第106話 ずっとずっと
「そうね。でも大人になると仕事もあるし、そう簡単に結婚できないのよ」
「そっか、団長さんになったばっかりだもんね」
「そ、そうよ」
しばらくするとミリーがイライザを部屋の隅に引っ張っていって耳に囁く。
「あのね。イライザさんに教えてもらったとおりに、トマス君に花冠あげて好きって言ったら喜んでもらえたの。イライザさん、ありがとう」
「それは良かったわね」
そう言いながらイライザは複雑な気分であった。
私もあの時、好きって言っておけば良かったのに。
ああ、過去に戻ってやり直したい。
その後もイライザの元を女の子たちが次々と訪れる。
「好きな男の子ができたんです」
「対面では恥ずかしいから手紙でもいいと思いますか?」
「キスってどうするんですか?」
これらの質問の回答をするのにげっそりとなった。
そして最後に魔女の実の事件で孤児院に入ることになったエーラがやってきたときはイライザは自然と身構えてしまう。
「私、やっぱり衛士になりたいです。でも、専門的な訓練はトールハイムでは受けられないんですよね?」
「そうね」
「イライザさん、お金はどうしたんですか?」
「借金したわ」
「私も借りられるでしょうか?」
イライザには魔法の素質があったから選ぶことができた道だった。
エーラが同じ選択が可能かは未知数であり、迂闊なことは言えない。
「どうかなあ。昔と今は違うこともあるからね。何かいい方法があるか考えてみるわ。ブランド団長にも相談してみるわね」
「よろしくお願いします」
適当な頃合をみてブランドとイライザは孤児たちに別れを告げる。
思ったよりも長く滞在していたようで夕暮れになっていた。
2人の影が長く伸びる。
詰め所に戻るともう日勤の時間は終わっていた。
「あー、イライザ。この後ちょっと時間があるかな?」
ブランドがいつにない話し方をする。
「もちろん、あるわよ。なに?」
「ここでは話しづらいな」
私服に着替えるとブランドは近くのカフェにイライザを連れていった。
この時間になると衛士たちは酒が飲めるルイジの店に行くのでカフェにその姿は見えない。
柱の陰になっている隅の席を確保するとブランドはイライザに飲み物を聞く。
カウンターに注文しにいき、代金を払った。
「もうすぐ閉店なんです」
「ああ。長居はしない」
出された香ばしく熱い飲み物を運ぶ。
ブランドは椅子に座ると飲み物に口をつけた。
長居はしないと宣言した以上は早く話をしなければならないが何から切り出していいものか見当がつかない。
ようやく覚悟を決めるとポケットから封筒を取り出す。
「これはイライザからだよな?」
宛名も差出人も書いていないごくありふれたものであった。
「そうよ」
返事をしながらイライザは心を落ち着かせるために飲み物を少し飲む。
「初めて会ったときから何年経ったかな。イライザも随分と大きくなった」
「もう十数年になるわね」
「まだ小さいときに同じ花で作った冠をもらった」
ブランドは封筒の口を開き中から萎れた小さい花をテーブルの上に出した。
「これから言うことが不快なら遠慮なく頬を張って帰ってくれて構わない。その……、あのときの花の意味は私のことを好きという意味だった……のか?」
ブランドは自信無げにイライザのことを見ている。
イライザはため息をついて頭をかいた。
「十数年前のことを今頃確認するの?」
「そうだな。いまさら、そんな昔のことを持ち出されても困るよな。そんなことを聞いたのは、つまり、その、私がこんなことを言い出しては気を悪くするかもと思ってね。それでつい、安心したいというか……」
「で、何がいいたいわけ? じれったいわね」
いつものイライザならとっくにこんな感じで聞き返しているところである。
しかし、辛抱強く待っていた。
ずっとずっと待ち望んでいた言葉をあともう少し待てないなんてことはない。
ブランドは何も言葉を発しないイライザにますます不安そうになった。
口ごもりそうになる。
腿の上に座り込んでいたドラマタが顔のすぐそばにある手をびしっと叩いた。
ブランドは驚いて猫の顔を見つめる。
「にゃにゃにゃにゃ」
ごく小さい声だが断固とした調子で勇気づけるように鳴いた。
「こんなことを言ったら、団長就任そうそうに職権乱用しているんじゃないかと思われそうだが、スティレットが刺さって高熱が出たときにこのままでは死んでも未練を残すんじゃないかと思ったんだ。言わないよりも言った方がいいんじゃないかと。つまりだね、私は……イライザ、君のことが好きなんだ」
無言のままのイライザを前にブランドは慌てる。
「あ、そうだよな。私のような年の離れた相手にこんなことを言われても気持ちが悪いだろう。すまない。今言ったことは忘れてくれ」
「嫌よ」
「そうか、それほど嫌か。そうだろうな」
「違うわよ。嫌というのは忘れるのが嫌ってこと。ええ、忘れるもんですか。今日という日は記念日として末永くお祝いするわ。あなたにようやくその言葉を言ってもらえたんですもの」
イライザは笑みを浮かべた。
「ここまでの長い道のりを思い浮かべていたら、大事なことを言うのを忘れちゃった。そうよ、私はね、あのときからずっとブランドのことが好き。こんなにやきもきするなら、花冠を渡すときにはっきり好きって言っておけば良かったわ。それじゃ場所を変えましょ。もうここは閉店でしょ?」
「どこへ?」
イライザはいつもの調子を取り戻す。
「どこでもブランドのお望みのままに。挨拶回りで歩き疲れたし喉も乾いたわ。食事をして祝杯も挙げましょう。一刻も早くこの事実を衛士団に発表したいというならルイジのお店がいいでしょうね。この時間なら衛士が多くくだを巻いているでしょうから。それとも2人きりの時間を過ごしたいというなら何か買ってブランドの家でもいいわよ」
どちらの提案もブランドには性急に思えた。
「お祝い事ならもうちょっと気取った場所の方がいいと思うんだ。予約していないがアマンダの店はどうだろう?」
こういう局面に関する提案としては気の利いたことを言う。
「にゃ」
イライザが返事をするよりも早くドラマタが提案に賛成した。
「それじゃあ、席が空いているか分からないけど、とりあえず行ってみましょう」
カフェを出るともう夜の帳が辺りを覆い始めて薄暗くなっている。
歩き出そうとするブランドの手をイライザが引いて止めた。
「ねえ、その前に」
これから向かうお店のシェフに聞いたエピソードを思い出しながら、目を閉じてやや顔を上向きにする。
肩に白猫を乗せた糸目の衛士団長は顔を赤らめた。
それでもぎこちなく体を屈める。
そして、年齢の割には実に実に下手くそな口づけをした。




