第102話 見舞い
ミリムは衛士団の詰所に連行される。
かなり厳しい状況だったが、まだ高をくくっていた。
色んなところに武器を隠し持っていたし、脱出の機会はあるはずと考えている。
しかし、ミリムにとって不幸なことに優しいブランドおじさんは腹に刺さったままのスティレットの処置をするために強制的に医者のところに緊急搬送されていた。
残るのは3人の女性である。
1人は殺しのターゲット。
同時につかまった依頼者の供述によりコロンナ侯爵への復讐のため、その愛娘の首を取って侯爵へ送りつける計画だったのを今では知っていた。
殺し屋に対して同情するわけがない。
2人目はロイヤル・マギの称号を持つ実力者。
あまり激しい感情を持つタイプではないが、ブランドが傷ついたことは深く憂慮している。
それほど強く殺し屋に対して厳しい処罰感情を抱いているわけではなかったが、魔法に関する深い造詣を有していた。
そして、最後は怒れる雌獅子。
通常は衛士としての則を守っているが今は容赦をする気が髪の毛の先ほどもない。
イライザは羊の腸でできた手袋をはめてミリムのあちこちを身体検査する。
通常なら躊躇われる場所であってもそれは例外ではなかった。
なにしろ、シャーリーが自信を持って、あると断言しているのである。
ベアトリスがミリムの体を押さえつけて動かないようにしている間にイライザは次々と取り出していった。
丸薬の入ったケース、指の長さほどのごく小さい鋭利な刃物、鍵開けに使うであろう針金などが小さな小山を作る。
3人の女性は呆れた目でミリムを見た。
「これで全部かしら?」
イライザはシャーリーを振り返る。
「犬歯に何か細工してありますね。それと右耳の後ろの部分は鬘です。その下に薄いものを隠してます」
シャーリーは淡々と指摘していった。
全部を取り出すとミリムに手枷、足枷がはめられる。
さらに首輪も嵌められた。
「この3つの拘束具は魔法の行使を妨げます。もう魔法も使えないでしょう」
シャーリーが宣言するとミリムはがっくりと項垂れる。
都であればこれらの処置を受ける危険性があることは理解していた。
しかし、いくら栄えているとはいえ地方の一都市でこんなことになるとは想像していない。
何かあれば責任は負うという団長、優秀な魔法使い、そして断固たる処置を厭わない執行者。
これが全員女性だった。
1人でも男が混じると慈悲の心を起こしたり、逆にスケベ心を抱いたりして隙ができる。
そうでなかったことがミリムの不幸だった。
そして、オラストン伯爵の討滅作戦はまだ事後処理中のため、作戦の対象であった伯爵の部下とその関係者であるミリムは速やかにトールハイムから移送される。
通常の事件と異なる扱いとなり、仮にブランドが健在だったとしても処置に口を挟む余地はなかった。
そして、現実にはブランドは医者のところで絶対安静を命じられている。
スティレットはベアトリスの心臓を肋骨の下から突き上げるように狙った軌道を描いていた。
身長差があるために刃はブランドの腹に刺さっている。
分厚い腹直筋に阻まれていたこともあり、その傷は深かったものの内臓に大きな損傷は与えなかった。
それでも出血は多かったし傷から菌が入って高熱も出ている。
そのため、ブランドは1週間ほどは病室に監禁されることとなった。
面会も厳しく制限され、最初の3日間は誰も入室を許されない。
最初に見舞いに行くことができたのはベアトリスである。
やはり衛士団長という地位がものを言ったし、業務上の必要性もあった。
持っている本人が埋もれそうなほどの大きな花束を抱えて病室を訪れた衛士団長は医者の助手を呆れさせる。
受け取って飾るのも四苦八苦させる量の花束だった。
「ブランド隊長……」
食事をとることができないため少しやつれたブランドを見てベアトリスは声を震わせる。
あのときブランドが間に入らなければ致命傷を負っていただろうことを深く理解していた。
命を張ってまで守ってくれたことに感動している。
もともと好きだった男であり、運命の相手だと思い詰めるまでになっていた。
ベッドの上のブランドはいつもと変わらない様子である。
「ああ。団長。忙しい時に仕事ができず申し訳ありません。また、寝たままで恐縮です」
「いや、そんなことはいい。今はゆっくりと休んで早く良くなることだ」
医者や助手が居なかったら、早く良くなって一緒に父上のところに行こう、と言ったかもしれない。
2、3事務的な質問をして回答を得たベアトリスに医者は退出するように強く求めた。
次いで訪れたのはオーギュストとシャーリーである。
重傷者を出すことが多い騎士らしく、タオルや着替えなど実用的なものを多く持参していた。
もちろん、シンプルながら肌触りも良く品質の良いものを揃えている。
病院側で用意していたものよりも明らかに高級品ということが一目で分かった。
「後で必ず代金はお支払いします」
恐縮するブランドにオーギュストは首を横に振る。
「いや、これは感謝の気持ちだ。遠慮なく受け取ってくれたまえ。正直なところ衛士団長の身に何かあったら私の首は危なかった」
手刀を首にあてた。
そして負担にならないように早々に引き上げる。
イライザが見舞いに訪れることができたのはベアトリスやシャーリーよりも数日遅かった。
ベアトリスが襲われたことで動揺する衛士団員や町の人々を時に叱り飛ばし、時に宥めるのに忙しかったのである。
もちろんブランドのことを心配していなかったわけではない。
ただ、こういう時にブランドならどうするかを考えたら見舞いよりも優先することがあるのは明らかだと思ったのだった。
見舞いの時期が遅かったのでブランドの具合はずっと良くなっている。
ほっとしたイライザは涙がこぼれそうになるのを見舞いの品を取り出す動作でごまかした。
見舞いの品はトールハイムの子供たちから預かってきた山のような手紙である。
字が書ける子は自分で書いて、まだ満足に書けない子は大人に書いてもらって署名だけ自分でした。
子供たちが手紙をブランドに渡してもらうのを託す相手として選んだのは、孤児院の子もそうでない子も、忙しく町の中を巡回するイライザだったのである。
「みんなが早くブランドに会いたいって言ってるわよ」
「ああ。そうか」
「衛士団とドラマタのことは心配しないで」
「そうだな。イライザがいるからな」
それだけ言葉を交わすとイライザは早々に退出した。
病室に一人残されたブランドは子供たちからの手紙を1つ1つ目を通す。
そのうちの1通は差出人の名前が書いていない。
封を切って中を見たブランドは細い目を見開いた。
そして、同時刻。
衛士団長の官舎において、真剣な面持ちでベアトリスが父からの手紙を開封する。
その中身を読み進めるうちに表情が激変した。




