第十三話 歪み 8/8 竜退治
「……倒せないか。だけど、時間は稼いだ」
搦手しか使えない、なんて醜い戦いだろうか。他者を穢して勝ち筋を見出す。アッシュこそ、誰よりも悍ましい化け物だ。
「良くやった、准尉!」
「此方は無事だぞ、ケント!」
しかし、そのお陰でユイたちはカノープスに救出され、強大な敵を前にして体制を立て直すことが出来たのだから、こんな奴でも仲間からは讃えられた。
「無事か、アッシュ!」
カノープスの照明がセカンドを照らし出す。甲板から降りた戦友の惨雪が手を伸ばす。
「遅いぞ、オーリー」
「良し、元気だな。……なんだ、その顔⁉︎」
「ユイたちは?」
「えっ? ……あ、ああ。大丈夫だ、作戦を伝える」
惨雪のマニピュレーターが開かれて、そこに佇む少女が、ちょこんと丁寧なお辞儀をした。
「グリエッタ」
「コックピットを開けなさい。アッシュ・クロウカシス」
有無を言わず、アッシュは少女を招き入れる。熱い外気に晒された気分を冷やしたくて、コックピットのハッチを黙って閉じて、設定温度を少しだけ下げた。炎に晒されていたグリエッタを気遣ったのでは無い、と言い訳をした。
「もう、減らず口ばかり。……なんです、その仮面?」
「そっちこそ、何やってんです?」
もぞもぞと、少女はお尻を動かす。後部座席は取っ払っていたので、アッシュの股の間になんとか落ち着いたが、一向に落ち着かない。
「……コード・セイヴァーより狭いです。こんなところに、ユイ様と二人乗りして冒険していたのですか? ……やらしい」
「何してんだ。遊びじゃないんだぞ」
「そうです。だから……ごめんなさい。……私の命、貴方に預けます」
小さな手が心細さに揺れる。唇と、屈辱を噛み締め、銀髪が赤く炎に照らされている。
「私だけ、この戦闘で何も出来ていない。ううん、この戦闘だけじゃありません」
「お前の願力を、俺に使えって言ってるのか」
「……そうです」
クラウザは慎重だが、勝負所では手を抜かない。シリウスとの戦いでもそうだった。ならば、奴らが混乱している今を逃すはずがない。
カノープスのクルーも、やられっぱなしで終われるほど、お人好しではない。唯一コード・サマナーの姿が見えない。アッシュも事情を察した。
「あの災厄の化身は、野放しには出来ません」
「……了解」
アッシュは今まで散々殺してきた。千秋だって、他のマーク・シリーズだって。命の選択は、いつだって一瞬だ。アッシュには、自分と、自分の仲間をこそが大切だった。
マークたちが人の心を持たず、ただの暴虐非道を繰り返すなら、深く考えなくても済んだのに。揺さぶってみれば残念な事に、あれらもヒトであった。
きっと、渦巻くこの感情も、クズで悍ましい、考えすぎのアッシュの中だけで処理されていくのだ。それでいい。
「歌ってくれ、グリエッタ」
「歌? アルカディアはコード・セイヴァーが無いと」
「いいんだ、ただの歌で。僕たちに勇気をくれ」
アッシュは通信の中のユイを見つめると、彼女に音楽のプロデュースを任せた。
彼の仮面は気になったが、どうせオーランドやグリエッタに散々突っ込まれたのだろうと思い、この状況だからユイは作業を開始した。
「ダニー先輩の布教活動が、まさか役にたつ日が来ようとは!」
照れたように笑いながら、ぶかぶかのジャケットから小型の端末を捻り出し、ホワイトノエルに接続。大音量で、ユイお気に入りのグリエッタお得意の曲が掻き鳴らされた。
「……もう。世話の焼ける人たち!」
彼女の声が歌を描く。炎に包まれた廃墟の中、世界に自分の存在を刻みつけるように。小さな体から、心が響き渡った。
「ほう……綺麗な声ではないか」
「いい歌ですね。これが、アルカドの文化」
怖かっただろう、不安だったろう。それでも、少女は自分の脚で外の世界に飛び出したのだ。
「元気貰ったよ、リエッタちゃん!」
「無事だよな? 怪我なんてしてないんだよな?」
ユイに対しては、仮面もいつもの保護者目線に戻っていた。
「大丈夫だいじょうぶ! マナが守ってくれたんだよ」
