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第十四話 ウィナード 1/7 邂逅

「ダスク・ウィナード、だと」


 クラウザやメアリたちも見覚えがあった。


 第一世代のアート「最古アート」に乗る変則二刀流。世界粒子で遠隔兵器を操る、灰北の願力を持った老人。かつて、ニーブックを目指すシリウスの足止めをした際、ウィナードとだけ名乗った男である。


 白い長髪に長い髭。映像付きの通信で顕になった姿は、仙人とか達人とか、強者の風格が見える。ウィナードが勝者という意味ならば、名前負けしていない。


「お久しぶりです。そちらは覚えていないでしょうが、私は以前ゲーデンの街でお見かけした事があります。フルネームを名乗ってまで接触してきた理由は?」


 カノープスの艦長、クラウザは慎重に対応した。ギゼラやディオネにはレーダーを厳となせとの指示を出してある。


「これは失礼。アルカドの艦だとお見受けしたが、ゼーバかな?」


「どちらでも無い。カノープスは平和の使者なのだ」

 ディオネはドヤ顔で言い放った。いつの間に、そんな肩書きが付いたのか。


「ユイ」

 普段の少女の顔に戻ったマナは、晒け出されたユイの太腿をすりすりと撫で回しはじめた。白い太腿に褐色の手が良く映える。張りのある太腿は少しひんやりとしてスベスベで、少女の柔らかい手を軽く押し返す弾力を備えていた。


「え、ど、どしたの、マナ?」

「まわりになにかいるよ」


 索敵の範囲外から熱源が近づく。マナの察知に少し遅れて、ホワイトノエルのレーダーが感知する数が、徐々に、一気に増えていく。


「この反応って、まさか」


 願力原動機とスペースニウムエンジンのハイブリッドエンジン。しかし、ゼーバの超願導人形よりも遥かに高出力。そして、リューシ王国で見つけた模型の中に、類似した姿があった。


「もしかして、アンティーク? あんなに、たくさん⁉︎」


 きめ細かな黒い大型機と、高貴で細身な真紅の機体。それがそれぞれ数十体ずつ。カノープスと遺跡の残骸を取り囲むように配置についた。


「万事休すか。フッ……命とは、かくも儚いものよ」

「勝手に終わらすな、トカゲ」

 格好つけてはみたものの、トカゲは動揺したのか、ディ・ザイン・ナイフとモ・ケーヨ・リッパーの鞘を間違えて納刀しようとして落っことした。刃が欠けてなくて一安心。


「遅れてしまい申し訳ありません、ダスク様」

「構わんよ、ハイネ。君も挨拶をしなさい」

 はい、と短く答えた少女は、同じようにカノープスへと通信を開いた。


「初めまして、外の世界の方。私はハイネ・ウィナードと申します」

 女性型の真紅に乗る少女の姿に、アッシュは嫌な予感を拭えない。


「こいつらも敵か?」

「落ち着きなさい、ハイド」

 彼女を守るかのように聳える巨大な黒に乗る少年ハイド・ウィナードは「彼」に瓜二つでは無いか。


「そうきたか」

「漆黒?」

 グリエッタが仮面の下から覗き込む。アッシュは倒れたままだったセカンドを起き上がらせ、事態を見守った。


「失礼した。悪いとは思ったが、戦闘の様子は見させて貰った。掻い摘んで言えば、我々『ウィナード』は、そちらの手を借りたいと考えている」


 ダスクの力をアッシュは身を持って体感している。彼が助力を請う相手がいかほどのものか、想像に難くない。


「何故、我々なのです? ゼーバでは駄目なのですか」

「そうだ。お前たちだから頼んでいる」


 ダスクたちに恐れをなしたのか、沼田春歌は撤退したようだった。追撃を仕掛けようと思えば出来たのだろうが、ウィナードはカノープスとの接触を選び、カノープスもまた、アッシュやユイたちの救出を優先した。


「あなたたちが敵では無いと、言い切れる保証は」


「無い。信じてもらうほかない。しかし、手を貸して頂けるのなら、アンティークはお渡ししよう」


 カノープスの欲しいものは調査済みなのか、ただの予想なのかは判断がつかないが、クラウザはひとまずクルーだけでの相談をする時間を得た。


「取り敢えず、お疲れ様だった、皆」

 艦長は労いの言葉をかけた。クルーに張り詰めた緊張の糸が少し緩む。


 ディオネはここぞとばかりに、ポッケに忍ばせていた飴ちゃんをチュッパチュッパしだした。個包装はハナコが回収したので、戦場にいるメアリには気付かれない。安心してチュッパっていい。真面目な筈のクラウザが見て見ぬ振りをした。面倒だった。


