第28話 揺れる気持ち
「お嬢様育ちで融通が利かないかと少しは不安に思っていた意外と世故に長けている。あまり、俺たちの服のことについては気にすることはなかったかもしれないな」
話題が団長のことに移りそうになったのでイライザは話を元に戻そうと試みる。
「ブランド。緊急時なんだから仕方ないけど路上でほぼ裸というのはさすがにどうかと思うわ」
ブランドは頭を掻いた。
「そうだな。それは反省している。今後露出男が出たときに厳しく対処しづらくなるからな」
話題が団長のことから別のことに変わったことはいいのだが、イライザは以前露出狂の男を捕まえたときのことを思いだしてげんなりする。
その余所者の間抜けな変態は、ブランドのことを考えて少し夢見心地で歩いていたイライザを格好の獲物と勘違いし、己の一部を陳列するに及んで手厳しく制裁を受けていた。
局所をブーツで踏みつけた感触が蘇る。
なんてものを思い出させてくれるのよ。
イライザは首を振って嫌な記憶を追い払った。
「それで、団長と一緒に誰が居たの?」
「第6隊が一緒に駆けつけてきたな」
「全員揃っていた?」
「ああ」
その返事にイライザの中で燻るものが大きくなる。
着任したばかりの団長も図々しいサリーも見ているのに、なんで私だけ見られなかったのよ!
こんな不公平が許されていいのだろうか? いや、良くない。
反語文と共に悔しさを噛みしめた。
がぶりと葡萄酒を飲み干す。
そこに3皿目が運ばれてきた。
挽肉と香味野菜を詰めて小麦の皮で包んだものをとろりとしたチーズで煮込んである。
皮には数種類の色の濃い野菜が練り込んであるのか、色彩に富んでいた。
ドラマタにはチーズソースなしで皮に着色してないものが提供される。
先ほどはもらえなかったドラマタは嬉しそうに小さく鳴いた。
イライザは空のグラスを掲げる。
「お替わりを頂戴。濃いめでお願い」
目線でブランドに確認した。
「俺はまだいい」
「畏まりました。それで、4皿目は召し上がりますか?」
「頂くわ」
少し心がささくれだっていたイライザだったが、3皿目を口にしたブランドが笑顔を見せると落ち着きを取り戻す。
過去は変えられないのだから、今はこの2人きりの時間を楽しむべきだった。
せっかくのデートである。
ブランドの認識はどうであれ、傍目にはデートのはずだ。
先ほど店に入っていったカップルもブランドのことを認識して声をかけそうになったが途中で思い直したのか目礼に留めている。
たぶん、今までにブランドとデートしたことがある人はいないはずだ。
そんなことがあれば大事件である。
噂にならないわけがない。
それにブランドはなかなかに多忙だったし、大抵は誰かと一緒にいる。
路上で呼び止めて誘うというような大胆なことをしない限り声をかける機会はほとんどなかった。
従って、イライザが初めてだと思っていいはずである。
「ルイジの店もいいが、ここの料理はどれも美味いな」
ブランドの褒め言葉に大いに面目を施すことになったイライザの気持ちはさらに上向いた。
「ブランドに気に入ってもらえて嬉しいわ」
ニコリと笑みを浮かべる。
それを見ていた隣の若い男性が食器を取り落としてガシャンと音をさせた。
冷ややかな顔をしているか、険しい表情で叱咤している姿しか目撃されていないイライザである。
こんな笑みを浮かべることができることを知って驚いたのだった。
誰の笑顔でも素敵なものであるが、元が美人なイライザが微笑む姿を隣席の男性はまじまじと見てしまう。
連れの女性がむっとして男性の手をつねった。
背を向けているブランドはその諍いには気付いていない。
イライザはその様子を視界に収めつつ、ほうっと酒気を含んだ息を吐いた。
外野じゃなくてブランドに効いて欲しいのだけどな。
そんなことを思っているイライザにブランドが意外そうな顔をする。
「珍しいな。もう酔ったのか?」
「そういうわけじゃないわ。いつもとちょっと周囲の雰囲気が違うからそのせいじゃないかしら」
空いた皿を下げていた店員が戻ってきて、肉料理をテーブルに置いた。
あばら骨付きの羊肉をカリッと焼き上げたものが3切れに根菜を茹でて練ったペースト状のものが添えてある。
ソースと香辛料の香りが食欲をそそった。
男性店員は水の入ったボウルと布巾も置く。
「豪快に手づかみで食べちゃってください。汚れた指先はこちらで」
ドラマタは骨から外した羊肉のミンチをもらった。
ブランドはテーブルの下を覗きこむ。
「ドラマタ。美味いか?」
にゃあ。
満足げな返事をした。
ブランドは体を起こすと自分も羊の肉をつまみ上げてかぶりつく。
「うん。これも他所で食べるのとは違うな。脂の多い肉は大量には食べられないときがあるが、これなら全然問題ない」
「そうね。仕入れたものの品質がいいのか、料理人の腕がいいのか。その両方なんでしょうね」
「これだけ人気があるのも頷ける。うちの隊の奴らも連れてきてやりたいが、ちょっと場違いかな」
「そうね。男性がグループで来るような雰囲気じゃないわね」
この後、デザートまでしっかり食べた後に会計という段になって少し揉めた。
金額を告げてからデザートの空き皿を男性店員が回収して店内に消えるとブランドがごそごそと金を取り出そうとする。
それをイライザが止めた。
「ブランド。何やっているのよ。今日は私が払うわ」
「いや、そういうわけにはいかないだろう」
「いい? 今日はブランドが活躍したことへの慰労というかお祝いなわけ。本人が支払いをしたら変でしょう?」
「そうは言うけどな。イライザに払ってもらうというのも違うと思うんだ」
「なんでよ? 私が誘ったのよ。一応私もここの支払いを無理なくできるぐらいの稼ぎはあるんだからね」
ちょうど男性店員が隣のテーブルへ料理を運んできたタイミングでイライザは支払いを済ませる。
「お釣りはいいわ。取っておいて」
店員が扉を開けて中に入っていくとイライザは席を立った。
「ほら、ブランド。帰るわよ。ドラマタも眠そうにしてる」
膝の上で寛いでいるドラマタを抱え上げるとブランドも腰を上げる。
扉が開いてアマンダが顔を見せた。
「イライザさん。今日は来ていただいてありがとうございます。良かったらまた来てくださいね」
「とても美味しかったわ」
別れの挨拶をしてイライザとブランドは階段を下りる。
「なんだか申し訳ないな。半分だけでも……」
ブランドはなおも言い募るが、イライザは相手にしなかった。
「支払っちゃたし、この話はもうおしまい」
「なあ、イライザ。それじゃあ、今度またあの店に行こう。そのときは俺が支払うから」
「そんなに気に入ってくれた? アマンダも喜ぶわ」
次のお誘いがあったことにイライザは胸を弾ませていた。




