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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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105/106

第105話 挨拶回り

 ベアトリスの離任式が終わるとブランドは腰に手を当てたイライザに医者のところに戻るように厳命される。

「はい。怪我人は医者の指示にちゃんと従ってください。ここで無理をして治療が長引く方が迷惑ですからね」

 半ば強制的に詰所の外に連れ出すと辻馬車を呼び止めた。

 料金を前払いすると御者に命ずる。


「ゆっくり静かにお医者さんに連れていって。途中でブランドが何を言っても耳をかたむけたら駄目よ」

「はい」

 素直に返事をする御者は本当にそうなったら俺は衛士団長と衛士隊長のどちらに従ったらいいんだよ、と思ったが口には出さなかった。

 馬車が去っていく間、ドラマタがブランドの方に行こうと身をよじるのをイライザはしっかりと捕まえている。


 素直に戻ってきた患者に医者は驚きの目を向けた。

「こう言ったらあれだが、ブランド隊長、いやブランド団長なら、言いつけを破って仕事を始めるかと思っておったよ」

「私が頑張らなければと思っていましたが、若手が立派に育っているのを見てはね。治療に専念すべしというのも道理ではありますし。ですので、先生。なるべく早く復帰できるようにお願いします」

「ならば大人しく寝ていることじゃ。面会謝絶としておいてやろうかの」

 その後、イライザが新団長に命令している姿を目撃した衛士が伝えた話を聞いて医者は微苦笑する。


 翌日、シャーリーを伴って現れたオーギュストはブランドとの面会を求めた。

「昨日無理をして病床を離れたのが良くなかったようでしてな。面会謝絶です」

「短い間なら構わないだろう?」

「いえ、申し訳ありませんが」

「新任の衛士団長と早速打ち合わせすることがある。公務なのだ」

「それでしたら」

 医者は1枚の紙を取り出して見せる。


 そこには団長不在時の職務代行者はイライザであり全権を有している旨のことが記載されていた。

「ワシもよく分からんが、話があればまずはイライザ団長代行が聞くとのことですじゃ。ということなので、先に話をつけてきてくださらんか」

 これはイライザの言い分に理がある。

 オーギュストも引き下がらざるをえなかった。

 実際のところは特に急ぎの用があるわけではない。


 それでもオーギュストはイライザと交渉しようと衛士団の詰所まで出かけていこうとする。

 それをシャーリーが止めた。

「大叔父さま、やめておきましょう。イライザさんの職分を冒すことになります。せっかくの騎士団と衛士団の友好関係にヒビが入りますわ」

「だからこそ……」

「立場が逆でしたら不愉快でしょう? それに……、もう勝負はついているのかもしれません」


「何を言うんだ?」

「ブランド隊長、真面目で責任感が強い方ですよね。そのブランド隊長が治療に専念されているのは留守を任せる方を信用されているからでしょう」

「それは仕事上のことだろう?」

 シャーリーは儚げに笑う。

「ブランド隊長は恋愛面では不器用な方だと思います。信頼と愛の区別がつかないんじゃないかしら」


「いや、しかし、イライザ隊長は入院中も仕事を優先していたんだぞ」

「そうできるほどブランド隊長を信じているからですわ。十数年かけて培ってきた信頼ですもの、後から割り込むには壁が高すぎました」

「じゃあ、どうして今まで。それにどうして今なんだ?」

「とっても不器用なお二人ですから、これだけ時間がかかったんでしょう。応援していただいたのにごめんなさい」

「いや、それは構わないが」

「大叔父さまの心配についても大丈夫です。ブランド隊長ですもの、これからも騎士団の顔は立ててくださいますわ」

 シャーリーの透き通った笑顔を目にするとオーギュストもそれ以上は何も言えなくなった。


 数日後、医者のお墨付きを得たブランドは職務に復帰する。

 型通り関係各所への挨拶回りをした。

 その中には当然騎士団も含まれる。

 屯所の入口付近で出会ったギルクスは礼儀正しく挨拶をした。

 フンボルトとの交流が多少なりとも衛士への気持ちを軟化させている。

 それにブランドは命の恩人であり、今やオーギュストと同格だった。


 団長室で面談したオーギュストはブランドの後ろに控えるイライザを見て、複雑な気分になる。

 しかし、当のブランドが何も分かっていなそうなので何も言わなかった。

 ここでイライザを同行させないのもそれはそれでわざとらしすぎる。

 団長室を出たところでシャーリーがブランドに声をかけた。

「ブランド団長、就任おめでとうございます」

「シャーリーさん、ありがとう」

 ブランドは屈託がない。


「イライザ隊長も昇任おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 2人の視線が交錯するがごく短い間であった。

 その会話の間にも屯所のそこここから、イライザへ熱視線が向かう。

 まだ、妻にすることを諦めていない騎士たちのものだった。


 騎士団の屯所を出た後もブランドは挨拶回りを続ける。

 その途中で広場で走り回っていた子供たちが駆け寄ってきた。

 トマスがいつものように元気な声を響かせる。

「ブランドのおっちゃん。もう、いいのか?」

 その袖をミリーが引いた。

「あ、ブランド団長だった。この呼び方なんか慣れないんだよな」

 それを皮切りに子供たちが次々と話しかける。

「肩の飾り紐カッコイイ」

「お腹はもう痛くないの?」

「ねえ、傷跡は凄い?」

 衛士団長になると制服の肩のところの飾り紐が金色になった。

 もっとも片側はドラマタが鎮座しているので見ることは難しい。

 お腹の傷跡を見せようとするブランドを慌ててイライザが止める。


 関係各所の最後は孤児院になった。

 院長室で挨拶を交わすと院長はすぐに子供たちの待ち構えている部屋にブランドを連れていく。

 すぐにわらわらと子供たちが2人に寄ってきた。

 その中には広場にいたミリーの姿もある。

 どうやら急いで戻ってきたらしい。

 部屋の中は広場以上に賑やかになった。


 ここでは広場でのとき以上にイライザを取り囲む子供が多い。

「前の団長さんは結婚するんだよね。イライザ隊長は結婚しないの?」

 無邪気にぶち込んでくる質問は破壊力が抜群である。

「ブランド団長も独身なんでしょ? イライザお姉ちゃんと結婚すればいいのにね」

 それはあっちに言って……。

 少し離れたところで男児に飾り紐を触らせてやっているブランドを見る。

 イライザは言葉の暴力に何とか頑張って耐えていた。

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