第34話 浮ついたカップル
念願のブランドのほぼ裸体を見ることができたものの、2回目のデートの約束が果たされずイライザは寂しい思いをする。
ひょっとするとベアトリスとの昼食の方が楽しかったのではないか?
本当は約束をしたことを後悔しているのかも。
なんだかんだいいながらサリーのような可愛らしい子の方がいいのではないか?
着衣水泳のときにサリーほかが着ていた無駄に扇情的な格好を思い出して気分が沈んだ。
他の男性団員のように注視はしていなかったが、ブランドも秘かに目に焼き付けていたのかもしれない。
何通目かの釣書への返事をしたためながら、イライザは深いため息をついた。
ブランドに確かめてみればいいのかもしれない。
ねえ、アマンダのお店に行くのいつにする?
ほんのちょっと聞くだけでいいのだ。
しかし、あまりにがっついていると引かれるんじゃないかと考えてしまう。
それに声をかけたときに万が一にでも微妙な反応をされたらと思うとなかなかに踏み出せなかった。
泣く子も黙るという評判のイライザ隊長も恋愛面では小さな女の子からあまり成長していない。
イライザの慕情は一途過ぎて他に目を向けることがなかったのだから仕方なかった。
そんなイライザをさらにどんよりとさせる出来事が起こる。
第4隊に所属する女性団員と騎士の1人が結婚したのだった。
共同作戦で同じ組になったのをきっかけに交際が始まり、あっという間のスピード婚である。
その女性団員はもともとはフンボルトに熱を上げていたのだが、見込みがないと諦めてさっさと乗り換えたのだった。
変わり身の早さにも驚いたが、結婚までの期間の短さはイライザにとって衝撃的ですらある。
つまり、ブランドが他の女性と電撃的に結婚することもありえるということだった。
さらに詳報が入ってくる。
騎士の方には周囲からいい仲と見られていた別の女性がいたらしい。
すがるその女性を袖にして騎士は女性団員と結婚したのだった。
我が身に置き換えてイライザは強いショックを受ける。
ブランドはそんな不誠実な男ではない。
そう思っても胸にきざした不安の芽はどんどん大きくなる。
騎士と女性団員は結婚式を挙げたが、衛士団のメンバーで招いたのはベアトリスとフンボルトだけだった。
副団長ホーソンと直属の第4隊長は呼ぶのがマナーに適っている。
それを貴族出身者に限ったとしか判断できなかった。
なんともあからさまな人選に周囲はあきれ果てる。
そして結婚と同時に衛士を退職した。
騎士の任地は変わることもあるが、当面はトールハイムで暮らす必要がある。
相当面の皮が厚いという陰口が叩かれたが、本人は平然としていた。
イライザはその騒動自体からは距離を置く。
直接の部下ではないし、結婚式に招待されてもおらず、ブランドを奪われたというわけでもなかった。
むしろ、釣書に対するお返事に、諸事情により時宜不適という言い訳を付け加えることができて助かったぐらいである。
この結婚で世間的には騎士団はやや評価を落とすことになった。
騎士団と衛士団のわだかまりがなくなることは歓迎するが、その結果としてこういう醜聞はいかがなものかという雰囲気である。
さらに招待客の人選のせいで騎士たちは本音では住民を下に見ているのではないかという不満と結びついてしまった。
浮かれた1騎士のやらかしが騎士団全体に及び、分隊長のオーギュストは苦虫を噛みつぶす。
「こんなことになるとは……」
任務中のことではなく、結婚という私事なので口を挟むことも難しかった。
少し強引でも、世間体に気を遣うように言うべきだったかもしれない。
そうは思っても後の祭である。
起きたことは仕方ないとして、よりインパクトの大きい慶事で上書きするしかないという結論になった。
とはいえ、誰かと誰かが結婚するのを強制できるものでもない。
既に動きのあるイライザへの申込みについては全てお断りの返事がきている。
これを覆すのは難しいと、他の候補者を探った。
騎士団にも女性が僅かだが存在している。
そのうちのシャーリーという騎士団付きの魔法使いに白羽の矢を立てた。
サレーノ子爵家の長女で唯一の子である。
従ってシャーリーと結婚して婿入りすれば一躍家を継ぐことができた。
そんな立場なのに一般的な令嬢のような生活をしていないのは、我が子を妊娠したと思った継母に疎まれて騎士団に入れられたからである。
ただ、実際にはそのときの子供は出産後ほどなく亡くなり、その後も継母に子供はできていなかった。
今では父親も老いて新たな子供に恵まれる可能性はない。
結果としてシャーリーは唯一の跡継ぎとなっている。
その本人は目を引く美人ではないがいかにも育ちが良さそうな上品な容貌をしていた。
上昇志向の強い男たちが求婚に殺到しても不思議ではないのだが、こうした家庭の事情はオーギュストしか知らない。
そのため、控えめでやや地味なところのあるシャーリーは、他の華やかな女性の陰に隠れている。
しかし、条件面だけでいえば、トールハイムでシャーリーを凌駕できそうなのはベアトリスぐらいしかいないほどの女性だった。
オーギュストはシャーリーとは遠縁にあたり、不幸な境遇に兄のような気持ちで気にかけている。
個人的に話す機会がありストレートにシャーリーの気持ちを聞いてみた。
「シャーリー。余計なお世話だがそろそろ同世代の結婚話が出てくるころだ。誰か気になる男性がいるなら私が仲介できると思う。実際のところどうかな?」
「大伯叔父さま。嫌ですわ。いきなりそんなことを仰って」
「だが、サレーノ家を断絶させるわけにはいくまい。シャーリーも色々と苦労したのだ。もし、気に入った男性がいるのなら、好きな相手と添い遂げられるように私からも父上に話そう」
しばらくシャーリーは下を向いてモジモジしていたが、意を決したのか顔をあげる。
頬が少しほんのりと赤くなっていた。
「衛士団のブランド隊長は……、とても評判のいい方ですね。先日少しだけ任務でご一緒しましたが、私も立派な方だと思います」
オーギュストは心の中で歓喜の声を上げる。
シャーリーは控えめだが聡い子だと思っていたものの、男を見る目もあったことに満足した。
立場が違うのでオーギュストは今までブランドに積極的に協力したことはない。
しかし、1人の人間として見たときにトールハイムで頭1つ飛びぬけていると評価していた。
騎士団の女性と衛士団の男性という組み合わせなら、先に結婚した夫婦の悪評を上書きするという目的にもうってつけである。
「そうだな。では、衛士団のベアトリス団長にちょっと話を伺ってみよう」
魔女の実一掃の共同作戦で協力したこともあり、ベアトリスなら腹を割って話せるという確信があった。
シャーリーはオーギュストの言葉に頬の赤みを少し濃くする。
この時点では2人はまだブランドを巡る衛士団の中の緊張関係を知らなかった。




