8話 その味は
「おねーちゃん、だあれ?」
リーナさんと馬車に乗って馬車の後ろから景色を眺めつつゆらり揺られていると、後ろから舌足らずな声が聞こえてきた。声がする方へ振り向くと、そこには六歳ぐらいの女の子がユーフィの方を見て首を傾げていた。
「この子は……?」
急な登場に驚いた二人は、この子の事を知っているであろうリーナに目を向けた。
「この子はゼルさんの娘よ。道中疲れてさっきまで寝ていたの。このおねーちゃんはさっき出会って一緒に村へ行く事になったのよ」
二人の疑問に答えてくれたリーナは、その後その女の子に事情を説明する。
「えっと、サルサはサルサ。よろしくね!」
「私はユーフィ。よろしくね、サラサちゃん」
「俺は要だ。よろしくな」
二人が怪しい人ではないと知ったサラサは満面の笑みを浮かべながら自己紹介をする。その笑顔につられ、微笑みながら二人も自己紹介をする。すると喋る要を見たサラサはこれでもか、というぐらい目を見開いた。そして要に近づくとがしっと掴んで持ち上げ、笑いながらぐるぐる回り出した。
「ねこちゃんがしゃべった! かわいい〜!」
「お、おお、おおおぉぉぉ!」
子供特有の突飛押しもない行動に、驚きながら無抵抗でぐるぐる回される要。中々終わる事のないぐるぐる攻撃に段々気分が悪くなってくるが、かといって相手は子供なので抵抗すると傷つけそうなので身動きが取れない。そろそろ限界か、と思われたタイミングでリーナからストップがかかる。
「こ〜ら、あんまりするとねこちゃんが困っちゃうからそろそろ終わりにしましょうか」
「は〜い」
その一言で素直に止めるサラサ。無事解放された要はそのままユーフィのそばへとふらふらしながら行き、ぐったりとうなだれた。
「お疲れ、カナメ」
「おう、頑張った、頑張ったぞ」
よしよしといった感じで頭を撫でられた要は、気持ち良さそうにひょこひょこと耳を動かし膝の上で疲れを癒す。それを見たサラサは真似するように、要の体をなでなでする。二人に撫でられる要はご満悦だ。
「ねこちゃんかわいい〜」
「うん、カナメは可愛い」
「ユーフィちゃんも可愛いけど、カナメちゃんも可愛いわね……」
微笑ましそうにその光景を見つつ、やや身の危険を覚えるような呟き方をするリーナ。要は聞かなかった事にして、二人のなでなでをひたすら堪能するのだった。
「村に着いたぞ」
馬車の中で和やかな空間を醸し出している間に、村に着いたようだ。その声を聞いて馬車に乗っていた四人は降りていく。
馬車を降りるとそこには二人を送り出してくれた村長や村人達が集まっており、ゼルは一足先に村長と話をしている。そして二人が降りてきたのを確認した村の面々はそこへと群がってくる。
「ご無事な様子で安心しました」
ゼルとの話を終わらせ話しかけてきた村長に要はベアチャイルドを倒した事を告げる。すると、歓声が上がり村長からは深々と頭を下げられお礼を言われる。
「急なお願いにも関わらず、本当にありがとうございました」
「いや、討伐するって言い出したのはこっちだしな。それに話に聞いた通りの相手だったから問題はなかった」
「とりあえず私もまだ話がありますし、いったん村長の家に伺いましょうか」
「そう言う事ならどうぞこちらへ」
「なら私はリオとここで解体しておこう」
「それじゃあサラサちゃんは、おばさんと一緒に村の子供達と遊びましょうか」
要とユーフィはゼルと一緒に村長の家へ、テオルとリオはベアチャイルドの解体を、リーナとサラサは村の子供と遊びにと、それぞれが分かれて行動する事になった。
村長の家へと向かった三人は、中に入り腰を下ろすと早速話を始める。村長は二人が商人であるゼルと一緒に戻ってきた事に疑問を持っていたようで、まずはそこを含めて一通りの経緯を話し始めた。
「出発したあと、話に聞いていた入り口側の森の中でベアチャイルドを見つけてな。予想通りの相手で倒すのは特に問題はなかったんだが、それを運ぶ手段が無かったんだ。そこで丁度ゼルが通りかかったんで、運ぶのをお願いしたという訳だ」
「私も商人の端くれ、あのベアチャイルドをそのまま放置するのは見過ごせず、これも何かのご縁ですしそのお願いを引き受けたのです」
「なるほど、そう言う事でしたか。なにはともあれ、お二組とも無事で何よりです」
要とゼルの話を聞いてようやく疑問が解けた村長は、問題が解決した事も相まってほっと胸を撫で下ろした。
「それでは、私の話に移りたいのですが……今回も問題ないですか?」
「ええ、いつもの量を用意出来ております」
そういって村長は家の奥から何かを取りにいく。そして暫くすると袋を二つ持って戻ってきてそれをゼルさんの前に置いた。
「両方とも…………間違いないですね」
その袋を開けて確認し、問題ないと判断したゼルは笑顔で頷いた。その時漂ってきた匂いを嗅いだ要は、急に立ち上がりゼルへと詰め寄った。
「その匂いは、胡椒に…………唐辛子か?」
「え、ええ、良く分かりましたね。その通りです」
「珍しいのか?」
「そうですね、塩ならよく出回っていますが、この胡椒や唐辛子の数はそれ比べると少ないですね」
知っている香辛料を見つけ、それで調理したお肉を想像してよだれを垂らしそうになる要。猫になってからというもの、すっかり食いしん坊になってしまっている。
そんな要の考えを察した村長はまた奥へと行き、小さな袋を二つ持ってきた。
「よければどうぞ持っていって下され。まだ在庫はありますし、今回の依頼料という事で」
「いいのか!?」