「すみませんでした、みなさん。僕たちの不始末を」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 アッシュに遅れて、通信越しにマナとユイも頭を下げた。


「あのね。ゴロゴロピカピカをやっつけたんだよ!」

「大活躍だったね、マナ」

 マナの頭を撫でながら、ユイはもう一度カノープスの皆に頭を下げた。


「気にするな。事態は動き出した。これは我々が行動した結果だ」

「すみません艦長、報告は後ほど。リラさんの容体は」


 リラの怪我は思ったよりは軽症、というか、爆睡中らしい。ご老体の身で休みなく隔離空間の調査をしていた、そのツケだ。リラはゴリラだが、実は人間だった。正真正銘人外のアッシュとは違うのだ。


 となれば、差し迫った案件について、彼女抜きで話を進めなければならない。


「私は、ダスク・ウィナードの話に乗ろうかと思うのだが」

「そうですね。今彼らに攻撃されるより、話だけでも聞いてみたい」


 目的であったアンティークの行方の手掛かりどころか、それが自分たちの方へと歩いてきたのだから、クラウザとアッシュの会話に異議を唱える者はいなかったが。


「しかしだな。ダスクとかいう爺さん、凄く胡散臭いぞ? いや、お前たちの考えを否定したいんじゃない」

 どうせ逃げられないだろうしな、とディオネはチュッパリながら締めた。


「ゼーバでは無く、僕らを指名したのは御し易いからでしょうか」

「ああ。皆、油断はしないように。奴らは我々を捨て駒にする可能性もある」


 複数のアンティークを有する彼らと事を荒立てても、現状勝ち目は無い。

 クラウザはダスクに了承の通信を入れると、疲弊したガンドール部隊の回収を始めた。


「ありがとう。では、ついてきてくれ。我々の街、君たちにはこの名前の方が馴染みがあるかな。……シャングラの街だ」





 神聖アルカド皇国。


 代々、神皇と呼ばれる女神が治める国。

「街」と呼ばれる地方自治体の集まりで、街毎にその文化や風習は千差万別、様々だ。


 皇族は滅多な事では表には出ず、神都の奥で皇務に励む。それが変わってきたのは、ルクス・ウルクェダの存在が大きい。


 ルクスはかつては神童と呼ばれ、対モンスターで敵無しの強さを誇った。傲慢や憤怒さえも単騎で無双し撃破する腕は、八咫ブレインを操っていたアッシュ以上かもしれない。


 まだ幼かった第二皇子レイザー・アークブライトは、そんな彼に憧れて遊撃騎士団を旗上げし、レイザーの従者であるサツキにルミナが心焦がれた。

 そのルミナを守る為に、ウィシュア少年までもが次第に前線への思いを募らせ、籠の中の鳥だったグリエッタは彼らに対抗心と苛立ちを覚えていった。


 そのルクス・ウルクェダはゼーバやモンスターと戦おうともせず、今は神都に引き篭もっている。


「愚物が」

「レイザー様、お顔が怖いです」


 ニーブックの街、遊撃騎士団指揮艦の私室。

 彼の従者のエヴァリー・アダムスが、デスクの左側へと紅茶を届ける。レイザーは右利きだが、カップは専ら左手で持つ。彼の癖を良く理解した配慮が行き届いていた。


「すまない。勇者ルミナの凱旋パレードだとさ」

 そう言って、レイザーはデスクに書類を投げ捨てる。綺麗に磨き上げられた机の上で滑って、床に落とされた。


「もう」

「いや、すまない」

 ロングスカートが捲れぬようにしながら、エヴァがしゃがんでそれを拾う。女性的な体のラインが、意図せずとも露わになる。


「流石に参りませんと。妹さんの晴れ姿を見ると思って」

「はじめからそのつもりだが?」

 子供のように、大人な少年はひらがなを吐き捨てた。


「……大丈夫。私が側におります」

 背後から彼の肩に手を回す。二の腕に指を這わせ、他方で強靭な胸板を弄り出す。


 彼は強引に彼女を膝に引き寄せ乗せる。純白のスリットに、眩い褐色の太腿が段差を描く。紅茶の味が、対面の二人を密接に繋げた。


