第44話 パレード
トールハイムは豊穣の神への感謝祭で賑わっている。
毎年1回開かれているものだが、今年は3年に1度の大祭に当たっていた。
広場には飲食店のほかに様々な演し物の出店も出ている。
ハンマーで出っ張りを叩き、梃子の反対側にある錘がどれくらい高く上がるかを競うものには力自慢が群れていた。
魔法で動き跳ね回る木馬から落ちないようにと踏ん張っていた男が派手に吹っ飛ばされ歓声が上がる。
火蜥蜴の戦車レースでは4色にカラーリングされた火蜥蜴に声援を送っていた。
無料で見ることのできる大道芸や寸劇もあり、子供たちは友達同士で固まって、少しでも多くのものを見ようと駆け回っている。
そして、今夜はメインイベントである豊穣の女神様の奇跡を再現する仮装行列が行われることになっていた。
主要な登場人物はプロの役者が演じているが、参加者は伝説に関係あるものに思い思いに扮して参加している。
女神様役だけはさすがに畏れ多いと普段は神殿に安置されている大理石の像が山車に乗せられていた。
パレードの主役は女神の巫女である。
巫女役はトールハイムの住民の中から選ばれていた。
この巫女役を務めるということは大変名誉なことで、縁談の釣書に記載してあれば多少の身分差は乗り越えることができる。
現実には古代語の祝歌を歌う声も要求されるし、パレード中に皆に振りまく花代は自腹であった。
そんなわけで、現実には裕福な家の年頃の娘が巫女役を務めることが多い。
今年は特別な事情があった。
ベアトリスの存在である。
資質の面では全く問題なかった。
逆にベアトリスを差し置いて他の女性を選びだすにはよほど卓越していなければならない。
他の地域に比べれば普段は自由な空気が流れているトールハイムであったが、さすがに忖度せざるを得ない雰囲気だった。
本人は感謝祭の最中は衛士団長として治安維持に当たらなければならないから、と固辞したが、町の有力者たちは日参して就任するように強く要望する。
ついには有力者たちはオーギュストにも働きかけて、祭りの間の警備について騎士団の協力を取り付けた。
オーギュストにしてみれば目に見えるところで働いていますよとアピールするチャンスである。
自ら衛士団の詰め所に出向いて警備の分担を申し出た。
こう外堀を埋められるとベアトリスも強く出ることが難しい。
本当はパレード当日は自分も巡回に出るつもりだった。
ベアトリスが現場に出るときは第1隊が随行する。
つまり、もれなくブランドがついてくるということだった。
何もないのに現場に出るのは難しい。
ただ、感謝祭のメインイベントであれば、団長が臨場しても奇異の目では見られないはずだった。
しかし、ベアトリスが巫女役をやるというのは政治的な意味合いが強い。
話を聞いた副団長のホーソンまで珍しく強めに受けるように進言した。
ベアトリスは表面上はにこやかに、内心では渋々と巫女役を引き受ける。
実際のところ、巫女役をすることによるメリットがあまりなかった。
名家であるコロンナ家の名に付け加わるのだと巫女を務めたというネームバリューは相対的に小さい。
それに引き換え巫女役なんかをしようものなら団員から部下を働かせておいていい身分だなと反発される恐れがある。
ベアトリスにとって幸いなことにそんな声は起きなかった。
「もし私が団長を差し置いて選ばれたら、烏滸がましくて心労で倒れるわ。対抗馬が団長じゃ、この町のどこのお嬢さんでも同じようなもんでしょ」
イライザがこんなことを言って擁護した。
町の有力者も如才なく団長をお借りしてご迷惑をおかけしますと結構な差し入れをしている。
迎えた当日、ベアトリス扮する巫女の姿は文句なく美しかった。
この巫女は伝説の中でも女神の意を受けて奔走する行動的なところがある。
一般的に巫女という名でイメージするよりも華やかなベアトリスが演じても違和感はあまりなかった。
さすが気品は争えないとパレードを見学していた人々から溜息が漏れる。
今まで着任したとは聞いていても実際に目にするのは初めての者にも強烈な印象を残した。
神話を再現するいくつかの場面のうち、巫女が祝福のための花をまくシーンになる。
警護のために扮装して側に控えるフランセーヌから籠を受け取りベアトリスは花びらを左右に振りまいた。
笑顔を振りまきながらベアトリスはブランドの姿を目で探す。
成り行きで引き受けた巫女役であったが、せめてこの姿を見てほしいという思いがあった。
それなりに感銘を与えられるのではないかと思っている。
しかし、衛士団の制服を見かけても肝心のブランドの姿はない。
そのブランドはパレードが始まる時間のちょっと前から、ノートンと共に脇道で若者を締め上げていた。
派手な格好をしている男2人女1人のグループはふて腐れた顔をしている。
「たった銅貨数枚だろ。ちょっと借りただけじゃないか。返せばいいんだろ。宿まで取りに来てくれれば返すからさ。ほら、パレードが始まっちゃうだろ」
この若者たちは子供たちを脅して小銭を巻き上げるという所業をしていた。
その中には今日のために特別にもらった小遣いを全部取られた孤児院の子もいる。
ノートンは傍目から分かるほどにカンカンに怒っていた。
ブランドと一緒にいることが多く、町の子供たちからも認知され声をかけられることも多い。
そんな子供たちが目に涙を浮かべたり頬を腫らしたりしている姿を目にして平静ではいられなかった。
一方のブランドは表面上は淡々と職務を執行しているように見える。
「坊ちゃん!」
剣を帯びた男が路地に飛び込んできた。
若者の1人が文句を言う。
「おせえよ」
さらにお付きの者らしき2人も加わった。
「一体何事ですか?」
「強盗の嫌疑がかかっている」
ノートンの短いやり取りに若者がくちばしを挟む。
「少額をちょっと借りただけじゃないか。全員分合わせても銀貨で2枚ぐらいだろ。それを強盗とか大げさすぎるぜ」
「ご苦労様です。どうかここは穏便に」
割り込んできた者の1人が袋から金貨を取り出した。
ノートンは憤然とし、ブランドも首を横に振る。
買収は無理と知ったが、若者のお目付け役たちは、さすがに衛士相手にすぐさま実力行使をすることはためらった。
この3人の若者はトールハイムの居住者ではなく、遠くから感謝祭を観光するために訪れている。
強引に身柄を奪って町を出てしまえば有耶無耶になる可能性は高い。
若者たちのイライラも高まっていた。
やむを得ず力づくで突破しようとお互いに目で合図したときに後ろから声がかかる。
「あ、ブランド隊長。お手伝いしますね」
騎士団の正装に身を固めたシャーリーのほか2名の騎士が逃げ道を塞ぐようにして立っていた。




