第27話 アマンダのレストラン
2人が見上げているのは小綺麗な造りで若いカップルや夫婦が記念日に利用したくなるようなレストランである。
店内にはドラマタを連れて入れないが、通りに面したテラス席なら動物連れでも問題ない。
テラス席といっても目の前は裏通りなので特に眺望がいいわけではないが、この際、ブランドと2人きりで食事できるということが大事である。
階段を上るとテラス席に客の姿はない。
店の扉を開けてイライザは首を中に突っ込んだ。
中のテーブルは5つのテーブルのうちの3つが埋まっている。
若い男女2人連れと女性のグループだった。
「こんばんは。テラス席空いてる?」
「ああ、イライザさん。こんばんは。大丈夫ですよ」
男性店員が笑顔で応じる。
厨房から髪の毛を頭巾で覆った女性が出てきて同じく笑顔で挨拶した。
「よく来てくださいました」
「それじゃ、表の席使わせてもらうね」
イライザは扉を閉めてテラス席の1つに座る。
横の席をブランドに示した。
「さあ、座って」
腰を降ろすがブランドは落ちつかなそうにしている。
「店があるのは知っていたが、上まできたのは初めてだな。イライザはここにはよく来るのか?」
「ううん。私も誰かと来るのは初めて」
ブランドに限ってはこの質問が他の男と来たことがあるのかという探りであるとは考えにくい。
それでも誤解の種は摘んでおくべきである。
そこに男性店員が扉を開けて出てきた。
「どうも、いらっしゃいませ。お飲み物はどうしますか?」
手渡された飲み物のメニューからイライザが水割りしたワインを2つ頼む。
「1つは薄めにね。それと手間をかけて申し訳ないのだけど、子猫にも何か出してもらえる?」
男性店員はニコリと笑うと店内に入っていった。
すぐに並々とワインの入ったグラス2個とミルクの入ったボウルを持ってくる。
「こちらが薄めのものになります」
イライザはブランドを指し示した。
男性店員はそのグラスをブランドの前に置き、残りのグラスをイライザに提供する。
それから屈むとボウルを床に置いた。
するりとドラマタがブランドから滑り降りる。
にゃ?
ブランドが頷くと子猫はボウルに顔を突っ込んだ。
「いま、料理は用意してますから」
店員が去るとイライザはグラスを持ち上げる。
「今日もお疲れ様」
乾杯を終えるとブランドは心持ち体をテーブルに寄せた。
「こんな店を知っているとはさすがイライザだな。俺が入ってみるには少々ハードルが高い」
「そう? 実を言うとこのお店のシェフのアマンダが酔っ払いに絡まれたのを助けたことがあるの。それをきっかけに知ったってわけ。女性に人気のお店なのよ」
「そうか。それで料理は頼まなくていいのか?」
「メニューはなくて、その日のお任せなの。もちろん、食べられないものは抜いてくれるけどね」
「そうか。何が出てくるか楽しみだ」
そこに扉が開いて料理が運ばれてくる。
焼いてほぐした魚の身を散らしたサラダだった。
卵とオリーブ油、酢を合わせたドレッシングがかかっている。
色とりどりの野菜が使ってあり宝石箱のような料理は目にも楽しい。
ドラマタには同じ魚と思われるもののほぐし身が置かれた。
イライザはぱっと顔を明るくする。
「ね、美味しそうでしょ。アマンダさんの料理はこんな感じで見た目も綺麗なの」
「なるほど。確かにカラフルだな」
微妙に感想に温度差があった。
ブランドの反応が今ひとつなのは個人的に感度が低いというわけではない。
普段、体を酷使する衛士団の男どもは、とりあえず量というのが一般的だった。
イライザの弾んだ声に反応を合わせる努力をしただけでもブランドとしては上出来である。
新たな客がやってきて店の中に入っていった。
料理を食べつつイライザは今日の活躍の詳細を話すようにねだる。
ブランドは子供たちを救出したときのことを話して聞かせた。
その話の間にも客が来て満席になる。
アマンダの店の繁盛ぶりがうかがえた。
男性店員がやってきて満席を示すランプに火を灯す。
席が確保できて良かったと思っていたイライザはブランドの話の途中で驚きの声をあげた。
「え、下着1枚になったの?」
「まあ、服を着たままでは泳ぎにくいからな。濁流に飲まれてはそれどころじゃないだろうが、救助中は少しでも生存確率をあげるべきだろう」
「それはそうかもね」
そこに2皿目が運ばれてくる。
くし型に薄切りした桃と塩気の強いハムのスライスを交互に重ねたものだった。
バジルの葉を千切ったものが散らしてある。
桃の淡い甘さとハムのしょっぱさが調和し、バジルの香りが涼しさをもたらしていた。
「お菓子なら普通だが果物を料理に使うのか。これはこれで美味いな」
「でしょう?」
話を合わせながら、イライザは自分もブランドの勇姿を見たかったなと思っている。
正確には下着姿を見逃したことを残念に思っていた。
最近は上半身肌脱ぎになっている姿を見る機会も減っている。
人肌が恋しい夜に想像をたくましくするネタに不足気味であった。
ブランドは城壁の下のトンネルの話もして聞かせる。
イライザの持つフォークの先から桃が滑り落ちた。
「なんてことするのよ。それは勇敢ではなくて蛮勇よ。自分の身の安全も少しは顧みなさい」
イライザ顔からは血の気が引いている。
「そんなに血相を変えることはないだろう? しかし、イライザも団長と同じことを言うんだな」
「なんで、ここで団長の名前が出てくるのよ?」
「団長も現場に臨場していたからな。後で団長室で注意されたよ」
「それは当然でしょ」
「2人に同じことを言われるとは、真剣に反省しなくてはならないな」
ブランドは少し肩を落とした。
「しっかり反省しなさい」
そう言うとイライザは声を潜める。
「それで……団長にはどこまで見られたの?」
「ああ、トンネルから出てきた後だな。上流に戻る前に服を着た方がいいとノートンに言われて……」
「まさか、服を脱いだ状態を団長に見られたの?」
「そりゃ肌を見せないようにとは言っていたが、この場合は仕方ないだろう」
イライザは、私は見ていないのに、という悲鳴を飲み込んだ。
「そうだけど、団長はショックを受けたんじゃないの?」
「それはどうだろうな。団長室で注意を受けたときはいつもと変わらない様子だったが」
「そう」
平静さを装いながらも、イライザは激しく動揺している。
好きな男のほぼ裸をライバルに先に見られてしまったことは痛恨の極みだった。




