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第十三話 歪み 7/8 化け物

 遺跡は最早形を留めず、円筒型の壁面に生え揃った街は崩れ落ち、見慣れた瓦礫の山を思い起こさせる。七首の竜が吐く毒の炎がゆらゆらと揺らめいて、彼らの横たわる世界を灼熱の地獄へと変えていた。


「七つの首、か」

 それは、同胞を喰らって新たなコアを獲得した事を意味する。分かりやすい標的の復活は、モチベーションを挫く契機となる。


 奴らは、自分にも感情があると言った。喰らった命の感情は考慮しているのだろうか。互いに納得の上の事ならば、外野が口出しすることではないのだろうが。


 アッシュの駆る隻腕のセカンドは、左肩の願導マントと、破壊したブレイン・ヒーロを盾にして、機械的に最小限のダメージで切り抜けていた。


「ユイ! マナ、ヂィヤ! ……ユイ‼︎」

 返事は無く、崩れる瓦礫とマーク・シオンの唸り声だけが、確かにアッシュの耳へと響いていた。


「ハハハ! さようなら、マーク・アイ!」


 七首竜マーク・シオンは、言葉を発した。全てのマーク・アイたちは、自らの炎で焼き焦がした。だから、不要な人型を捨てて、新しい人生へ飛び立つのだ。


「マーク・シオン……なにが、狙いだ?」


「ヒャ? 決まっている。お前らみんな、モルモットだ! ヒャッハー‼︎」


「マーク・キュリーに縛られて。自分たちの人生を生きるつもりは無いのか」


「これが俺だぞ、俺!」


 自分たちがモルモットにされた痛みを知りながら、それを他人には強要する。そんな風に他人を人と思わないような感情には、どう対処すれば良いのだろう。


 アッシュの心が陰る。頭の中で、鈍痛が蠢いた。


「……フフフ。流石は、マーク・キュリー。現代人にしては、だがな」


「ん?」


 違和感が支配する。彼にも、彼らにも。


「知っている筈だ。この、クロウカシスの名を。お前が目覚めさせた男の名を」


 アッシュの顔のその皮膚を突き破り、見慣れた、醜い仮面が浮かび上がる。体内の願導合金が、新たな姿で顕現した。


「さあ、その身に刻め……! 我が名は、エイリアス。エイリアス・クロウカシス!」


 エイリアスを名乗った仮面のアッシュは、ファングブレードから重結晶を雪崩させ、サブアームマフラーのイルミネーターを放出した。


「奔れ、雷光! ディス・プリズム!」


 放たれた閃光は結晶に反射して、枝分かれした光の全てが竜へと迫る。


「エイリアスだと? 何の真似だ?」


 願力とイルミネーターには親和性が無い。結晶に反射した時の威力の上昇効果は加速分しか発生しない。七首竜は(いと)も簡単に掌で防ぎ、エイリアス仮面への興味を示した。


 続けて仮面の男は、セカンドのマニピュレーターに備わっているライト兵器識別孔から電光を放ち、盾にしたブレイン・ヒーロに電力を供給、転生特典で願力を高速伝達した。


「寄生せよ、怠惰の糸ディリジェンス・リンクス! そして、穿て!」


 伝達した願力と電気で誤作動させたブレイン・ヒーロを足蹴にして突撃させる。怠惰の力では無い。七つの尻尾に、木っ端微塵に砕かれる。


「エイリアス? アンティークの力……? 何を馬鹿な。そんな筈は」


 頭では分かっている。しかし「マーク博士」は好奇心を止められない。後退する「エイリアス」を追って、距離を詰めていく。


「俺たちが使えない怠惰の力を、お前が使える筈が無い。第一、魔法陣も無いじゃないか」


「その通りだ。この願力では、大罪の力なんか使える訳がない。随分とアンティークとモンスターの事を勉強したみたいじゃないか、博士」


「当たり前だ! この身に体現するは、最強の力! モンスターも、アンティークすらも凌駕する、全てを超越する絶対の力なのだ!」


「フフフ……。俺の力がイミテーションだとしても、この手ならどうだ?」


 セカンドのサブアーム・マフラーに炎が湧き上がる。迸る熱が、銃口に閃光を宿らせた。


「炎……? まさか」


「流石だな。そう、嫉妬の力だ」


「だが、大罪の力は」


「このブレインセカンドには、かつてラスティネイルとライトアームが接続された。そのデータが、機体の願導合金にメモリーとして焼きついている。お前たちハイブリッド・クローンの記憶の継承と同じ原理だ」


