7話 熊と護衛と商人と
森の入り口に着いた二人は一先ず道なりに森を通っていく。
「どう?」
「いや、この辺りにはいなさそうだな。ちょっと森の中へと行ってみるか」
しばらく歩いていたが、気配がなかったので道を外れて森の中へ。そのまま奥へと行くと、数匹の狼が襲ってきたのでユーフィがさっと剣を抜き、一撃で葬っていく。その後も何度か襲われたが狼ばかりで熊の気配はない。
「狼ばっかり……」
「もう移動したのか…………っ!」
諦めていったん戻ろうとしていた要が何かを捉えて立ち止まり、辺りを見回す。
「カナメ……?」
「見つけた…………来るぞ!」
ようやく場所を特定したカナメはその方向をじっと見つめる。その先は茂みで見通しが悪く、ユーフィはすぐさま剣を構えていつでも動けるように集中する。
「右だ!」
「っ!」
暫くしんとした時間が流れていたが、要の声に反応したユーフィはすぐそこから指示通り右へと飛び退いた。するとさっきまで立っていた場所に熊が飛び出してくる。人間の大人サイズの熊、ベアチャイルドだ。
「いけるか?」
「問題ない」
一言だけかわした二人はユーフィは剣を構え直し、要は少し離れいつでもフォローが出来る位置へと移動する。こうしてユーフィとベアチャイルドの戦闘が始まった。
ベアチャイルドはグルルッと言いながら、ユーフィの方へと向かっていく。それを見ながらユーフィは深呼吸し、すっと左手に持った剣の先を相手へ向けて集中する。そしてベアチャイルドが右手を振り上げ、ユーフィに向けて振り下ろす。
「遅い」
だがあの巨大カマキリと比べれば遅く、振り下ろされる右手を相手に向けていた剣ではじきながら体をひねって避ける。そして腕を振り下ろして隙だらけの相手にもう片方の剣で袈裟切りを食らわせる。
「ガァ!」
それを受けたチャイルドベアは堪らず後ろへと飛び退いた。やはり力の弱いユーフィでは一撃ではなかなか致命傷まではいかない。それをよく理解している本人は、相手が体勢を立て直す暇を与えない。飛び退いたチャイルドベアに、銀色の髪を靡かせながら次々と素早く攻撃を仕掛ける。
どこへ逃げようともすぐさま追いかけ追撃を食らわしてくるユーフィに、チャイルドベアはどんどん疲弊していく。ここは整備もされていない森の中。本来なら足場の悪いここはチャイルドベアに有利になる。だが以前の失敗を踏まえ、ちゃんと足元を確認する冷静さがあるユーフィにはそんなものは障害にならない。冷静に相手を、そしてこの場所を把握しながら的確に攻撃をしていく。これが今のユーフィの戦い方だった。
その戦いを要は感心しながら見ていた。自分の非力を補うように手数で攻め、相手を翻弄し、その場の環境も利用していく。現に今もうまく誘導させ自分が戦い位置へと移動している。その戦い方はやはり以前の要とどこか似ていた。それ故に弱点もすぐに理解出来る要。決めの一手が無いのだ。ただひたすら攻撃を加えて相手が疲弊し切るまで待つ。だからこそここからが本当の勝負。
「そろそろか……」
そう呟きながらユーフィの相手へと視線を向けた。そこにはさっきまで色が黒かった目を赤くし、牙をむき出しているベアチャイルドの姿があった。
ユーフィは焦っていた。最初こそ順調に攻撃を加えられていたが、やはりダメージがなかなか通らない。相手は疲弊しているが、それと同時にユーフィの方も疲労がたまってきていた。こうなったら持久戦か、と思っていたユーフィは甘かった。そう、突然相手が凶暴化したのだ。目を赤くし、牙を剥きユーフィの攻撃を恐れず向かってくる。
「くっ!」
すかさず避けて攻撃を繰り出すユーフィ。しかしさっきとは違い、攻撃を食らってもなお向かってくる相手に。徐々に焦りが募っていく。さっきまではユーフィが攻撃を与えている立場だったが完全に逆になり、ただひたすら避けるしか無かった。
そしてついに捌ききれなくなったユーフィは、左手の剣をはじき飛ばされてしまう。ユーフィは相手の攻撃の隙を狙って、とっさに後ろにあった木を足場に飛び上がり、そのままくるっと一回転しながら相手の頭上を飛び越え距離を取った。
そしてこの後どうしようかと迷っていたら、後ろで控えていた要から「目だ!」という声が聞こえてくる。その声を聞いただけで焦りが和らぎ、安心したユーフィはまた深呼吸し集中する。残った右手の剣の先を相手に向けて、要の言った目を狙う。そしてまた腕を振り上げながらこちらに向かってくる相手の攻撃を体だけで避けたユーフィ。
「やぁっ!」
そのかけ声とともに、右手の剣の先は相手の目へと吸い込まれていった。
「ガァァァァ!」
その攻撃を食らったチャイルドベアはさっきまでとは違い、目を押さえながら叫び飛び下がる。そしてまた来るか、と構えていたユーフィをよそに反対方向へと逃げていってしまった。
その行動にぽかんとするユーフィだったが、すぐさま逃げられてしまうという焦りが出る。
(駄目、追いつけない……!)
