第33話 着衣水泳
イライザが釣書に煩わされている頃、衛士団で新たな試みが行われる。
それは子供たちに対する着衣水泳講習だった。
トマスたちが町中の川で流されかけたことをきっかけにブランドが発案したものである。
子供たちは普段は下着だけで水遊びをしていた。
それだけに変に馴れてしまっていて水の恐ろしさを軽視しているところがある。
特に服を着ていると全然感覚が変わるということが分かっていない。
それで、トールハイムから少し離れた場所にある灌漑用のため池で、着衣のまま水に入る体験をしてもらうことにしたのだった。
ただ、ため池を目的外で使うとなると各方面から色々と物言いがつくのが通常である。
しかし今回は魔女の実の一掃作戦の直後であり、ブランドが頭を下げて1日だけとお願いして回れば関係者も承諾しないわけにはいかなかった。
準備万端整えた当日、ブランドと部下たちは広場に集まった子供たちを引率する。
町の門のところで孤児院の子供たちを連れたイライザたちと合流した。
孤児院にいる子供たちとそうでない子の間には見えない壁がある。
みんな仲良くというのは理想だが、現実には難しい。
親がいる子供でも、ローザのようにお人形を持っていないことで遊びの輪に入れないということはどうしてもある。
服装1つをとってみても、孤児院の子供は古びて継ぎの当たったものでどうしても差は生じた。
人はどうしても他人と比較してしまう。
自分よりも境遇が悪い人間を見て心の平安を保つということを根絶することは難しかった。
そのことはよく理解しているので普段はブランドも両者を無理に一緒に遊ぶように促したりはしない。
ただ、今回は命を守るためのものである。
そういう面で分け隔てをするつもりはなく一緒に実施するとしていた。
それに今回は着衣水泳という行事の性格上、参加する場合には水に濡れて汚れてもいい服装を着用することという指定である。
誰も彼もみなボロを着ていた。
こうなると普段に比べると差はほとんどないも同然である。
お調子者のトマスなどはすり切れて空いた穴に手を入れて出して見せた。
「ブランド隊長。見てよ。こんなに大きいんだぜ」
「ああ、凄いな。だけど、今日の水泳が終わるまでは破くなよ」
ブランドもこんな感じで応じるものだから、子供たちは口々にボロさ自慢を始める。
いちいち感心してみせるものだから子供たちは大喜びだった。
こうなるといつもとは価値が逆転する。
比較的裕福な子供は親の世間体からかそれほど状態が悪くない服を着ていた。
そんな子供にもブランドは声をかけるのを忘れない。
「小さいけど立派な虫食いだな。その裾のかぎ裂きも直しようが無いなあ」
わー、きゃーと騒ぎながら一堂はため池へと向かう。
途中で近隣の村からの子供たちも合流した。
村に住んでいる子は町場の子よりもずっと水の怖さを知っている。
今日の行事に参加する必要性は低かったが、憧れの衛士が相手をしてくれるとなれば行きたいという子供は多かった。
賑やかに進んでいくと溜め池に到着する。
動物やモンスター除けの柵に巻きつけてあった鎖についている鍵を外すとブランドは中へと子供たちを誘導した。
子供たちを岸に集めるとブランドは片手を上げる。
「さあ、今日は溺れないようにする大切な訓練だ。まず、最初に、この溜め池は農作物を作るための大切なものだ。遊び場所じゃないからな。今日は特別だ。これからは絶対に入らないこと。いいね?」
ブランドは子供たちを見回した。
「おじさんの言ったことが分かった子は手を上げて」
子供たちは元気に手を空に向けて伸ばす。
「ちょっと大きなお兄さんやお姉さんが、大丈夫とか、これぐらい平気とか言っても言うことを聞かないこと。そういう悪い子はおじさんに教えてくれれば捕まえます」
自分より小さな子に度胸試しを強いるアホは残念ながら存在した。
そういう囁きから始まる悲劇を知っているので、まずはそこを注意する。
「では、いよいよ、服を着たまま水の中に入るとどれぐらい動き辛いかやってみてもらうぞ」
ブランドは剣を取って外すとノートンに預けた。
帯を外すと貫頭衣も脱ぐ。
大腿の途中までしかないピタリとした短いズボン姿になった。
手足を動かすとスルリと水の中に入る。
水深はブランドの脇の下まであり、逞しい胸を濡らした。
第1隊の半数が同様に溜め池に体を沈め2列になる。
続いてイライザ他の女性団員も水に入りもう1つ列を形成した。
女性団員はもちろん胸にも布を巻いている。
ブランドが声を張り上げた。
「いいか、おじさんが入れと言ったら、男の子は2人、女の子は1人が水の中に入るんだ。足がつかないはずだが水に入ったらその場で浮くようにしてみてほしい。うまく浮いたら反対側まで泳いでみよう。向こうは浅くなっているので足がつくからな。溺れそうになってもちゃんと衛士が捕まえるから心配しなくていい。よーし、では、1番目の3人が入るんだ」
男の子のうちの1人はもちろんトマスである。
ドボンと派手に水しぶきをあげて飛び込んだ。
最初は平気そうだったが、途中で力尽き団員に抱え上げられる。
荒い息を吐きながら、トマスは悔しそうに叫んだ。
「くそー、いつもならもっと泳げるのに。なんだか体が重いよ」
順番に子供たちは水の中に入る。
そして、ほとんどの子供が途中で力尽きた。
全員を岸に上がらせてるとポタポタと水を滴らせている子供たちを前にブランドは説明する。
「服を着ているだけで泳ぎにくかっただろう? それで、もし、水の中に落ちた子がいたときは絶対に中に入って助けようとしたらだめだ。溺れそうになっていると凄い力でしがみついてくるからな。そういうときは、何か浮くものを投げて入れてやる。口を縛った革袋がいいが、なければ木の板でもいい。そして、大人を呼びに行くんだぞ」
ブランドが合図をするとノートンが木の板を3枚投げ込んだ。
今度は水に入ってから木の板に捕まって静かにする練習をする。
「捕まって仰向けになっていれば沈まないから、助けが来るのを待つんだ」
それが終わると柵の外に出て、溜め池に引き込む水路に仕掛けておいた生簀から魚を取ってくると皆で焼いて食べた。
子供たちは水の怖さを体験できたし、憧れの衛士とご飯を食べることができて大満足である。
ブランドもとりあえず子供たちに話をすることができて少しだけ安心した。
多少は孤児院の子と親のいる子で交流できたことも成果といえる。
そして、今まで見ることのできなかったブランドのほぼ裸身を目に焼き付けることができてイライザもしばし憂さを忘れることができたのだった。




