第42話 孤児院訪問
相変わらずアマンダの店の料理は美味しい。
話題もこれから始まるトールハイムの感謝祭のメインイベントである仮装パレードに移り、それなりに会話も楽しんでいる。
しかし、イライザはブランドに家庭を持つ気がないということがショックであった。
先ほど絡まれた男たちのように欲望をむき出しにギラギラとしているのは考えものだが、ブランドのようにほとんどそういう欲がなさそうというのも困ってしまう。
結婚というのは一面において、性行為を排他的独占的に特定の相手としか行わないという宣言でもあった。
性欲がないか極めて薄いうえに、家庭を持つこと自体に興味がないとなると、ブランドと結婚するというのは至難の業だった。
アマンダの店からの帰り道、イライザはこれからどうするか真剣に悩む。
約束通りブランドが支払いをしたので、部屋でお茶をしていかないかと誘う口実はあった。
ただ、そこから先の展開がまったく想像もつかない。
イライザが口づけをすればブランドもさすがに行動に出るかもしれないが、その一方で慌てて家から出ていってしまう可能性もあった。
そんなことになったら、もう立ち直れないだろう。
それにブランドは何度も目を擦っていた。
連日連夜の仕事の疲れが出てしまっているようである。
家に招き入れたものの、そのまま寝落ちされてしまっては困るのだった。
勝負に出る以上は、確実にブランドに抱かれなくてはならない。
その勝算が見込めないイライザは逡巡してしまう。
結局のところ家まで送ってもらったところで、お礼を言って扉を閉めてしまった。
ブランドはイライザと別れると少し離れた場所にある自分の官舎に向かう。
扉を開けて中に入ると扉にもたれかかるようにして座りこんだ。
ふうと熱い息を吐く。
トコトコとお気に入りのクッションに向かってその上に座り込んでいたドラマタが戻ってきた。
ニャア?
首を傾げてブランドを見上げる。
「ああ、大丈夫だ」
手を伸ばしてやるとドラマタは手のひらに頭をこすりつけた。
ブランドは大儀そうに立ち上がる。
台所にいって腐敗防止のためにチロチロと流しっぱなしになっている蛇口からコップに水を汲んで飲んだ。
一般の各家庭には水道が引かれていないが衛士団の隊長の官舎には敷設してある。
少し落ちついたブランドは書棚の前に立った。
革張りの大きな本を取り出す。
すぐ横にある椅子に腰掛けると本を膝の上に乗せて開いた。
何度も開いているせいで癖がついており、目的のページに一発でたどり着いた。
すっかりと色あせて乾燥した花冠がブランドの目の前にある。
それにそっと指を這わせると目を閉じた。
何かを追い払うように首を振る。
ブランドは目を開けると大事そうにそっと本を閉じた。
本を書棚に戻すと、寝室に向かう。
今日も自分を律することができたことに安堵しながら着替えると眠りについた。
翌日はブランドは非番である。
近くの店で買ってきたパンで朝食を済ませると孤児院へと向かった。
院長に挨拶をする。
それから子供たちが遊んでいるところに加わった。
遊ぶ内容は町の子とあまり変わらない。
元気な子は走り回っていたし、大人しい子は座りこんで何かをしている。
「ねえねえ、隊長見て」
男の子が小さな革袋の口を握りしめてやってきた。
袋の口を開いて中が見えるようにする。
節のある小さな虫が袋一杯に丸まっていた。
「おお、凄いな」
「でしょー」
男の子は鼻の下をこする。
「何匹いるんだろうな。これは多過ぎて数えるのが大変だ」
「両手を出して」
ブランドは意図を察すると両手をお椀のように丸めて差し出した。
男の子は革袋を逆さにするとざっと丸い虫をブランドの手のひらに空けた。
人によっては悲鳴をあげて放り出すところである。
ドラマタが興味津々でブランドの肩から腕に足を伸ばした。
「触ったら駄目だぞ」
その言葉に大人しく肩のところに戻る。
男の子は虫を指差しながら声を出して数え始めた。
「1、2、3、……」
コロコロとしているし、丸まった体を伸ばして動きだすのもいるので数えにくい。
それでもなんとか数え終わる。
「25。25だ」
「凄いぞ」
ブランドに褒められて男の子は鼻の穴を膨らませた。
「まーなー。オレにかかれば、これぐらいは余裕だよ」
「指の数より大きいものの数が分かるとはな。偉いぞ」
孤児院では簡単な読み書きや数の数え方を教えている。
ともすれば面倒くさがる子供が興味をもてるようにブランドは協力していた。
「それじゃ戻してくれる?」
革袋を広げるのでブランドは中に虫を流し込んでやる。
地面に落ちたものも拾っていれてやった。
「オレ、もっと多く取るよ」
「そうか。頑張れ。だけど部屋に帰る前には逃がしてやれよ」
「えー、100匹集めようと思ってたのに」
「虫もな、ご飯食べないと腹が減るだろ。夜ご飯まで抜いたら可哀想だ」
「じゃあ、ニンジン残しておいて食べさせる」
「この虫はニンジンは食べない。お前だって好きじゃないものばかりだと食事が楽しくないよな?」
「うーん。まあ、そうかも」
「それから、俺はいいが先生や他の子の手に虫を乗せるのもやめとけ。もちろん頭もな」
「そこまで馬鹿じゃねーし」
男の子は走り去る。
その後ろ姿を見送るとブランドは次々に声をかけていった。
ドングリでおはじきをしているグループでは妙技を見せ、あまり運動が得意でない子の木登りを補助してやる。
その後、小さな女の子のミリーがブランドを建物の陰に引っ張っていった。
周囲を見回して誰もいないことを確認すると、ミリーは小さな桃色の小石をそっと取り出す。
「これね。私の宝物なの。隊長さんにだけ見せてあげる」
「綺麗だね」
「うん。宝石みたいでしょ」
こんな色の石は確かにあまり見かけない。
しかし、特に金銭的に高価なものというわけでもなかった。
大人にとってはつまらないものでも、子供がそのときに大切にしているものはある。
トールハイムの孤児院では皆小さな箱をもらっていた。
それぞれの子がそれに大切なものを入れている。
傍目にはガラクタにしか見えなくても間違いなく宝物だった。
その箱の費用はイライザが寄付した金額から出ていることをブランドは知っている。
「大事なものを見せてくれてありがとう。なくしたら大変だ。すぐに院長先生に預けておいで。おじさんも途中まで一緒に行こう」
建物内に入るとブランドは院長の部屋へと通ずる通路のところで別れた。
階段を上って2階の廊下から教室の中を見守る。
比較的年かさの子供たちが勉強をしていた。
子供たちの中には孤児院で暮らし始めたエーラも混じっている。
憧れのお姉さんを目指すのだと真面目に課題に取り組んでいた。
ふと顔を上げたエーラが周囲を見回してブランドを見つける。
そっと観察するだけのつもりだったブランドはたちまちのうちに子供たちに取り囲まれてしまうのだった。