さすがに逃げ足は相手の方が上だ。出遅れたユーフィはもう追いつけず、悔しさで歯を食いしばる。しかしそこで、ユーフィの横を風が通り抜ける。そう、要だ。こうなる事を予想していた要はいつでも動けるように構えており、そもそも早さでは誰にも負けないであろう要から逃げられるはずがない。
ベアチャイルドに追いついた要はすぐさま回り込んで立ちふさがる。ベアチャイルドは目の前に出てきたのが弱者である猫だと気付くとすぐさま襲いにかかる。しかし相手は要だ。獰猛な笑みを浮かべた要は向かってくるチャイルドベアの攻撃を避け、そして首をその鋭い爪で一閃。そのまま首を切られた相手は地面へと倒れ込み動かなくなる。
こうしてチャイルドベアとの戦いはユーフィはギリギリ引き分け、要は圧勝という結果に終わった。
「悔しい……」
「そ、そう落ち込むな」
ユーフィと合流した要は今、必死にユーフィを慰めている。熊相手には勝てるだろうと、巨大カマキリに遅れをとったユーフィは意気込んでいたが、蓋を開けてみれば要の助言でなんとか引き分けという結果になり落ち込んでいたのだ。
「序盤あれだけ押していたし、動きは問題なかったんだ。あとは決めの一手をどうするかが課題だ。また次頑張れば良いさ」
「…………うん」
要にほめられた事で少し調子を戻したユーフィに安堵する要。
反省が終わった所で、この熊をどうするか考え込む二人。大きさが大きさなので持って帰るには厳しい。かといってこのまま放置はもったいないだろう。
そう、頭を悩ませていると要が人の気配を感じ取る。どうやら戦っている最中に道側へと移動していたようで、そこを通る人の気配を感じ取ったのだ。
「複数いるからもしかしたら商人の馬車かもしれない。ちょっと見に行こうか」
「うん」
そう言って二人は人の気配がする方へと向かう。そして相手が盗賊などでは危険なので一先ず要が先に飛び出ていく。
「なんだ!」
そして要が飛び出た先は丁度そこを通っていた馬車の目の前だったようで、急に飛び出てきた要に驚いた馬は足を止め、その横を歩いていた護衛らしき人が剣を抜く。それに焦った要はすぐさま声をかける。
「ま、待ってくれ。俺は魔物じゃない!」
「お前は……使い魔か?」
要が喋るのを見た護衛らしき男性と女性の二人組は口を揃えながら首をひねった。と、そこでようやく追いついたユーフィが要の隣に到着する。
「カナメ、速い」
「あ、あぁ。盗賊だったら危ないから先に確認していたんだ」
「なら良い」
最初こそ置いていった要に不満を持っていたが、自分のためだと変わるとすぐ機嫌を直したユーフィ。
「で、お前達は何だ? 敵なら子供であろうと容赦はしないぞ」
ようやく我に帰った男の方が、もっともな疑問を投げかける。場合に寄っては戦闘も辞さないという姿勢を見せながら。
「子供相手に何やってるのよ!」
そんな男の頭をいきなりはたいた隣の女性。これではせっかくの威嚇も形無しだ。
「いや、しかし相手が何者かが分からないんだ。警戒するのは当たり前だろう!」
「こんなかわいい娘が敵な訳ないでしょ! 私には分かるわ!」
変な自信を持っている女性は、そう男性に言い放った後ユーフィの元へ向かう。
「私はリーナよ。あなた達は?」
「ユーフィ、ユーフィ・アインクーバ」
「俺は要、使い魔だ。」
予想外の展開に戸惑いつつも、リーナの自己紹介に返事をする二人。そんな二人の対応に警戒を解いてリーナの横へやってきた男性。
「私はテオル。さっきはすまなかった」