「……もう」

「いや、すまない」


 憧れた姿はどこに消えたのか。逞しく成長した皇子は、心の中で再びルクスへ訣別の暴言を吐いた。





「吹き荒べ、ディス・ライト!」


 黒く滑らかな装甲に身を包んだ巨大なアンティーク〈ブラックベルベット〉は、ハイド少年の熱い叫びと共にダニバッタを一掃した。


 シャングラの街への道中、遭遇した蟲たちへの対処は全て彼ら〈ウィナード〉が担当している。ダスクの下に集った彼らは、見た目こそ人間や魔族の入り乱れたものであるが、その全てが灰北者だった。


「凄い! ねえ、ユイ! あのひとたち強いね!」

「ウィナードのアンティークだからね!」


 カノープスの格納庫に集った一同の中、マナは突然の低重力で文字通り浮き足立つのを、ユイに手を引かれながら地に足つけようと踠いて着地した。

 無重力では無くて重力も大気もあるのだから、バタバタ動くだけでも前進は出来るし、放っておいても落ちては来る。

 ウィナード、アンティーク、重力異常。初めて尽くしの連続に、幼い心は跳ね踊った。


「ウムッ! やはりラスティネイルとの類似性が見受けられる! しかしそれは単純な系列機や後継機というのではない! 開発チームか組織が同じというだけの全くの別機体と見た! そしてあれとは違って単座だな? その方が賢明ですな! 願力で動かすガンドールですからな!」


 ユイはアンティークの性能に改めて瞳を輝かせ、オタク特有の早口で捲し立てるキモチワルさが発動して、マナに若干引かれ距離を取られて、ショックでちょっぴり泣いた。


「リラ様……」

「まあ、なんだ。生きてるんだから、そう心配いらないさ」

 負傷した老婆の事はグリエッタとディオネに任せ、兎も角、目的地に着くまでの間に機体を戦える状態にする必要がある。念の為だ。


「武装の見直し?」

「はい。願導合金の粒子結界で皆様のサポートをしてきましたが、やはり他にも何かしらの手段は持っておきたくて」


 ユイがダテンゲートを修理する傍ら、真面目なメアリは悩んでいた。毎戦闘「呪力」「呪力」の一辺倒では、流石に芸が無さすぎる。実際、フィンセントにさえも破られた。


「メアリの適正なら、願ドローンかなぁ?」


「待て、叔母よ。メアリはゴリラでは無いのだが」

 トカゲの脳内では、ドローン=ゴリラモードという認識になっている。


「粒子結界と有線遠隔誘導兵器なら、確かに似たような感覚で運用出来そうですね」


 ドローンを使えば、無理矢理にでも呪力を更に遠方に届ける事も出来る。芸が無いと言われても、極めた一芸特化はそれはそれで立派な武器だ。


「ですが、ユイならドローンを攻撃や防御に役立てられるくらいの改造はして下さるのでしょう?」


 それは、勿論。リラのコード・サマナーという良い教科書がいてくれるのはありがたい。ユイは折角だからメアリに似合うように、うんと可愛くしようと張り切りだした。


「おっぱいミサイル!」

「おおう……! 成程‼︎」

「嫌です」

 キラッキラした笑顔で言ってもダメ。アンティーク風のプラモデルの中にそんな機体を見つけてしまって以来、ユイは心奪われている。しかしそもそも、コックピット位置とサイズの関係で、ガンドールでの実装は難しそうだ。


「おおおっぱ……⁉︎ な、なに言ってんだ、あいつ……⁇」

「ねぇ、オーリー。惨雪の整備終わったんならこっち手伝って」


 アッシュもセカンドの修復に取り掛かる。ユイには約束したヂィヤのダテンゲートの新装備も開発してもらわなければならない。それはなにより、カノープスのみんなで生き残る為だ。


 ユイはアッシュの仮面が気になったし、アッシュも皆に説明をしなければならなかったが、そんな事を言っている場合でもないので、互いに後回しにした。


「総員! 耐ショック防御‼︎」


 カノープスが、高重力に引き込まれた。

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