 これは正しい。 


「そしてこの体には、純白アートに遺された我が記憶が焼き付いている。ククク……死んだところで造作も無い。お前や春歌が試行錯誤の上ようやく完成させた復活の手段を、俺は遙か昔に完成させていたのだよ」


 話の中に本当と嘘を混ぜる。エイリアスが使った手だ。純白アートから得た情報を利用して、アッシュは大罪の力を模倣しているに過ぎない。無論、彼はエイリアスでは無い。


 特異な環境に置かれた者は、正常な判断力が失われる。だから、エイリアスを名乗った男がアンティークの力を発現させるという、胡散臭い、ペテンの手口で揺さぶっただけだ。


「標的との願力の差が大きければ大きいほど、嫉妬の炎は激しさを増す。起死回生、一撃必殺の力」


「や、やめろ」


「さあ、最強のマーク・シオンよ。お前の願力は何レベルだ?」


「うわああぁっ!」

 マーク・シオンの七首の内の一つが狼狽えだした。一つの体に、少なくとも七つの意思、願いが宿っている。


「落ち着け、俺! ただの科学、化学、理科だ! 奴のペテンだ!」


 イルミネーターであるサブアーム・マフラーには、疑似ライトに必要な可燃性の高いフレア・プリズムが装填されている。火種とするなら電気でも良い。

 セカンドやブレイン・ヒーロの願導マントの切れ端でも燃やして先程の嫉妬の力を演出したのだと、六つ首の頭では分かっている。

 しかし、内包された意思の全てが「マーク博士」ではいられない。


「嫌だ! もう、痛いのは嫌なんだ!」


 マーク・アイたちの大元の記憶がマーク・キュリーだとしても、彼らにはそれぞれが生きた軌跡があった。マーク・アイたちを恨んで、明確な殺意をもって殺したのが何よりの証。


 強制融合分裂や、マーク・シオンにさせられる過程で経験した、生きたまま砕かれ切り刻まれる痛みが、その一首を恐れさせた。


 恐れは伝播する。繋がれた体と体から、心と心が剥離していく。我先にと逃げ惑い、願いを違えた「複座の願導人形」は、まともに動けない。


「目覚めろ、嫉妬の焔! 機械仕掛けの冥王よ!」


 アッシュは予備のエレクトリックバレットを投擲し、それを目掛けて、変換機に圧縮し溜め込んだイルミネーターを撃ち放った。


「爆ぜろ! ディス・エクス・マキナ!」


 焔が激しく渦を巻く。爆炎が広がって、巨大な竜を包み込む。かつて一度だけ、イツキとルミナと魔王ラスティネイルが打ち合った嫉妬の大罪、破壊の焔。


 フレア・プリズムを一度に消費したイルミネーターのイミテーション・ディス・エクス・マキナは、マーク・シオンの左腕を焼滅させた。


 相反する願いがマーク・シオンのバリアを自ら破壊した事で、セカンドの力でも巨体を穿つ事が叶ったのである。


「フハハハハッ!」

「熱いぃ! あああっ!」

 高笑いと悲鳴が谺する。仮面から覗く口元が歪む。


 仮面の下、アッシュは引き攣った笑い顔を浮かべていた。自分がエイリアスを演じる日が来るとは思わなかった。気が滅入る、自己嫌悪に苛まれる。


 狂人を演じられる自分は、間違いなく狂人だろう。そんな事は、疾うに気付いていた筈だった。今更なにを善人ぶっているのか。


 しかし、エイリアスの模倣をしてみたところで、所詮アッシュ如きではこれくらいしか足止めの手段が思いつかない。


 先程のディリジェンス・リンクスもどきを使用した際、カノープスへの短い暗号メッセージを添えて送り出していた。

「囮になる。体勢を立て直せ」慎重なクラウザなら、電波障害の中で敵機(ブレイン・ヒーロ)から送られた通信に訝しんだだろうが、ユイなら意図に気付いてくれるという確固たる信頼がある。