「いや、さっきのはいきなり飛び出した俺が悪かったから気にしないでくれ。あの反応が普通だよ」
あの場合、護衛としては警戒するのが当たり前なので、自分に非があると理解している要は特にとがめなかった。
「で、君たちはこんな所でどうしたんだ?」
そこでようやく本題に入れた二人はチャイルドベアの件を詳しく話し、そしてどうにかして持っていけないかと相談を持ちかけた。
「なるほど、確かに放っておくのはもったいないが、私達は今護衛の最中だからな……」
「話は聞きました。どうやらアイテムボックスを持っていないようですし、お二人で運んで差し上げて下さい」
テオルが悩んでいると馬車から出てきた男が声をかけてきた。その男は整えられた少し高そうな服を身に着けており、一目で商人と分かる事が出来た。
「私はゼルと言います。どうぞよろしく、ユーフィさんにカナメさん」
にっこりと笑いながら二人に話しかけてきたゼル。
「いいのか?」
「ええ、もちろんタダという訳には行きませんが…………カナメさんの方はそれを理解しているようなので大丈夫ですよ」
まさか自分の考えを見抜かれるとは思っていなかった要は驚いてしまう。人の表情を見て考えを読む商人は何人も見てきたが、まさか猫の顔を見て心を読んでくるとは誰も思わないだろう。
「その辺りは後で詰めるとして、まずは回収しましょうか」
「そうだな。 おいリオ! 暫くここは任せたぞ」
「分かったよ父さん」
テオルが声を掛けると後ろから若い男がやってきた。ぱっと見十六歳前後だろうか。どうやらテオルの息子のようだ。
「僕はリオと言います。お二人ともよろしく」
「「よろしく」」
「よし、それじゃあその場所へ案内してくれ」
リオとも挨拶を交わした二人は。テオルとリーナ、そしてゼルを引き連れてチャイルドベアの亡骸がある場所まで案内する。
そこで倒れている亡骸を見た三人は首が綺麗に落とされているのを見て驚き、そして誰がやったのかと疑問に思う。
「これは誰が?」
あまり自分の事を知られたくない要は、一先ずユーフィがやった事にしてもらった。ユーフィが自分だと答えると、テオルは少し疑うような目を向けてくる。
「まぁ、お二人にも色々あるでしょうから、あまり詮索しないでおきましょう。それよりもまずはこれをどうにかしないと」
テオルの反応に気がついたゼルはぱんっと手を叩き、この場の対処を先にするよう促した。そしてちらっと要の方を見てウインクをするゼルに、これはぼったくられそうだと不安になりつつも誤摩化してくれた事に感謝する要だった。
部位ごとに切り分け、次々とボックスに入れていくテオルとリーナ。要は大きな熊の部位がどんどん吸い込まれていくのを見ていると欲しくなってしまい、せっかくなので商人のゼルに聞いてみる事にした。
「あのボックスはどのぐらいするものなんだ?」
「どのぐらい入れられるかで値段は変わってきますね」
出来れば沢山入る物が欲しいが、生憎お金のない要はそもそも買う事が出来ない。だがある程度余裕ができたら真っ先に買おうと決心する。
「よし、これで終わりだな」
「ご苦労様です」
「で、この後はどうするつもりだ?」
「俺たちは報告のためにまたサランの村に行くつもりだが……」
「それなら私たちと目的地は同じですね。せっかくだから一緒に行きましょうか」
どうやらゼルたちもサランの村へ行くつもりだったようで、二人は一緒に行く事になった。
こうしてすべて回収し終わった面々はまた馬車のところへ戻り、サランの村へ向けて出発するのだった。




