第31話 釣書と返事
衛士団と騎士団合同によるトールハイム周辺のパトロールはいくつかの成果をあげる。
イライザが遭遇したリッチーほどの強敵ではないものの数体のモンスターを倒し、魔女の実の木を伐採した。
その成果は喧伝され住民の間に安堵の声が広がる。
実際のところはそんなに環境が大きく変わったわけではない。
しかし、体感治安は全然別の問題なのであった。
トールハイムやその周辺の住民は喜び、騎士団の評判も上がる。
今までほぼ没交渉だった騎士団と衛士団だったが、一部の団員同士の交流も生まれた。
数人の怪我人は出たが重傷者はおらず、概ね大成功で終わったと言える。
全体的に見れば好意的な評価だったが、ごく僅かに良いことばかりではなかった人が出た。
その筆頭はイライザである。
食事のお誘いであればその場でサラリと断れば済んだ。
もともと日頃の言動のお陰で歯に衣着せぬ性格と思われている。
恥じらいやためらいを示すことなくきっぱりはっきりと断っても、まあそうだろうなという反応が大半だった。
それに腹を立てようものならむしろ男の方が狭量だと馬鹿にされるのがオチである。
そんなわけで誘いを断ったイライザだったが、どちらかというと身持ちが固いということで親世代の評価が逆に高まることになった。
身も蓋もない言い方になるが、騎士や貴族からすると嫁となる女性に求めるのは、後継者となる優秀な子供を産むことである。
リッチーまで倒すほどの腕前のイライザの子であれば、俊英であることが期待できた。
身持ちが固いということになればよその男の子を孕む心配もない。
2人で食事をしているところを目撃されていたが相手はブランドであり、気軽に女遊びをする人間ではなかった。
隊長職同士の交流であって、尻軽な行為ではないとみなされる。
イライザに関して強いて難点をあげるとすると、孤児院育ちの平民というところが瑕瑾だった。
しかし、トールハイムの孤児院はしっかりした施設であったし、相手の家柄も重視するようなよほどの名家でもなければ、イライザの美点の方が大きく上回っている。
往々にして親が見初める相手は当人にとっては物足りなかったりするが、イライザの美貌は大抵の男性を魅了した。
こうして、大量の釣書が手元に送られてくることになる。
しかも、イライザにとって腹立たしいことに、釣書がベアトリスを通じて送られてきていた。
ブランドを巡るライバルと目している相手から他の男はどうかと勧められる形になるである。
イライザの主観としてはブランドは諦めて他の男で妥協しておけば、と煽られている気分だった。
ついに牙を剥いたわね、と内心気が気でない。
ブランドは今回の一掃作戦でも最も効率よく魔女の実を駆除している。
それでいて怪我人や魔女の実を燃やした煙を吸って具合を悪くした者を出していない。
ベアトリスがますます高く評価をしていてもおかしくはなかった。
事実、ベアトリスはブランドへの関心を強めている。
ただ、他の男が貴女にはお似合いよ、というのはイライザの被害妄想でしかなかった。
もちろん、イライザはここで喚き散らして女を下げるような真似はしない。
釣書を一瞥すると無言で受け取った。
「お返事は団長に差し上げればいいのでしょうか? それと、お返事をするまでにどれほどの期間を頂けるのでしょう?」
「私を通してもらえると助かるわ。いずれにしてもイエス・ノーは私に教えて。先方と話をしたときに知らないと私が恥をかいてしまうから。お返事までの期間はそうね、最長でも半月かしら。もし、他にも分からないことがあれば教えるわよ」
「いえ、お心づかいはありがたいですが、自分で何とかします」
うんざりした表情を出さないようにしてイライザは踵を合わせ、団長室から出ていった。
「はあ」
部屋を出た途端に溜息が出る。
釣書まで用意してきた相手に口頭での返事は礼を欠いた。
書状を返さなくてはならないが、正直なところ何をどう書いて良いものやらさっぱり分からない。
いくら優秀なイライザでも、騎士や貴族のことまでは知らなかった。
本来であれば仲介した団長に助言を求めるところであるが、ベアトリスに借りを作るのは気が進まない。
仕事であれば割り切るが、これはあくまで私事である。
意地を張ったせいでイライザは困ったことになってしまった。
どうせ断るのであるが、礼儀を知らないと言われるのは避けたい気持ちはある。
回り回ってブランドの耳に悪い風聞が入るのは嫌なのだった。
ブランドに相談すれば、伝手を辿って答えを教えてくれるだろうというのは想像がつく。
しかし、内容が内容だけにブランドに話をするのはためらわれた。
翌日になってもいい知恵が浮かばずむっつりとしているとフンボルトと出会う。
「あ、フンボルト隊長。良いところに。ちょっと相談したいことがあるのだけど良いかしら?」
「もちろん。イライザの頼みであれば喜んで」
イライザは面談室にフンボルトを誘った。
「個人的な話で申し訳無いのだけど、釣書をもらったときの返事の仕方って何か気をつけなければならないことある?」
フンボルトは笑顔を見せ、キラッと白い歯を見せる。
「なるほど、そういうことか。まあ、あの活躍なら申込みが殺到しそうだ。そうだね、一般的なことであれば、ある程度は分かるつもりだよ。それにイライザは運がいい。ちょうど姉が感謝祭の観光を兼ねてトールハイムを訪ねてきているんだ。姉にも相談して注意すべき点を書き付けにして渡そう」
「それは助かるわ。ありがとう。この埋め合わせは今度する」
「いや、お役に立てて光栄だよ」
「本当にフンボルトがいて助かったわ」
イライザは丁寧に礼を言った。
フンボルトはここで踏み込んだことを聞いたりはしない。
こんなふうにフランクに話せる立場になるのにも苦労していた。
余計なことを言って台なしにするわけにはいかない。
「騎士や貴族というのも大変ね。こんな大仰なことになるんだもの。私のこともよく知らないだろうに、位持ちの奥さんが務まると思っているのかしら?」
「私は多少はイライザのことを知っているつもりだけどね、男爵夫人なら十分務まると思うよ」
「あら、フンボルトに言われると自信が出るわ。まあ、でも、私は窮屈なのは御免被りたいわね」
「それじゃお断りするケースだけでいいのかな?」
「もちろん」
イライザは当然でしょという顔をした。




