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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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第41話 ブランドの気持ち

「やめておけ。私は衛士だ。剣を向けると重罪だぞ」

「だからなんだ!」

 酔っ払いに理性的な対応を求めても難しい。

 剣を鞘走らせようとしたところで、イライザが雷光のように前に出ると片手で柄を押さえる。

 そして、反対の肘を鳩尾にめり込ませた。 たまらず男は前のめりに倒れる。


 そこに笛が鳴り響いて数人の衛士が駆けつけてきた。

 第5隊に属する面々が声を上げる。

「あれ。イライザ隊長じゃないですか。こんなところで……。ドラマタ連れて何をやっているんですか?」

「この様子からすると、この2人組、イライザ隊長にちょっかいを出したんですよね?」

「余所者とはいえ、命知らずだよなあ」


 最初に足を払われた男は起き上がって逃げ出そうとしたところを団員に捕まった。

 別の団員が意識を失った男に気付け薬を嗅がせて頬をペチペチと叩く。

「イライザ隊長。詰め所に同行しますか?」

「悪いんだけど、ちょっと用があるの。後はお願いしちゃっていい?」

「もちろんです。非番ですからね」

「さすが見事な腕前でした。ごゆっくり」


 第5隊は3月ほど前のゴブリン退治の際にイライザと一緒に行動していた。

 隊は違えど、イライザの腕前は良く知っている。

 不埒者2名を連行しながら、しきりと運が良かったというようなことを語って聞かせた。

「イライザ隊長が本気になれば消し炭になってるぞ」

「破廉恥な行動には厳しいからなあ」

 痛みや何やらで酔いが醒めた2人はイライザが本当に衛士だったということが分かって青ざめた顔をしている。


 第5隊を見送ったイライザは路上に退避していたドラマタを抱えあげてアマンダへの店へと駆けていった。

 階段を上ってテラス席が1つだけ空いているのを確認する。

 満席を表すランプが灯っていないことを確認して店の中に首を突っ込んだ。

「こんばんは。表の席って空いてる?」


「イライザさん。こんばんは。空いてますよ」

「じゃあ、2人と1匹で。連れはすぐ来るから」

「分かりました。いま注文を伺いにいきます」

 イライザは胸をなでおろしながら席に座る。

 男性店員が飲み物の注文を取りにくると同時に女性3人客が階段を上ってきた。


「あら? 今日はもう席一杯?」

「そうですね。一杯です。すいません」

 残念そうに3人は階段を下りていく。

 男性店員は満席の案内を出すとイライザのところにもどってきた。

「とりあえず、オレンジの生果汁を1杯とこの子にはお水を頂戴」


 すぐに注文のものがでてくる。

 イライザは先ほどの立ち回りで乾いた喉を潤しながら、危ないところだったと思った。

 お店が一杯でなかったことはイライザに絡んだ2人にとっても幸いだったと言える。

 せっかくのデートを邪魔されたとなったら明日行われるだろう取り調べは過酷なものとなったはずだ。

 酔っぱらって女性に絡むような男たちなので、そもそも情状酌量の余地はない。

 ただ、淡々とこなすのか、熱心に行うのかの差が出てしまうのは、褒められたことではないがやむを得ないと言えるだろう。


 一皿目が提供される前にブランドが少し息を荒くして現れた。

「イライザ。待たせたな」

「ううん。私もお店に着いてそんなに時間が経ってないから。それよりも走ったら折角お風呂に入ったのに汗をかいちゃうんじゃない?」

「あまり待たせては申し訳ないのでね」

「それじゃ、飲み物を注文しましょう。ブランドはどうする?」


 頼んだ発泡ワインで乾杯して一息つくとブランドは公衆浴場でノートンたちに会ったという話をする。

「今回のダブレオ邸の捜査では負担をかけてしまった。今度別の機会に慰労してやらなくちゃいけないな」

「あら。私が邪魔をしたような形になっちゃったわね」

「とんでもない。先約を優先するのは当然だ」


 ここでイライザの方が大事だ、とか言ってくれは……しないわよねえ。

 グラスに口をつけながらイライザはぼんやりと考えた。

 口に出しては陳腐な一般論を言う。

「でも、あまりブランドに慣れちゃうと家庭持ちの隊長が後任になったら可哀そうよ」

「確かにそれは考えなくてはいけないかもしれないな」


「まあ、上司と飲むのは煙たいから嫌という団員もいるかもしれないけどね」

「そういう考えもあるのか。俺が若い頃はそんなことを考えもしなかったな。やっぱり、イライザは若いからそういうところに気が付くんだろう。これは勉強になった」

「やめてよ、ブランド。あなただって、その辺のことをまったく考えていないわけじゃないでしょ」

「そうだな。でも肌感覚で体得しているわけじゃないからな」


「ところで、団長からの話って何だったの? あ、内密の話だったら無理に話さなくていいけど」

「ああ。別に大したことじゃない。俺に縁談という話だった」

 イライザは飲みかけていた発泡ワインが変なところに入って激しくむせた。

「大丈夫か?」

 濡れたイライザの手を拭こうとハンカチを取り出したもののブランドは洗濯直後のものでないことを思い出してためらう。


「あ、ありがとう」

 イライザは自分から手を伸ばしてブランドのハンカチを受け取ると手を拭いた。

 それから話を元に戻す。

「大したことないって。大事じゃないのよ。縁談でしょ」

「でも、断ったしな」

「そう」


 内心では誰からの縁談でブランドがどう考えたのかドキドキしていたイライザは、なんとか興味津々ということが分からないように声を出す。

「団長経由ってことは、それなりの相手からよね。断って良かったの? それにあの時間で返書を書いたの?」

「断っても別に団長は何も言っていなかったな。それと返事は口頭で伝言を頼んだだけだぞ」


「ねえ、ブランド。貴族や騎士階級からの縁談だと、文章でお返事をするものみたいよ」

「やっぱりイライザは色々とよく知っているな。でも、俺は釣書も見なかったからなあ。相手がどこの誰かも分からなかった」

「呆れた」


「まあ、相手が誰であれ、答えは変わらないからな」

「そうなの?」

 聞き返す声には僅かに感情の乱れが乗ってしまっていた。

 イライザにしてみれば、ブランドが縁談を断ったということは歓迎している。

 ただ、誰とも結婚する気がないということであれば大問題であった。

 菫色の瞳がブランドの口元からでてくる言葉を待ち受けるように凝視する。


「まあな。俺は衛士団で過大な評価をもらっていると思うんだ。だが、実際はそんなことはないし、1歩仕事を離れればさらにだらしない。俺の世評に惹かれた相手と結婚なんてしたら、3日で愛想をつかされるだろう」

「そんなことはないと思うけど。それじゃあ、ブランド自身は家庭を持ちたいという気はないの?」

 イライザはついでとばかり相手の胸の内を問うた。


「もう、いい歳だからな。若い頃は世間並みのことも考えたが最近は考えもしないな。1人暮らしに慣れてしまっているし、今さら誰かと共同生活するということを想像できないよ」

 淡々と正直な気持ちを言いブランドはグラスに口を付ける。

「口当たりがいいから酔わないように気を付けないといけないな」

 イライザは内心の動揺を表に出さないように最大限の努力を払わねばならなかった。

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