第十四話 ウィナード 2/7 暇になると碌な事にならない
手持ち無沙汰になったマナは、おじいちゃんにちょっかいだしに来た。長い尻尾に抱きついて、猫のように鱗でガリガリ爪研ぎし始めた。
「フッ……痛っ、どうした、痛いっ、マナ?」
「あのね、退屈なの」
そんな言葉を合図にしたように、けたたましいアラートが響いた。カノープスの高度がガクンと下がり、マナはジェットコースターにバンザイしてはしゃぎだした。
「呑気な!」
「マナ!」
アッシュとユイが少女を庇う。制服の安全帯を壁面に固定、脚先を床の突起に引っ掛けた。背中のサブアームが、二人を包んだ。
「機関、最大‼︎」
「総員、衝撃に備えよ!」
重力に逆らって、カノープスのメインサブスラスターを全開。前方に迫る無数の小惑星、ブリッジの前面ガラスを遮蔽、イルミネーターのバリアを最大出力、艦外に鈍い音が破裂する。岩壁にぶつかり船体が激しく揺れた。生きた心地を砕きながら、クラウザは軟着陸を断行した。
「アンカー、射出!」
「前方に主砲、撃て!」
主砲で岩肌を破壊し、反作用にしてブレーキを掛ける。地面に複数のアンカーを打ち込み、ドリフトのように船体が大きくカーブする。
「ハイド!」
「チッ! 世話の焼ける!」
ハイネとハイドたちウィナードは、アンティークの力でカノープスを支えようと艦の前方に回り込んだ。
「出力!」
「見せてみろよ、ブラックベルベット!」
願いの人形が唸りを上げる。軋む音に、機体がめり込む。
「いやあああっ! お母様ー‼︎」
「掴まれ、グリエッタ! 私たちでリラを守るんだ!」
立ち塞がる巨大な壁を、最古アートが斬り伏せた。
「ダスク様!」
「流石だぜ! 俺たちもフルパワーだ!」
プリズムフラワーを薙ぎ倒して、モンスターのデブリを巻き込んで、クルーの悲鳴の中、崖から艦体をはみ出しながら、カノープスは間一髪地面に留まった。
「皆、無事か!」
被害報告に追われる。格納庫は工具が散乱しているが、幸いにも機体自体はロックされているので大事無い。
「ケント」
「問題無い。この体は役に立てる」
転生者の頑丈さでユイとマナを庇う事が出来た。サブアームの関節に突き刺さった工具を引き抜きながら、アッシュは安堵した。オーランドとメアリも、持ち前の真面目さで勤勉にこういう時の対処法を習っていたのだろう。
シリウス級カノープスは、コロニー探査を目的に製造されている。その備えが命を繋いだ。
「重力異常、ムカデクワガタか⁉︎」
「確認されず! 地形の影響と思われます」
出鼻を挫かれたウィナードからの視線が痛い。
「聞こえるか、カノープス。これがコロニーの深部だ」
崖下には、黒くぽっかりとした大きな穴が開く。吸い込まれそうな、いや、実際吸い込まれていたが、喩えにならない重力の井戸の底は、光さえ呑み込むほど暗く果てしない。
やがて、すぐに重力異常は鳴りを潜めた。気紛れな猫のように、女心と秋の空とも言うが、ゲリラ豪雨もかくな自然災害には、文明の利器も太刀打ち出来ないとは。
外の理から外れた世界。ダスク・ウィナードの言葉を信じるなら、カノープスはその洗礼を受けただけのようだ。
「手荒い歓迎だな」
プリズム・フラワーが、何事も無かったかのように風に揺れていた。
「うぅ……こんなの、聞いてない……」
グリエッタも泣きじゃくって無事の報告を終えた。リラは寝ながら筋肉で耐えてみせた。
「おのれ……! 許すまじ!」
ディオネのお菓子は砕かれていた。
「……フッ。たんこぶ出来た」
「おじいちゃん痛そう」
大人たちは、また忙しそうにしていた。マナは一人、ポツンとしゃがみ込んだ。
「……ならば、我とウィナードなる輩の調査任務に赴かないか」
「おもむかなくない!」
ここに、トカゲと少女の調査隊が結成されたのである。
◆
このトラブルは、スパイ活動にはうってつけだった。
ヂィヤの下駄の音がカノープスの通路に響いたせいで途中ハナコに見つかったが、マナが美少女フィギュアを変わり身に放り投げたら、それをゴミだと勘違いして追ってくれて事なきを得た。あぶないあぶない。
「うおおおっ! ヂョセフィーヌゥゥゥッ⁉︎」
犠牲となったヂョセフィーヌには哀悼の意を表する。下駄が再びやかましくてハナコが戻ってきてしまったので、結局それも献上した。
「うおおおっ! げた……は、まあ、いいか」
そろーりとカノープスから抜け出して、ウィナードの機体に忍び寄る。
なになに?
