません」
「お役に立てたのでしたら何よりですわ」
シャーリーは控えめな様子で僅かに笑ってみせた。
「それではこの御礼は日を改めて。私は巡回に戻ります」
ブランドは詰め所を出ていこうとする。
「それではご一緒にさせてください。これ以上は何もないことを願いますが、いざというときにお一人では困りませんか?」
確かにその通りである。
「それではお願いしましょう」
ブランドの返事にシャーリーは顔を輝かせた。
まだ人で溢れる街中をブランドたちは進んでいく。
トマスと孤児院の子であるミリーがひょいひょいと人の波を避けながら、コットンキャンディを手にして駆けよってきた。
「ブランド隊長。あの悪い奴ら捕まえた?」
尋ねてくるトマスの頬には赤みがある。
「ああ、捕まえたとも。牢に入ってる。それよりも頬は平気か? 医者に行った方がいいぞ」
「大丈夫。これぐらいいつものことさ。それよりもお祭りを楽しまないと」
トマスはコットンキャンディをかざしてから口でパクリと食べた。
横にいるミリーがペコリと頭を下げる。
「ブランド隊長。お金をどうもありがとうございました」
「いや、立て替えただけだ。それよりも楽しんでいるかい?」
目の下にわずかに涙の跡があるミリーはこくりと頷いた。
「パレードで団長のお姉さん、とても綺麗だった」
「そうか」
トマスが割り込む。
「そっかー。隊長は仕事で見逃しちゃったのか。それはもったいないかも。でも、別の美人さんと一緒だから平気か」
シャーリーは目を見開いた。
ブランドは腕を組む。
「おい、トマス。さっきの行動は立派だが、今の発言はあまり良くないぞ」
「あ、まだ行きたい店があったんだ」
トマスはミリーの手を取ると逃げるよう走り出した。
ブランドはシャーリーに詫びを入れる。
「馴れ馴れしい態度ですいません。トマスはお調子者で生意気なところもある子なんですが、あの女の子がお金を巻き上げられたのを見て義憤に駆られて大人相手に飛びかかる奴でもあるんです。まあ、結果としては殴られて自分も金を取られたんですが」
「まあ、じゃあ、あの頬が赤くなっていたのは殴られた跡ですか?」
「そうです。その後に近くを通りかかった私たちに人相風体を伝えてくれたんですよ」
「女の子の言っていたお金というのは?」
「折角の感謝祭なのに無一文では可哀そうでしょう。取られたという金額を立て替えておくということで与えたんです」
「それでコットンキャンディを手にできていたんですね。楽しいはずのお祭りが台無しにならなくて良かったわ。いい思い出になりそう。これがきっかけになるかもしれませんね」
「何のきっかけです? ああ、町場の子と孤児院の子の交流ですか」
ブランドがトマスとミリーの関係に気付いていないことにちょっと戸惑ったシャーリーはフフッと笑った。