 出来るだけ情報を引き出しつつ、自らを囮にして仲間が救出されるのを待つ。カノープスは目立たぬよう、通信は最小限に留めてくれる筈。


「ククク……さて、次はどうする? 傲慢で押し潰すか? それとも、暴食で喰らってやろうか?」


 模造の炎で焼き続けながら、エイリアスを名乗った男はセカンドの歩を進めた。


「く、来るなぁ!」


「自分のクローンと結合されて平気なお前は、ナルシシズムの権化だ。色欲は効果があるのか試してみるか? 好きなんだろう、実験?」


「う、うわあぁぁっ!」

 イミテーション・アンティークとなった七首竜は、アッシュの偽りの力とは違って、現実に魔法陣、大罪の力を行使した。


「俺は! この身を削られ、砕かれて! それでようやくアンティークの罪を少しだけ使えるようになったんだぞ!」


 全てを拒絶する憤怒のディス・プリズム。重力で押し潰す傲慢のアーク・ドミナント。世界粒子さえも喰らって再生する暴食のエクリプス・ファング。


 マーク・シオンが使用出来たのは、この三つ。当然、現在確認されている怠惰、強欲のモンスターとも合成されたのだが、それを集めたところで、大罪の力を全て使えたわけでは無かった。


「お前如きが、なんで、どうして⁉︎」


「お前如き? そっくりそのまま返すぞ。貴様たち一人が特別だと思ったか? 誰もが特別だから、誰もが特別では無い。自惚れるなよ、外道」


 オリジナルのマーク・キュリーは、ヒトとして狂っていた。それが、どうだ。切り刻まれ、結合させられ、痛みを覚えた七首竜マーク・シオンたちの、なんと人間味の溢れた事か。


「記憶の無かったお前を拾って生育させてやったのは、このマーク・キュリーだぞ! 恩を仇で返すというのか、エイリアス⁉︎」


「恩着せがましい。この俺の力を以てすれば、転生して現代無双も容易い事。利用したのはこちらの方だよ、マーク・キュリー」


 マーク・キュリーにエイリアスが育てられたというのは、仮面からの記憶のフィードバックで知った初耳だ。最早どこまでが真実なのか、アッシュにも分からなかった。


 エイリアスという仮面を演じることで、必死に取り繕ってきたアッシュ・クロウカシスを自ら破壊する恐怖と同時に、全てを捨て去り他人になる心地良さに支配されていた。


「……成程。この施設は、どうやらオリジナル・エイリアスが使用していたものだな? あの尊大な春歌が、自分たちがハイブリッド・クローンを完成させたと言い切らなかったからな」


 エイリアスになりきる事で、アッシュは理解した。あの技術を完成させたのは、他でもないエイリアス・クロウカシス。


 奴は黒須砂月と別れた後、何かの意図を以て、この施設を利用した。


 ゼーバとの決戦でアッシュが覚えた違和感。あの時倒したエイリアスは、奴が造ったクローンだった。


 本物は、生きている。


「なんだ。偉そうに講釈垂れた癖に、結局は俺の後追いか。情けないな、マーク・キュリー?」


「黙れ!」


 エイリアスは、生きている。ニーブックを破壊した元凶の男は、今ものうのうと嘲笑って生きている。


 全ての事に理由を付けなければ納得出来ない。考えすぎのアッシュの悪い癖だ。現実は時に、理不尽を押し付けてくる。

 ……でも、しかし、だけど。


「ククク……折角だ。強欲のバンディット・レイヴンで、その願力を永遠にいただくとしよう」


「い、痛い、痛い!」

「熱い! 俺を先に冷却しろ、俺!」

「ヒャあ! 奪われてなるものか! なんとかしろ、俺!」


 他者への痛みが分からない者ほど、自身への痛みに敏感で、醜い。


「ヒャ……ヒャヒャヒャ! なら、寄越せ! お前如きを喰らって! そそ、それで、完全なアンティーク・マーク・シオンへと生まれ変わる! ひゃ、ヒャー!」


 自我を呼び起こされた七つの首は、それぞれの願いを妨げ合い、相反する願いの力が、彼ら自身を痛めつけていた。


(エイリアスは、生きている)

 その事実が、仮面の中で反響を繰り返した。

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