5話 猫の師匠
要は好きなだけ、と言った事を後悔していた。泣き止んでくれた事は良かったし、楽しんでいるのもいい。ただ長い、ものすごく長かった。ユーフィはどうやら要の肉球にはまってしまったようで、一心不乱に堪能する。ユーフィが満足した頃にはもう要はぐったりしていた。
気を取り直した要はユーフィの方を見る。完全とは言えないだろうが、ある程度吹っ切れたような顔をしていた。
「もう大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
その返事に胸を撫で下ろす。ここまでして効果が無かったら、くたびれ損になってしまうところだった。
「ならユーフィが幸せになる為にこれからの事を考えようか。何かしたい事はないか?」
要の問いかけにユーフィはしばらく考える。そして中々思いつかないのか、だんだん首を傾げていく。
「したい事…………なんだろう?」
分からないのも無理ないか、と思う要。この半年ずっと復讐の事だけを考えていたのだから、いきなりやりたい事と聞かれても思いつくはずもない。もしすぐ思いつくならあんな事にはなっていなかっただろう。
そこで少しでも参考になればと、自分の時の体験を元に色々と提案する事にした。
「俺の場合はありきたりかもしれないが、食事と観光だったかな。病気だった頃は何を食べても味が分からなかった。だから、始めて異世界の料理を食べて味が分かったときは自然と涙が出たんだ。それ以降旅をしながら色んな食べ物を楽しむのが密かな楽しみだったよ。あとは旅をする上で色んな街や景色をみて感動したこともあった。こんなにきれいな景色があるのかってな」
ユーフィに説明しながら昔の事を懐かしんだ要は、一番美味しかった料理を思い出しよだれを垂らしてしまう。はっとして、慌てて手で拭い誤摩化そうとしたがユーフィにはばっちり見られていた。
「なら私も旅をしながら美味しいものを食べる」
「言っておいてなんだが、いいのか? あくまで俺の場合だったんだが」
「いい。多分今の私だと何も思いつかない。それに旅をしながら他の事を探しても良い」
これでもユーフィは商人の娘だ。元々両親と同じように商人として各地を巡ってみたいとも思っていたので、要の提案を否定する要素はなかったのだ。
「それとは別に…………私に戦い方を教えてほしいの」
「戦い方?」
いったん言葉を区切り、その後何かを決意した目で教えを請いたいと言った事に要は驚いた。
「うん。生きていく為に、そして私のような人を増やさないように誰かを助ける力が欲しい」
「でも、今の俺は猫だぞ? 教えるにしても限度があるが……」
「それでもいい」
その力強い意思に、しばらく考えた要は折れてしまう。どのみち旅をする上ではある程度戦う力がないと不安がある。とうしようか、とは思っていたがまさか猫である自分に頼んでくるとは思っていなかった。
「よし、分かった。この体だと実際に見せて教えたり出来ないから全て口頭になるが……出来る限り頑張ろう」
「うん、よろしくお願いします、師匠」
師匠。そう言われた要は嬉しいような、むず痒いような何とも言えない感覚に教われる。
(そう言えば俺の師匠も初めて呼んだ時、照れくさそうにしながらも喜んでたよな。そうか、こういう気持ちだったんだ)
あの時は恥ずかしがっている師匠が面白くてからかっていたが、いざ自分が言われる立場になった要は反省する。もちろんその時はからかい過ぎて師匠にぶっ飛ばされていたが。
「師匠、どうしたの?」
そんな事を考えていたら、また師匠とユーフィに話しかけられ動揺してしまう。やはり師匠呼びは慣れない。
「あー……ユーフィ。呼び方は最初と同じようにカナメでいい」
「…………? ししょ、カナメがそういうなら」
どうやら要が恥ずかしがっている事はばれていないようで、ちょっと首を傾げるぐらいですぐに呼び方を戻してくれた。
「……ごほん、それじゃあこれからよろしく、ユーフィ」
呼び名が音に戻った事に安心したか要は、そういって右手を差し出しユーフィと握手を交わす。
こうして猫と少女の師弟関係が生まれたのだった。
「さっそく修行だ、と言いたい所だがさすがにここではな…………」
そういって周りを見渡す。ここは古びた小屋で、雨風は凌げるだろうが人が住むような場所ではない。
「一先ずどこかの街に行ってしばらく腰を据えて生活を整えようと思うんだが、この近くに街はあるのか?」
「んー、この辺りで大きい街はウォーレイン。私は行った事はないけどお父さんとお母さんがよく仕入れにいっていた。ただちょっと遠いから間にあるサランの村で一回泊まらないといけないかも」
「よし、それじゃあまずはサランの村を見つけて、そこでウォーレインまでの道を尋ねようか」
行き先が決まった二人は街に向かう準備をする。まだ日は高く、ユーフィの話によれば村なら今からでも十分着くようだ。