「……信用できるのかよ、あいつら?」
「ダスク様のお決めになった事。疑うの、ハイド?」
「そうじゃねぇけど」
ダスクを信奉している少女ハイネと、それに頭の上がらない様子の少年ハイド。先の一件で力を使用した為、二人と二機も小休憩をとっていた。
機体の足元で話し込む二人に見つからないように、トカゲは羽織ったボロ布〈傷だらけの本心〉で身を隠し、そこにマナを押し込んだ。
「ねえねえ! なんか、ワクワクするね!」
「フッ……叔母たちには内緒だぞ」
「てがらはわたさねえぜ?」
「……どこで覚えてくるんだ?」
突き刺さるような剥き出しの岩肌。カノープスが落ちないように、アンティークたちが引っ張り上げている。
「モンスターの相手だって、全部俺たちがやってるじゃねぇか」
「仕方ないでしょう。彼らはゼーバとの戦闘の直後で、疲弊しているのだから」
でも、だけど。ハイド少年はそれを口癖のように繰り返し、ハイネを困らせていた。
「ねえ、なんか臭いよ、このマント」
「フッ…………ごめんなさい」
ン十年もののトカゲ汁がこびりつく。その事実は、コードネーム・ヂィヤ・ヂーヤしか知り得ない極秘事項だ。
「『アレ』の相手は、彼らにやって貰わないと。その為に、ダスク様は自ら頭を下げられたのです」
「……チッ! あんな奴らがいなければ、俺たちだけでもクリア出来たのに」
「……ねえねえ、爺。なんのこと?」
「知らん。しかし、我らに面倒を押し付けようというのだな」
「なにぃ?」
マナは臭いボロ布から勢いよく飛び出して、その端っこに足を引っ掛けてすっ転んだ。
「うわぁぁ! いたーい‼︎」
「ドジっ娘ぉ⁉︎」
「な、なんですか、あなたたち⁉︎」
「おい、こいつら、スパイしてやがったな!」
スパイはすっぱいした。
「……あ?」
スパイ、しっぱい……。
「まあ、待て、落ち着け。あっ、痛いっ、殴るな殴るな」
ヂィヤはボロ布で旗を振り、この子の手当が先だと訴えた。臭いが拡散した。
マナは必死に涙を堪えている。いたいのいたいのとんでけーの呪文は、以前ユイから教わった口伝の技だ。
「手当て……それもそうですね。あなた、お名前は?」
「うぅ……マナぁ……」
「馬鹿野郎。ほら、おんぶしてやるから」
ハイドは足を擦りむいたマナをおぶって、カノープスまで連れて行ってくれるようだった。
「気持ちの良い若人だな」
「そうでしょう? 私たちウィナードの、自慢の弟です」
ハイネは微笑ましそうにハイドを見た。ヂィヤはスパイ家族ごっこをした事を謝って、ハイネの慈愛に満ちた笑顔に見惚れていた。
「フッ……可憐じゃないか……! 美しい!」
◆
「マナ⁉︎ どうしたの、怪我してる⁉︎」
カノープスは大慌てで臨戦態勢に突入した。艦内にまたしても、けたたましくアラートが鳴り響く。周囲に敵影は無し。しかし、マナの体には雑菌が入り込んでいるかもしれない。急ぎ消毒と包帯を巻いて、二、三日、いや、一週間ほど安静にしていた方がいい。
アッシュは嫌な方に考えに考えて、クルーやハイネハイドから総ツッコミを受けていた。
「ただコケただけだろうが」
「コロニーの深部なんだぞ! マナは子供なんだ!」
「分かりますけど」
「ツバでもつけとけ」
「あっ、それってウィナードでも言うんだ」
「ゼーバでも言いますね」
「そんな事はどうでもいい! クソッ! なんでこんな事に!」
「あの人、余裕無さすぎでは」
アッシュの過保護は無視していい。グリエッタは、マナと自分との扱いの違いになんだかイライラした。ユイの消毒に、泣きべそかきながらマナは我慢がまん。
「ありがとうございます、連れてきていただいて。ほら、マナもお礼言って」
「ううっ……ありがとう……」
「いいえ。早く元気になってね」
ユイのおててを握りしめて、マナは涙ながらにもう片方の手を振った。ウィナードの二人は、笑顔でカノープスを降りていく。オーランドはクラウザの指示で狙撃の姿勢を取っていたが、何事も起こらなかったようだ。
いや、アッシュが何やら彼らに話し掛けた。
「……クロウ、カシス」
「……なに?」
ハイド少年は振り返り、怪訝な顔を見せた。
「あなた……」
仮面に隠れたアッシュの顔を覗き込む為に、ハイネは小走りで急接近を企てた。勢い余って胸板に飛び込んでしまったので、ハイドもユイも、慌てて二人を引き剥がしにかかった。