マナは見慣れない仮面の男に疑問符がつきまとっていたが、ユイに褒められて誇らしげにドヤ顔だ。ゴロゴロピカピカも、もう怖くなんかない。
「うん。タイミングは任せるぞ、ユイ」
「後で事情を聞かせてね、ケント」
クラウザの号令の下、オーランドのイルミネーターが撃ち放たれ、アッシュはそれに追従していった。
◆
「来たぞ! 僕!」
「ヒャー! 撃ち落とせ、俺ー!」
「さん、にぃ、いち! ゼロ!」
「くらえ!」
グリエッタの歌声の中、ユイの掛け声に合わせて、オーランドは無線誘導実弾試作兵器「ミサイル」を発射した。
発射から程なくして翼が開き、ノズルから噴射炎が巻き起こる。フレア・プリズムを積んだ飛翔体は加速して、コロニーの中、世界粒子の中、誘導電波は阻害され、拡散して、明後日の方向へ突き進んだ。
「ヒャヒャ! どぉこを狙っとるんじゃい!」
「避けろ、俺ぇぇ⁉︎」
目視も余裕の距離で相手が巨体となれば、電波障害は関係が無い。適当に撃っても当たればいい。近接信管で物体に接近した端から爆炎が広がって気を逸らす。本命のロックを切った通常信管(要はロケット弾)とアッシュたちの射撃が巨体の上部に命中し、竜は体勢を崩した。
「何アレ。ダニバッタのお尻の針と翅?」
「多分、アッシュですね」
「だよね。オーランド少尉はあんな事しない。真面目だもん」
ユイとメアリが呆れている。ミサイルの素材の話だ。使い捨てにせざるを得ない実弾は、現地調達する。家計にも環境にも優しい兵器だ。
リューシ王国で拝借した小型の誘導装置は、願力の無いユイのような人が戦闘する事を想定したものだろうか。
「本当、相変わらず変な人」
そう呟くマナの表情は、体の年齢よりも大人びて見える。
マナでも無く、菫でも無い。あの時グリエッタに話しかけた「純白」が、マナの中に再び現れた。ユイには見覚えがあったが、マナはマナとして受け入れたかった。
「お願いね、マナ」
「任せなさい、ユイ」
白き十字架が天から見下ろす。マナのホワイトノエルの周囲に幾重にも魔法陣が形成されていく。
「サツキ様を穢し、イツキを産んでくれた元凶。クローンだとしても、本人を継承したと言い張るのならば、今一度、跪きなさい!」
黄金の瞳を見開いて「純白の閃光」が放たれた。重力波が竜の足元を崩し、おでこを小突いて、ミサイルで崩れた体勢にほんの少しの後押しをしていった。
「傲慢の力……⁉︎ ヒャ、ヒャー⁉︎ やっぱり、アッシュはヒャンティークの力を使えるのか⁉︎」
「落ち着け! 撃ったのはあのノエル……ヒャー⁉︎ なんでノエルが使えるんじゃい⁉︎」
彼女も彼らも、口調さえクローニングされたのか。オリジナルの呪縛か、それが自らのアイデンティティなのか。
「大丈夫、狙いは合ってる! ヂィヤさん!」
「了解だ、叔母! チェイストォー!」
ダテンゲートのモ・ケーヨ・リッパーが、重力波の及ばないユイの指示したポイント目掛けて、竜の首を掻っ切った。
「ううう! サブアーーーーム‼︎」
マーク・シオンの尻尾から無数の副腕が蠢いて、巨体を支えて踏みとどまった。その願力の伝達を、メアリのオーグが悪魔の囁きで邪魔をする。
「ヒャぁぁあっ! 怠惰に寄生された⁉︎」
「メアリのオーグじゃい!」
「ヒャあんっ⁉︎ あの、噂に聞く色欲のメアリ⁇」
ゼーバで流行る都市伝説。
「ディオネ様!」
「任せろ! えっと……ここだ!」
悪魔の呪力でこじ開けたバリアの穴へ、カノープスから砲撃が走る。反撃はギゼラの操舵で躱してみせた。
「クロウカシス!」
「了解」
アッシュのマニュアル操縦。セカンドの右腕以外の願力伝達は全てカット。
グリエッタの願力がセカンドの右腕だけに集中し、ファングブレードを満たしていく。
「無理はするな。出来る範囲でいい」
グリエッタは歌いながら頷く。
転生者でないグリエッタの力では伝達に時間がかかる。人型兵器に使用される願導合金全てを伝わせる事が出来ないから、増幅は中途半端で、アッシュの願力が焼きついているから制御も困難だ。
それでも、彼女の決意はアッシュ一人の願力より遥かに強い。複座の痛みが、対峙する竜と烏を襲った。
「ああああ! 痛いぃっ!」
「逃げるぞ、俺ぇ!」