小屋を出て要が歩き出そうとすると、急にユーフィに持ち上げられ、そのまま肩に乗せられてしまう。おぉ! っと驚いた声が出た要だが、特に抵抗せずおとなしく肩に乗せられた。
「いきなりどうしたんだ?」
「せっかくだからお話ししながら行きたい」
確かに今の要の体だと体格さもあり、一緒に歩きながら話はしにくいだろう。特に反対する理由もなく、むしろ周りの気配に集中出来るので特に反対しなかった。
「街に着いたら俺も勉強しないとなぁ……」
「勉強?」
やっと小屋を出発した二人はすぐに話を始めた。
「あぁ、俺はこの世界のお金や国の名前といった、基本の事から何も知らないからな。さすがに勉強しないと今後まずい事になりそうだ」
「なら私の知っている範囲出よければ教える」
「いいのか?」
「問題ない。街に着くまでまだ時間はたっぷりある」
父親の本を小さい頃から読んでいたユーフィは、他の同年代の子供よりは知識量が多く、基本程度ならば教えるのに問題がないのだ。
こうして要は道すがらユーフィに教えを請う事になった。
まずこの世界には大まかに分けて四つの種族があり、人族・獣族・妖族・魔族となる。そしてそこからさらに細かく分かれるのだ。獣族だったら犬族・猫族、妖族だったらエルフ・妖精といった感じだ。
そして今二人が居るのは人族の大陸で、向かっている村はサランという。
お金は四種類あり、銅貨・銀貨・金貨・光貨で銅貨100枚で1銀貨というように100枚で上のランク1枚分になる。
魔法は火・水・土・風・氷・雷・光・闇の全部で八属性あり、各種族がそれぞれ二属性ずつ司っている。人族は水と雷、獣族は火と氷、妖族は風と土、魔族は光と闇だ。
「そして今向かっているウォーレインの街は水を司っていて水の街と呼ばれている、らしい」
「らしい?」
「行った事がないから。聞いただけ」
ユーフィの説明を聞き終わった要は感心する。思った以上にしっかりとした説明で、とても分かりやすかったからだ。この世界の学習率が高いのか、はたまたユーフィが物知りなのか……。
「そういえばこっちの世界にもギルドってあるのか?」
「あるよ、たしかランク制でFからSSで一般的なランクはCからB。各ランクに合わせた依頼があったりする。ギルドについてはあまり知らないからこれぐらい」
「いや、あるって分かっただけ十分だ。これでしばらくの生活の目処が立ちそうだ」
「そうなの?」
「あぁ、街に着いたところでお金が無かったら宿にも泊まれないからな。ギルドがあるなら俺たちでも依頼を受けて生活費が稼げる。それに討伐系の依頼があるならユーフィの修行にもなるからな」
「なるほど、一石二鳥なんだ」
ギルド以外での稼ぎ方を知らなかった要はこの世界にもギルドがあってほっとする。もし無かったら生活すらままならなかっただろう。とくに要は猫なので稼ぎようがない。ユーフィはギルドに関わった事が無かったのでピンと来ていなかったが、要の説明を聞いて納得していた。
「ということでまずは村に行って今夜泊まる所を捜そうか。ってそういえば、今日の分の宿泊費とかってあるのか?」
肝心な事を聞き忘れていた要は慌てて確認を取る。
「それなら問題ない。しばらくは持つはず」
もともと持っていたお金を見せられた要はまたまたほっとする。色々と抜けている要である。
そうこう話しているうちに、目の前に森の出口が見えてきて光が射す。数日間彷徨って探してきたものが目の前に現れ、要は感動に震えていた。その事を知らないユーフィは特に何も思わずそのまま先に進む。対照的な二人である。
出口が近づくに連れてどんどん光が強くなり、そして森を抜けた途端、強い日の光が二人を襲う。ずっと森にいた二人は久々の日の光に目を細め、徐々に開いていく。
そして日の光に目が慣れた二人が見たものは、広大な平野であった。どうやらこの森は比較的高い位置にあったようで森の出口から辺りが見渡せる。そしてその森の出口から続く道の先には村が見え、そこから先にある森を抜けた所にはうっすらとだが街が見えた。ここからでも見えるぐらいだ、相当大きいのだろう。
この光景を初めて見た二人はしばらく無言でその景色を眺める。そしてしばらくした後ユーフィがぽつりと呟いた。
「カナメが言っていたこと、少し分かった気がする。この景色はすごい」
「だろう? それに初めて見た景色でこれだ。きっと他にもっとすごい景色があるはずだ」
「それは…………見てみたい…………!」
たかが景色、という人も居るかもしれない。だがこの二人にとって、この景色は何物にも代え難い思い出となったのだった。
「よし、それじゃあ街に向かうか。この距離だったらあまりゆっくりしてられないな」
「うん」
その景色を堪能した二人はまた歩き出す。まずはサランの村に向かって。




