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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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104/105

第104話 離任式

 ついにベアトリスが離任する日がやってくる。

 ようやく、その日になってブランドは外出の許可が出た。

 退院ではなく、あくまで一時的な外出の許可である。

 衛士団の詰所の大会議室で行われた離任式に加わった。

 それまでイライザに抱っこされていたドラマタはぱっと飛び降りると矢のように走っていきブランドの足元にまとわりつく。

 足の間をぐるぐると8の字を描くように回った。

「おいおい、ドラマタ歩けないぞ」

 ブランドは膝を屈めると腕をドラマタに向かって伸ばす。


 にゃおん?

 ドラマタはいいのかと問うように鳴いた。

「どうした? 俺の顔を忘れたか? さあ、おいで」

 ようやくブランドの大きな手のひらの上に乗る。

「そうか。私の体を気遣ってくれていたんだな。偉いぞ」

 頭にもう片方の掌を近づけるとドラマタは頭をこすりつけた。

 声をかけてくる衛士に返事をしながらブランドは第1隊長の位置に立つ。


「なんとか最後に一目会えたな」

 フンボルトが声をかけた。

「長い間休んで迷惑をかけた。婚約おめでとう」

「ありがとうと言っておくよ」

 ブランドは驚いた顔になる。

「その様子、あまり歓迎していないのか?」


「いや、そういうわけじゃない。結局ブランドの後塵を拝するままだったとか心残りのことが多くあってな」

 フンボルトはブランドが理解しやすいだろう言葉を口にする。

 いまさらイライザのことを言っても未練がましいだけであった。

「1対1で飲もうというのも断られたままだ」

「さすがにもう機会はないだろう」

「そうだな。残念だ」

 立身出世を果たしたはずなのにフンボルトの心は晴れない。

 どうもブランドに感化されすぎたらしい、と苦笑した。


「これからはまさにトールハイムの治安はブランドの双肩にかかってくるんだな。俺もその一翼を担いたかったが仕方ない。まあ、俺が居なくても大きな影響はないだろう。イライザもいることだしな」

 上半身を動かしてイライザのことを見る。

「頑張れよ」

 万感の思いを込めた言葉だった。

 シャーリーに負けるなよ、という気持ちも込めている。


「まあ、1年前よりは安心していられるわ。どんな団長が来るんだろうって不安にならずに済むもの。まあ、3人も居なくなるからしばらくは大変かもしれないけどね」

 ベアトリスの離任に合わせて副団長のホーソンの勇退も決まっていた。

 一気に団長、副団長、第2隊長が抜けることになる。

 ブランドが衛士団長でなければ運営に支障が出てもおかしくはなかった。

 イライザが頑として拒絶したため、当面は副団長は空席のままとすることになっている。


「第1隊長殿も大変だな」

「あら、その発言はちょっと無責任じゃない?」

「勘弁してくれよ。俺に選択肢はなかったんだからさ」

 ブランドの後任となる第1隊長にはイライザが繰り上がって就任することになっていた。

 第4隊長以降も順に繰り上がり、ノートンが第8隊長に昇任し、第9隊長は他の町から新たに着任することになっている。


 フンボルトとイライザの掛け合いを後ろに聞きながらブランドはホーソンに労いのことばをかけていた。

「長い間、お疲れさまでした」

「ああ。これでゆっくりと恩給生活に入れるよ」

 ホーソンは意外とさばさばとした表情で言う。

 周囲はついに衛士団長になれなかったことに妄執を抱いているのではないかと想像していたが、ベアトリスが襲われたことでホーソンは縮みあがっていた。

 衛士団長になると陣頭指揮を執らなければならない。

 歳を取ったホーソンには身を危険にさらす覚悟はなかったのである。

「ブランド隊長も、何事も慎重にな」


 ホーソンがいつもの台詞を言ったところで大会議室の扉が開いてベアトリスを先頭に3人が入ってきた。

 今日のベアトリスはまだ衛士団長の制服を身につけている。

 離任式が終わるまではその地位にあるので別におかしいことではないのだが、この後着替えなければならず余計な手間がかかった。

 これはベアトリスの未練の表れである。

 バッシュとフランセーヌを後ろに従え演台の上に立った。

 

「思い起こせば1年ほど前、こうやって諸君の前に立ったことを鮮明に記憶している。もしできることなら過去に戻ってあのときの私の口をこの手で塞いでやりたい気分だ。認めたくないものだが、あのときの私の発言は若さゆえの過ちだった。そういうことで水に流して欲しい。実際のことを何も知らず噂でトールハイムの衛士団のことを悪しざまに言ったことには悔恨しかない。諸君は立派に衛士の任務を果たしている」


 ベアトリスは穏やかな目で総勢約100名ほどの衛士を見回す。

「この1年、不慣れな私をよく支えてくれた。この1年は私の人生において最も輝いた時期になるだろう。これから私はトールハイムを離れるが、今後トールハイムの衛士団のことを訪ねられたらこう答えるつもりだ。シッゲン王国において最高の衛士団であると」


 言葉を切ると衛士から拍手が沸き起こり、歓声があがって指笛が吹き鳴らされた。

 その様子をベアトリスは万感の思いで眺め、しばらくしてから、手を上げて皆を静める。

「去りゆく者があまり長々と演説するものではないな。それでは新任の団長に場所を譲ろう。ブランド団長、ここにきて挨拶をしたまえ」

 ドラマタはぴょんと肩から飛び降りるとその場に座り込んだ。

 指名されたブランドはさっと前に出て演台へと近づいていく。


 演台から降りたベアトリスは右手を差し出してブランドと握手を交わした。

 左手を伸ばしてブランドの右肩をぽんぽんと2度叩く。

「もう体は大丈夫か?」

「はい。あらかた治りました」

 名残惜しかったがベアトリスは右手の力を緩めてブランドを演台の方へと押し出した。

「さあ、団長として最初の仕事だ。大丈夫。私の最低な演説に比べればあれよりひどくなることはないだろうよ」


 演台に立ったブランドは見知った衛士の顔を見回す。

 ブランドは口を開くとこの1年間のベアトリスの功績を数え上げた。

 大猿人を倒したこと、私財を投じた魔女の実の捜索、騎士団との連携強化など、実に感に堪えない様子で話をする。

「ご本人は謙遜されているが、衛士団長として立派に職務を遂行されたことは皆もよく知っての通りです。その後を不肖の身で継がなければならないことに責任の重さを痛感しています。これからも一緒にトールハイムの町を守っていきましょう」


 先ほどとは異なり落ち着いた拍手がその場に響いた。

 ブランドの演説は型どおりであり、やや面白味に欠けると言えなくもない。

 しかし、本人の人となりをよく表している。

 その後は、2列に団員が並ぶ中をベアトリスが進み大会議室を出て離任式が終わった。

 最後まで態度を乱すことなく式典が終わる。

 ブランドにみっともないところは見せらられないという矜恃だけが支えだった。

 官舎に戻ったベアトリスは私服に着替える。

 そして、フンボルトを伴い馬車に乗ってトールハイムの町を離れたのだった。

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