第29話 デートの噂
どういう意図でブランドがアマンダの店に誘ったのか。
頬が緩まないように気を付けながらイライザは考える。
99パーセントの確率で単にご馳走してもらったお返しという儀礼的なものに過ぎないだろう。
とはいえ、また2人きりのデートの約束ができたことは嘉すべきことだった。
官舎までの道を幸せな気分で歩いたイライザは家の前で、料理代の支払いを頑なに拒むという自らの選択が誤りだったかもしれないと少し後悔する。
もしブランドに支払いをしてもらっていれば、それを口実にお礼にお茶でもどうかと自然な形で家の中に誘えたかもしれなかった。
そのあとにどうすればいいのかのアイデアはイライザにもないが、まずは家の中に呼び込むという手順は必ず必要である。
最後はやや強引に迫るという手もなくはなかった。
その一方で攻守を変えるとブランドは食事を奢ってもらったからといってその逆の提案をするような男ではない。
家の前で大人しく別れの挨拶をするほかなかった。
トータルで見れば充実したデートだったと思うが、葡萄酒のせいか火のついた欲望が収まらない。
ベッドに身を投げだしたイライザはブランドの代わりに大きな枕を抱きしめるのだった。
翌々日の勤務日の朝、イライザは衛士団の詰所の更衣室の扉を開ける。
その日は第6隊と勤務シフトが重なっていた。
イライザが更衣室に入っていくと因縁のあるサリーがチラリと戸口の方を見てから声を大きくする。
「ブランド隊長って脱ぐと凄かったよね」
「ああ、うん」
同僚は気のない反応をするがサリーはそのまま話を続けた。
「下着がピタリと張りついたせいで大きさがバッチリ分かったじゃない? 立派だったわよね。大腿筋も凄かったしきっと……」
意図は明らかである。
イライザは無視しようかと思ったが、一応注意することにした。
「サリー。ここは衛士団の更衣室だし、まだ陽も高い。話題を選ばないと衛士団の品位に関わるわよ」
あくまで隊長職として職場の綱紀粛正という観点から軽く注意する。
「えー、それこそ、ここは女性しかいない更衣室なんだし、これ位いいじゃないですかあ」
全く反省の色の見えない返事をするが、これ以上はイライザは取り合わない。
さっさと着替えると更衣室を出ていった。
嫌がらせが空回りをした形となったサリーは居なくなったイライザの幻影に向かって思い切り舌を突き出す。
「お高くとまっちゃって、本当は自分も興味津々のくせに」
それは事実その通りなのだが、世間はそうは見ていない。
優秀なイライザと常に比較されて内心その存在を少し鬱陶しく思っている第6隊の女性団員も相槌は打つものの熱心さを欠いていた。
そこに別の女性団員が入ってきて最新のホットニュースを披露する。
「ねえ、聞いた? 一昨日の夜にブランド隊長がイライザ隊長とデートしていたって」
「ええっ、嘘でしょ? ルイジの店で飲んでいるときに並んで座っているのを勘違いしただけじゃない? あの人っていつもブランド隊長の横の席を確保してるし。あれって職権乱用だと思うんだけど」
「そうじゃなくて、ちょっとお洒落なお店で2人きりだったって。テーブル越しに手を重ねていたらしいわよ。イライザ隊長、ついに勝負に出たのかな?」
この話題の提供者である話し手はブランドに対して恋愛感情はなく純粋にゴシップとして楽しんでいた。
イライザを勝手に敵認定してブランドに懸想しているサリーは奥歯をぎりっと噛みしめる。
食事だけならまだ他の解釈の余地があった。
ただ、手を重ねていたとなると親密度がぐっと跳ね上がる。
「まあ、うかうかしていると団長に横からかっさわれちゃうかもしれないもんね。2人きりで食事をしたんだったら、その後、どっちかの家に行ったのかなあ? そこの目撃情報はないんだよね」
「もう、そこまで言ったら下品でしょ。やめてください」
先ほどの自分の発言を棚に上げてサリーが抗議をした。
それに対する周囲の反応はあまり温かくない。
もともとサリーは男受けのする容姿を前面に出しすぎていて同性からは良く思われていなかった。
イライザに対して含むところがある人間であっても、サリーに比べればマシという評となるくらいである。
隊長職を得るためのイライザの努力は認められていたし、結果としてブランドと一緒になっても隊長同士なら見劣りしないとも思われていた。
そんなわけでベアトリスと異なりサリーはブランド争奪戦の賭け率をつけてもらう栄誉を与えられていない。
ちなみにサリーが嫉妬したブランドとイライザが手を重ねた件の真相は、単に擦り傷を気遣ったというだけである。
その点は誤解であったのだが、ブランドとイライザが親し気にデートをしていたということで噂が広がった。
ベアトリスに賭けていた団員たちは判断を誤ったかと慌てる。
しかし、すぐに別の噂が流れて胸をなで下ろすことになった。
騎士団でのトールハイム郊外の魔女の実一掃作戦の打ち合わせの帰りに、ベアトリスが随行したブランドを昼食に誘ったのである。
ベアトリスにしてみれば腹心と食事を共にするという父の人心掌握術に倣っただけであった。
もっとも副団長のホーソンを差し置いてブランドを誘ったところには多少なりともベアトリスの評価が反映しているのかもしれない。
少なくとも着任当初のブランドへの忌避感は霧散していた。
トールハイムで一、二を争う格式のある店で2人は昼食を共にする。
あまり、ブランドはこういう場所に慣れていないかもと店に入ってからベアトリスはそのことを案じた。
しかし、存外ブランドの所作はマナーに適っている。
これぞ年の功というものだった。
食事中も自分から積極的に話をするということこそないが聞き上手で、ベアトリスは年上の部下との会話をそれなりに楽しむ。
ブランドが聞き上手なのは景気よくポンポンと言葉が出てくる同僚女性に鍛えられたせいであった。
上司ということに対しては多少の遠慮を見せつつも、コロンナという家名を色眼鏡で見ることのない男性にベアトリスは少なからず心が揺れる。
名家の娘であるベアトリスには恋愛の自由はない。
家のために父の選んだ男のもとに嫁いでいくことが運命づけられている。
そのため、コロンナ侯爵もベアトリスに変な男が近づかないように目を光らせてきた。
さすがに平民しかいない衛士団なら娘が心動かされるような男はおらず大丈夫だろうという判断で衛士団長として娘を送り出した面もある。
その思惑が外れベアトリスはブランドに興味を引かれ出していた。




