第26話 チャンス
最終的に詰め所に戻って着替えると、ブランドは団長室に呼び出される。
子供2人を救助したことは褒められたが、城壁に開いたトンネルに入ったことは咎められた。
「職務熱心なことはいいことだが、のめり込み過ぎだ。もし殉職したらどうするのだ?」
「衛士団に属する以上はそういうこともあるかと思いますが。賊と斬り合うこともあります」
「そうだな。だが、増水した川の流れに入っていくのはやりすぎだ。排水路の確認なら外側から行うことだってできるだろう」
「気が急くあまり少し横着したかもしれません」
「私が団長でいる間は殉職者を出すつもりはない。今後はもう少し慎重にするようにな」
ベアトリスは聞きようによっては保身を図っているように聞こえるセリフを口にする。
ただ、その目には部下を気遣う真情がこめられていた。
「団長の心をお騒がせしました。申し訳ありません。今後はもう少し冷静に対処したいと思います」
「そうしてくれ。苦労したのに小言を言ってしまってすまないな」
「いえ、お気持ちは分かりました」
「ところで、1つ聞いていいかな?」
「何でしょうか?」
「救助活動中ほとんど服を着ていなかったようだが……」
ベアトリスは困惑の表情を浮かべている。
「水の中に落ちたときに着衣のままだと思うように泳げないのです。今回は空中からぶら下がって引き上げましたが万が一に備えて服を脱いでおきました」
「そうか。そういう備えであったのだな」
ベアトリスの目の前に先ほどの衝撃的な光景がちらついた。
侯爵家のお嬢様なので、周囲の者も気を遣った中で育ってきている。
もろ肌脱ぎになった男性の姿を目にすることも稀であった。
それが下着1枚だけ、しかも雨に濡れてぴったりと張り付いている状態のブランドの体をばっちり見てしまっている。
全身に力をこめてパンプアップした状態の筋肉が盛り上がり、なかなかに男らしい姿であった。
「あられもない姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「いや、事情を聞けば納得できる。最初驚いたのは確かだがな」
ベアトリスは笑顔を見せる。
ブランドがますます恐縮した態度になるのを見て手を横に振った。
「いや、子供2人の命を助けたのだ。その功績に比べれば些細なことだ。よくやった」
「ありがとうございます」
ブランドは団長室から出てたまり場に向かう。
ドラマタがすっ飛んでやってきてブランドに飛び乗った。
その向こうではイライザが立ちあがっている。
「ブランド。トマスたちを助けたんですって?」
「ああ」
「無事で良かったわ」
イライザは上流側の捜索に従事して戻ってきたところで、まだズボンの裾などが濡れたままだった。
「聞いたと思うけど、こっちは特に異常はなし。私が巡回中にトマスたちに気が付けばもっと早く対処できたはずなんだけど」
「私が出会ったのは偶然さ。巡回の順序が逆だったらイライザが気が付いただろう」
「でも、第1隊のように動けたかは分からないわ。最初からロープを持って出ていたでしょ?」
「まあ、そういうこともあるかなとは思っていた」
イライザはため息をつく。
「あなたとはまだまだ差があるわね」
「いや、隊員が優秀で人数も多いだけだ」
話をしているとドラマタが小さい手でブランドの頬をぺちぺちとした。
イライザが謝る。
「ブランドから預かったのに私も出動しちゃったでしょ。ご機嫌斜めみたい」
「そりゃ仕方ない」
ブランドは顔とドラマタの手の間に指を入れた。
「ドラマタ。勘弁してくれ。仕事だったんだからさ。イライザを困らせたら駄目だぞ」
ドラマタは早速指にまとわりついて遊び始める。
いい気なものだった。
ブランドは周囲を見渡す。
「そういえば、ノートンたちは?」
「公衆浴場に行くって言ってたわ」
「そうか」
「ブランドはどうするの? 行くなら私がドラマタの面倒をみているけど」
「いや、それならイライザが先に浴場に行ったほうがいい」
「それじゃ、こうしましょ。一緒に公衆浴場まで出かけて交互に入ればいいじゃない。ここまで戻ってくるの面倒でしょ? さあ、行くわよ」
「ああ、ではそうしようか」
雨に2回も濡れた甲斐があったというものだわ。
ブランドの返事にイライザは心の中で歓声をあげる。
いつも部下がくっついてくるのでブランド1人を誘うことは難しい。
ノートンたちが早く一風呂浴びたそうにしていたので先に入りに行くように強く勧めたのだった。
イライザは着替えたブランドを先導して歩く。
気分としてはカップルだった。
いつもなら公衆浴場では温浴と冷水浴を繰り返したり、マッサージを受けたりしてのんびり過ごす。
しかし、先を譲ってもらったイライザは手早く体を洗うに止めた。
温泉の効果で肌がすべすべになり、これなら何があってもよしと見極めるとブランドのところに戻る。
「随分と早かったな」
驚くブランドとドラマタの世話を交代した。
湯を沸かす火の廃熱を利用して吹き出す温風で髪の毛を乾かしながらドラマタの相手をしてやる。
しばらくすると出てきたブランドにドラマタが早速飛びついた。
「イライザを困らせなかったか?」
ニャーン。
「いい子にしてたわよ」
ちょっと爪を立てられたけど。
イライザは笑みを見せる。
それから心のなかで何度も練習した台詞を口から押し出した。
「せっかくだから食事も一緒にどう?」
仕事で濡れた体を温めに風呂に入りに行くというところまでは、体が資本である衛士にとってはまあ日常の延長である。
2人きりでの食事に誘うというのは特別な意味を持った。
少なくともイライザや世間一般ではそうである。
「ああ、そうしよう」
あっさり過ぎるほど簡単に承諾するブランドがそれを理解しているかは外見からは全く分からなかった。
「それじゃ行きましょ」
イライザは先に歩き始める。
理想を言えばここはブランドに率先して店選びをしてほしいところであった。
しかし、ブランドにそういう方面でのスマートさを求めるのは無益だということをイライザはよく分かっている。
そういう面では気遣いをできないからこそ、ブランドが独り身のままなのだった。
「ルイジの店か?」
ブランドが聞いてくる。
「今日は別の店にしましょ」
ルイジの店は安くて美味い。
ただ、いつもガヤガヤとしていて、その雰囲気はおよそデート向きとはいえなかった。
それにノートンたちが後からやってくる可能性が高そうである。
イライザはちょっと離れた裏通りにある店へとブランドを連れていった。