「ど、どうしたのかな? ケントくん?」
「危険だ、ハイネ! 仮面の男なんかに近づくな!」
二人は気が気じゃ無い。なんとも分かりやすい反応である。ヂィヤもなにやらショックを受けているが、気にしなくていい。
「あなたの眼、どこかで」
「分からないか。残念……いや、安心しました」
ハイネ・ウィナードは、カシスに似ていた。ハイド・ウィナードは、クロウに瓜二つだった。二人の姿は、古代アッシュの友人を彷彿とさせた。
彼らが酷似している事に理由があるのか。仮に古代人だとすれば、古代人と目されるヂィヤが何の反応も示さないのは何故なのか。
疑問は尽きないが、答え合わせをする材料はアッシュの手元には無い。
アッシュの仮面が顕現した時には、大した情報は引き出せなかった。ならば、体内に眠る願導合金の欠片たちを引き摺り出せれば、更なる情報も引き出せるやもしれない。
(その時は、ユイはまた怒るんだろうな)
アッシュは改めてマナの事でお礼を言うと、二人のウィナードを見送った。
「ん? どうしたの、ハナコ?」
ハナコは重力異常での損傷と要領オーバーとディオネのお世話疲れにより、その身に溜め込んでいたゴミを吐き出した。ディオネのお菓子の袋や食べカスやトカゲの履き古した下駄やディオネのお菓子の袋やお菓子の袋がこびりついて、こんがらがったキメラが生まれた。
「うおおおっ! ヂョセ
メアリの計算とは合わない数の飴ちゃんの個包装が出てきて、ディオネはこっぴどく叱られた。
◆
休暇とはいかないが、休息は必要である。トラブルからの解放感から、少しばかりだらけてしまっても責められまい。なによりユイには、どうしても確認しなければならない事があった。
「いつまでしてるの、その仮面」
「さあ?」
「えへへ……似合わないね? 外そうか?」
「やめろ、いたい痛い!」
「うわーーっ! 外してよー!」
「無茶言うな!」
ユイがいくら引っ張っても、アッシュの顔の下から這い出てきた仮面を剥がす事は容易では無い。
「ケントの顔が見たい!」
「写真でも見てろ」
アッシュの見た目にインストールされたのは健人じゃなくてセラだから、ユイの反応にアッシュは何だか複雑だ。
「写真じゃダメなんだよなぁ。分かってないなぁ」
「俺がどんな変化をしても、応援してくれるんじゃなかったのかよ」
「だって、なんか……デザインが、なんかダサい‼︎」
あんまりな言い草だったので、思わずアッシュも爆笑してしまった。セラには悪いが、まあ、ダサい。古代人だもん、エイリアスの仮面なんて、所詮時代遅れさ。
「笑い事じゃないよー!」
「フィール伍長って、意外と見た目とか気にするんですね」
オーランドは凄くがっかりした。ユイ・フィールという女性はそういう事に無頓着な寝癖パラダイスだと考えていたのに、他の女と大して変わらない。結局顔かよ。
「見た目? そうだね、大事だよ?」
なにを当たり前のことを言ってるんだとでも言いたげに、ユイはキョトンとした顔で答えた。
「分かりますけど。しかし、人間に重要なものは内面なのだと思います」
「……なんで敬語?」
惨雪の損傷をチェックしながら、ユイは苦笑した。オーランドの方が階級も歳も上なのに。
「少尉だって、カッコいい機体に乗れたらテンション上がるでしょ? でゅふふ。惨雪、超カッコいい…………!」
「いや別に。機体との一体感を増幅するという意味では重要だが、ただ格好つけるだけが目的なら自分で乗ってる自機の姿なんて見れない以上意味無いのでは。そもそも、ガンドールは戦闘兵器であって、モニュメントでは無い。広報的、戦略的な見た目に拘る理由、例えばブレインは正にそうだが、しかし、それ以外の戦闘兵器の見た目に拘る理由は一切無い」
「え……」
ユイは、ロボット乗りとしてのオーランドの発言にショックを受けた。こんなにも仲間との距離を感じたのは初めてだった。出会ったばかりのランスルートの塩対応より落ち込んだ。
「いや、俺が言いたいのはガンドールの事ではなくて」
「こんなダサい仮面の男より、ユイみたいなかわいい女の子の方が世間の受けは良い」
アッシュの言葉は物凄い説得力だった。ダサ仮面発言がツボにはまって、引くほど笑っている。一方、不意打ちでかわいいとか言われたもんだから、ユイは髪で口元を覆って照れ隠ししていた。