村長の提案に要はものすごいスピードで食いついた。どこまで食べたかったのだろうか。これでおいしいお肉が食えると要はほくほく顔で、そんな要を見てユーフィはかわいい、と呟きながら癒されている。どんどん要の威厳が無くなっていっている気がするのは気のせいだろうか。
「それで、あのベアチャイルドはどうしましょうか?」
「そうだな……」
ゼルの問いに崩していた表情を引き締めて暫く考え込む要。そして一つ提案をした。
「それは買い取る事は可能か?」
「それは問題ありません」
「ならまるまる買取で。その買取金額から今回の運び代を差し引いてくれたら良い。…………あ、やっぱりお肉の部分は少しもらいたい」
「ええ、分かりました」
最後の付け足しに、少し笑いながら了解したゼル。そしてすぐさま頭の中で計算する。どうやらこうなる事を予想して事前にある程度チェックしていたようだ。
「お肉はどのぐらい入りますか?」
「あんまりもらうと持ち運ぶのが大変だからなぁ……」
「たしかお二人はウォーレインに向かうんでしたよね? でしたら私達もこの後向かうのでそこでお渡ししましょうか」
「お! それは助かる!」
ゼルたちはウォーレインからこの街へ買い付けに来てまた戻る予定だったので、要にとってはちょうど良かった。それならと買取のお金もそこでもらう事になった。
一通りの話が終わった所で、狙ったかの様に誰かのお腹がくぅっとなった。要が隣を見るとユーフィが少し顔を赤くして俯いていた。それも仕方ない事で朝に村を出発した二人だが、なんだかんだでバタバタしながらお昼も食わずに村へ戻ってきた。そして今はもう日が暮れ始めていて夕食の時間だ。
その音を聞いて要もお腹がすいてきて、さらにさっき嗅いだ香辛料の匂いも合間って、我慢出来なくなって一つ提案する事にした。
「せっかくだからベアチャイルドの肉を使って宴会でも開かないか? せっかくお肉の調理に最適な香辛料もある事だし。もちろんその分のお肉も買取金額から引いてもらって構わない」
「それはいいな」
その提案に返事をしたのは、解体を丁度終わらせ報告しにきたテオルだった。テオル達も要とのバタバタで昼食を食べ忘れていたので、要の提案は渡りに船だった。
「そうですね、私もさすがにお腹がすいていますし、たまにはぱーっとやりますか」
「それなら私も村の者を集めて準備を始めましょう」
主に男性陣が乗り気になり、あれよあれよという間に宴会の流れになる。そしてみんな楽しそうに笑いながら準備をし始める様子を、お腹がすいていた事も忘れて見つめるユーフィ。
「みんな……楽しそう……」
「そりゃあ宴会だからな。それにこういうのも旅の醍醐味だ。出会ったばかりの人とも気が合えば、宴会開いてどんちゃん騒ぎ。こうやって色んな人と交流を深めるのも楽しいものだぞ?」
「そうだね……見てるだけでも……本当に楽しそう……」
村長の家を出た二人は、村人総出で楽しそうに宴会の準備をしている様子を見つめる。外で遊んでいたはずのサラサ達も、村の子供達と協力しながら出来る事をしていた。
「ほら、ユーフィも見てるだけじゃなく一緒に準備から参加しないとな! さあ、行くぞ!」
「うん…………うんっ!」
ぴょんっとユーフィの肩から降りて準備している人たちの方へと向かう要。そして、この楽しい輪に入るべくユーフィも一緒についていった。
「皆さん準備は整いましたかな?」
準備が終わった頃には辺りは大分暗くなっていた。しかし、周りで火を起こしているので、その明るさのおかげでそこまで暗くなかった。
準備が整った事を確認した村長は、要とユーフィの方へと目を向ける。それに会わせて他の人も二人へ目を向け、一気に注目された二人はなんだか気恥ずかしくなる。
「それでは、今回この村に戦ってくれた、そしてこの宴会の為にお肉を提供してくれたカナメさんとユーフィさんから一言いただきましょう」
「ふぇっ!」
よくある宴会の乗りに、こういう経験が初めてのユーフィは変な声を上げ戸惑ってしまう。それに比べ要はというと、この流れを予想していたようで特に慌てず、かわりにあわあわしているユーフィを見て楽しんでいる。さすがにそろそろ助けないとかわいそうか、と思った要は村人全員に聞こえるよう声を上げた。
「みんな、急な提案だったがこうやって準備してくれてありがとう。さぁ、みんなを困らせていた熊を、思う存分堪能してくれ!」
その言葉に合わせておー! っというかけ声が上がる。そして次はユーフィの番だ、
「えっと、あの、きょ、今日は楽しんでいって下さい!」
慣れないながらもなんとか一言言えたユーフィをみんなが微笑ましそうに見ながら、これまたおー! っとかけ声が上がる。そしてこれを合図に宴会が始まった。
なんとか大役を終えた二人は、さぁ食べようかと思っていたが次々と村人達に「ありがとう」「助かった」という声をかけられて言った。そんな言葉にじわっと胸が熱くなるユーフィ。そしてそれが一段落して、ようやくお肉を食べたユーフィは、自然と涙を流した。
「ユーフィ?」
「みんなからお礼を言われて嬉しくて……このお肉も美味しくて……それにこんな温かい時間を過ごすのが久しぶりだったから…………」
まだまだぎこちないが、それでも要とであってからは一番の笑顔を見せ、そして悲しさからではなく、嬉しさで涙を流すユーフィを見て要も笑顔になる。
「まだまだ始まったばっかりだ。もっともっと楽しい事を満喫するぞ!」
「カナメ…………うん、ありがとう」
こうして、この日の夜は笑顔があふれながら過ぎていった。