「馬鹿か! 殺せばいいんだ、僕!」
マーク・シオンの右腕が、遠い敵意を掴み上げた。
「見えている!」
敵意の奔流、そこに在るブレインセカンド。アッシュの眼には見えている。
「ヒャハッ! 見えたところで!」
「ほら、掴まえ……」
「……あれ?」
シオンの手をすり抜けて、セカンドの姿が消失した。
セカンドの左腕があった位置、左肩の願導マントの下に隠された増設されたバーニアスラスターが、推進剤のエア・プリズムを放出して一瞬の隙を生み出した。考え過ぎのアッシュが、ただの隻腕のままにする訳が無い。
「ヒャ? こ、これは、何の力……?」
「嫉妬?」
「憤怒?」
「色欲……?」
分かりやすく敢えて呼ぶのなら、クイックブースト。メインスラスターの補佐や急速な進路の変更に使用するサブスラスターの一種。大罪の力では無くて、ただのアルカド製ガンドールの推進装置。
「ケント!」
「やっちまえ、グリエッタ!」
マーク・シオンの右腕は空を切り、カノープスの仲間たちの砲撃が一斉に雪崩れ込む。巨体の全貌が見渡せる距離を得て、願導マントが隻腕にたなびく。
ハナコの計算通りの位置、カノープスのカタパルトからエレクトリックバレットが射出。ファングブレードへとノールック装填。ブレインセカンドは、輝いた。
「貫け! オーバーライト‼︎」
七首竜の胸に光る赤い星目掛けて、純白の光の牙が、一気呵成に、一網打尽に、一刀両断に振り下ろされた。
「‼︎ッーーーーャヒ⁇」「‼︎ッーーーーャヒ⁇」「‼︎ッーーーーャヒ⁇」「‼︎ッーーーーャヒ⁇」「‼︎ッーーーーャヒ⁇」「‼︎ッーーーーャヒ⁇」「‼︎ッーーーーャヒ⁇」
蠢くコアは切り裂かれ、立ち上る爆炎を背後にして、巨大な竜との一幕は、魔王を倒した勇者と小さな姫君の歌と共にフィニッシュを迎えた。
「やった……やったー! しっこくー!」
「バカ、離れろ! まとわりつくな!」
喜ぶ少女に押し倒されて、操縦桿が押し曲げられて、セカンドはすっ転んだ。アッシュに抱き止められたグリエッタは、自分の大胆さに気が付いてしまって、炎みたいに顔を真っ赤に燃やした。
「……ごめん、大丈夫か? 動くぞ」
「だめ……今は、ダメですっ」
しばらくの間、その紅を隠すように彼の胸板に埋もれてやる事にした。
アッシュがグリエッタに歌わせたのは、仲間を鼓舞させるのとは他に、連携とトドメのタイミングを合わせる為でもあった。
グリエッタがアルカディアで願いを届けるのに使用していた歌だから、少しでも普段に近い願力の伝達をしてもらえると考えた。
歌が好きなのだとしたら、曲の盛り上がる部分で願力を込める仕草にも力が入ると踏んだのだ。
ユイもノリノリで、攻撃のタイミングを各機にプロデュースしてくれた。「あの件」で、ダニーから無理矢理布教されたグリエッタ様のお歌のデータが役に立った。
マーク・シオンを観察し、認め、強大な敵であればこそ、アッシュは出来る限りの手を打った。理屈っぽくて機械的、自己嫌悪は今更の事だ。
「……んっ……⁉︎」
グリエッタが呻き出した。
「いてっ! おい、今更ノイズが強くなってるぞ? 変なことでも願ってんのか?」
「へ、変なこと、ですか?」
「気持ち悪い」
「きもちわるい⁉︎ あなた! わたくしのことがきもちわるいっていうのですか!」
グリエッタはひらがなで捲し立てながら、アッシュの首根っこを引っ捕まえてカックンカックン揺さぶった。
「そこまでは言ってない。複座が気持ち悪いってあああ」
「なんでよー⁉︎」
転んだセカンドが、異変を感知した。
「フハハハハッ! 討ちぃ砕ぁくッ‼︎」
エイリアス・クロウカシスを継承されたハイブリッド・クローン。生き残っていたマーク・ヴァイスの一体が、セカンドに斬りかかった。
炎に包まれた世界で、センサーは感度を低下させていた。
「舞え、桜花」
ゆらゆらと揺れる花弁が、エイリアスのブレイン・ヒーロを切り裂いた。灰色の願力を纏ったそれは、帰るべき主の元へと視線を誘導していく。
「最古アート……⁉︎」
「はじめまして、カノープス。俺は、ダスク・ウィナード。灰北者だ」




