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2-3

「猶予をください。天空に戻るまでには、手がかりを掴んでみせますから」


 賢者さまは小さく微笑んだ。


「それが貴女の真実の心、ということですね」


 真実の心……賢者さまに会う為に必要なもの。わたしは首肯する。


「分かりました。智恵を授けましょう」

「あっ、ありがとうございます!」


 すんなり事が運びすぎて、声が裏返ってしまった。

 ふふ、と賢者さまが微笑む。


「悪戯好きの、大地の精がいます。彼を探して、指輪を貰ってください。それをすり潰して薬にして、有翼の女王たちに飲ませるといいでしょう」

「指輪を――すり潰す?」


 まったく想像がつかない。

 指輪なんて薬になるというんだろうか。


「これが、私から貴女に送ることのできる、智恵です」

「え。大地の精の特徴みたいなものはあるんですか?」

「彼は変装が好きなので、よく分かりません。それはアカシア、貴女が探すことです。ふふ」

「そんなぁ」

「頑張ってくださいね。では、元の世界に返してあげましょう」


 賢者さまの額を覆う布の、金色の模様が輝きを放った。

 視界が揺れて、賢者さまの声が遠くに響いた。


 ――もうひとつ智恵を授けましょう。アカシア、貴女がもう一度真実の心と向き合うとき、貴女は世界を救うことができるでしょう。ただ、それにはひとつだけ、真実の心の一部を代償とするでしょう……。



「カーシャ!」


 不安を顔面いっぱいで表現したアレスが、わたしを見るなり、名前を呼んできた。なんとなく気恥ずかしくてついついそっぽを向いてしまう。

 賢者さまはにこにこしながら玉座に座っていた。


「急に倒れたかと思ったら息をしてないし。だけど賢者殿は平然として大丈夫ですって繰り返すし。もう、訳が分からなくて焦ったぞ! 焦りすぎてどうしようかと思ったぞ!」


 本当に焦っていたみたいで、肩で息をしている。ちょっとだけうれしい、なんて思ったのは気のせいだ。気のせい。わたしも呼吸を整える。


「で、どうだった?」

「大地の精を探して、指輪を貰わないといけなくなった」

「それがカーシャの求めていた、賢者殿の智恵なのか」

「うん」


 アレスに問われて思い出す。そういえばどうして賢者さまに会いに行くのか、理由はまったく話していなかったんだ。


「俺もついていくぞ」

「言うと思った。どうせ嫌がっても、強引にでもついてくるつもりのくせに」

「どうして分かったんだ」

「顔に書いてある」


 はー、と息を吐きだす。

 しかたない。これも全部サンクチュアリさまの為なんだから。


「そうそう、ふたりとも」


 わたしたちのやり取りを見守っていた賢者さまが、口元に手を当てながら独特の笑みを浮かべた。


「ふふ。大地の精は、とある村によく現れると言われています」



 賢者さまにお礼を述べて、わたしたちは再び地上に出た。

 陽だまりが暖かい。眩しくて手で光を遮る。


「すぐに向かうのか?」

「当たり前じゃない。時間はないんだから」

「なぁ、カーシャ」

「何?」


 じっとアレスがわたしを見つめていたので、どきっとした。え、いきなり、何。


「……いい加減、教えてくれたっていいだろう? 君が旅をしている理由。地上の世界が夜に飲み込まれていることと、何か関係があるんじゃないのか。君は、天空から、この地上を救いにきた、神の使いなんじゃないのか」

「それは、ちょっと違う、かな」


 アレスにどうやって答えよう。頭を巡らす。わたしがサンクチュアリさまの侍女だというのは知っている訳だし。


「ただ、賢者さまのおっしゃっていた、大地の精の指輪がないと。天空にとっても、よくないことが起きる。これは確か。それ以上は言えない」

「……そうか」


 アレスが肩をすくめた。

 今、このタイミングならわたしが教えるとでも思っていたのだろうか。残念、そんな簡単に教えられるようなことではない。


「早く行こう。ここでひなたぼっこしている時間はないんだから」

「ああ」


 陽だまりの上を、2羽の白い鳥がすーっと飛んで行き、わたしたちの頭上で別れた。

 そして。


「残念だねぇ。こんなに光が暖かいのに」


 目の前にラタトスクが立っていた。


「また、あんたか」


 アレスが緊張を走らせるのがわたしにも分かった。そんなわたし自身も、ラタトスクに会うとちょっと構えてしまう。


「お前は一体何者なんだ。俺たちの邪魔がしたいのか? それとも、夜側の人間なのか、お前は?」

「怖いねぇ。だったらどうするというんだい」

「もしお前を斬って、すべてが丸く収まるというのなら――容赦はしない」

「私に君の剣は効かないのに?」

「もう一度やってみなきゃ分からないさ」

「面白い!」


 ラタトスクが、両手を腰に当てて、わたしたちを見下げてくる。


「……貴方は、何をどこまで知っているというの」


 わたしが口を開いたことが意外、のような表情をして。ラタトスクは言った。


「君は何をどこまで知っているのかな?」

「そ、それはわたしの質問よ」


 サンクチュアリさまの口癖を持ち出してきたりして。

 何か、重要なことを知られている気がしてならなかった。

 ラタトスクは厭らしい笑みを浮かべながらわたしに近づいてきた。硬直していると、そっと、ラタトスクはわたしに耳打ちをした。


「――指輪は、簡単には手に入らないよ」

「えっ」


 そして、頬にキスをしてきたのだ!


「カーシャ!」


 わたしよりも早くアレスが反応する。遅れて、わたしも何が起きたのかを理解した。思わず頬を掌で抑える。


「ちょ、ちょっと!?」

「実に面白そうだ。是非、彼の村で会おうじゃないか!」


 神出鬼没な似非紳士は、再び姿を消していた。

 わたしは力が抜けて、その場に座り込んでしまった……。

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