「整備兵としても看護兵としても有能だったから、もっと仕事熱心な女だと思っていた。存外俗物だった」
「この子の仕事を褒めてくれてありがとう。確かに少し前までユイはファッションとか無頓着だったんだよ。でも、ルミナたちのお陰で自分なりに頑張り始めたんだ。仕事だけじゃなくて、そっちの努力も認めてほしいな」
相変わらずアッシュのお節介と洞察力はキモかった。ジョージに頼まれた保護者代理として、この娘の沽券を守ろうとしているのだろうが、健人の頃からコイツは何故こうもキモいのか。
「ユイのあしきれいだったよ! ぷるぷるでね、きもちよかった!」
またしても暇になったマナは、ユイの脚に癒されに来た。アッシュとオーランドの視線が一斉にユイの生脚に注がれた。
「あ、うっ……。そりゃ、まあ。不快にさせたら申し訳ないから、できるだけ女子的な処理だけはなんとか頑張ってるけど」
アッシュが自分の努力を見ていてくれたことが、ユイは少し恥ずかしくて、それ以上に嬉しかった。
「女を舐めるなよ、野郎共」
ディオネがヌッと割って入ってきた。
「さっきから聞いていれば、テメェの理想を押し付けるんじゃねぇって話だよ。テメェもユイを見た目で判断してんだろうが。足見てんのバレバレだっつの」
「あっ、はい……すみません」
オーランドの平謝り。しかし、彼もディオネが女を語るとは思わなかった。動く度、ブヨブヨの腹肉が目に留まる。
「……腹見てんのもバレてるぞ?」
「しゃっす!」
格納庫までディオネを連れてきたハナコはヘトヘトになり、その場に倒れ込んだ。マナは指でツンツンしてみる。
みんなが話題にしたもんだからユイは急に恥ずかしくなって、上着を引っ張ってなんとか生脚を隠そうともじもじしながら、自分が仮面を嫌った意図を伝えようと、俯きがちにたどたどしくへっぽこに話し始めた。
「えへへ……えっと、あのね。見た目で判断したり、理想を押し付けたりは気を付けててもしちゃうよね。私も、見た目だけならイツキくんの方がカッコいいと思ったよ。どえらいイケメンが現れたって、なんかドキドキしちゃったもん。でも、なんでなんだろ。私が好きになったのはケントなんだよ。私の言葉を聞いてくれて、命に対して真面目で、困難にも諦めない姿勢が好きなんだ。好きになっちゃったら、なんだか見た目もカッコよく見えてきてさ。仕事の後なんかは好きな人の顔を見て、声を聞いてパワーもらいたくならない? こんな仕事だし、こんな世界だし、ああ、今日も私生きてるな、あいつも生きてて良かったなって感じたい。一緒の空気に浸りたい。彼の声が好き、少し癖のある柔らかい髪の毛も好き、切れ長だけどやさしい目元も好き。考え事してる時とか戦闘中の凛々しい顔も素敵だけど、普段の穏やかな顔が好き。写真もハナコに頼んでいっぱい隠し撮りしてるけど、一緒の時間を生きてる今の表情が見たいんだよ。だから、仮面被っちゃって寂しいよ」
「「お、おう」」
「私も、彼に自分の理想を押し付けちゃってるのかもしれない。いつか、あいつの全部を理解しても、ずっと好きなままでいられたら嬉しいな……」
「「そ、そうか。がんばれ」」
「えへへ……ありがとう。…………⁇ あっ!」
物凄い長文の怪文書にユイはようやく気がついて、顔からディス・エクス・マキナを噴き出しそうになるくらい真っ赤に染まった。
「ち、違っ、違くて……違うから!」
当のアッシュはマナに手を引かれてハナコの再起動に従事した後、セカンドの整備に取り掛かっており、彼女の告白を聞いてはいなかった。
マナはハナコでブンドドしながら不思議そうにセカンドの「傷」を眺めて「願力で『治』せばいいのに」と言って、アッシュを困らせた。
「……聞いてないから、セーフ!」
「おい、どういうことだ、あれ。付き合ってるんじゃ無いのか? 最早衆知のバレバレだと思っていたぞ」
「俺に言われても。バカップルなんて放っておけ、もう」
「……な、ないしょにしてね?」
自分の口の上に人差し指を乗せる「黙っててね」のポーズをするユイに、ディオネとオーランドは張り付いた笑顔で誤魔化した。
隠し撮りがどうとか悍ましいこと言ってた気がするが、気のせいだ。
「フッ……。叔母よ。我のダテンゲートの強化、忘れてない?」
重力の鎖から解放された人間の心は、世界粒子のように、遮るものなく飛び交った。




