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猫と少女の師弟関係  作者: 猫野 甚五郎
第一章 師弟
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3話 少女との出会いとかつての自分

 要は木の上に登り、この場を観察する。巨大カマキリと戦っている少女は背丈が低めでぱっと見12歳ぐらい。特徴としては綺麗な銀色をした長い髪がある。少女の動きに合わせてその銀色の髪がサラサラと流れていき、とても綺麗なのだ。

 その少女はというと両手に一本ずつ剣を持ち、巨大カマキリと対峙している。その剣は普通の剣よりも細めで、どちらかというとレイピアに近いかもしれない。

 それだけ細ければあの巨大な鎌を受けたら折れそうだが、少女は攻撃を正面から受けずにその剣で流し、上手くいなしていた。


 それを見ていた要は感心する。これでも勇者をやっていて戦闘についても色々と勉強していた。時には師事していた師匠にぶっ飛ばされ、体に教え込まれることもある。そのことを思い出した要は懐かしさから自然と笑みがこぼれた。

 なのである程度相手の動きを見れば力量を測れる要から見ても、少女の動きはなかなかのものだった。勿論まだまだ荒い部分はある。が、その年から考えればかなりのもの。そしてその動きと綺麗な銀髪が組み合わさり、戦闘中にもかかわらずその様子はとても美しかった。


 少女は自分の力をよく分かっている。真正面からぶつかれば自分が力負けする、と。なので剣で相手の攻撃を流して威力を殺し、最小限の動きで捌いている。これは要の戦い方に似ていた。しかしこれは一歩間違えば死に繋がり、よっぽど腕に自身があるか経験がないと到底出来ないものだ。要ですらこの戦い方を出来るようになるまで一年は掛かっている。普通なら恐怖で大きく避けてしまうだろう。


 この戦い方を見て要は、それだけ自身があるのか? と思い少女の顔を見る。ここで初めて少女の顔を見た要は、目を見開き思わずつぶやいた。


「あの目は…………!」


 そう、要が驚いたのは少女の目だった。その少女の目は自信に満ち溢れているわけでもなく、恐怖が宿っているわけでもなかった。それは何も宿しておらず、何もかも諦めてしまった者の目をしていた。そしてどんなギリギリの攻撃が来ようとも表情を崩さず、ただ淡々と捌いていく。


「あの娘は、かつての俺だ……」


 日本にいた頃の要は病弱でずっと病院に過ごしていた。それでもいつか退院し、普通の生活を送れる事を夢見て勉強は欠かさなかった。しかしその思いも空しく、手の施しようがないと余命を宣告された。それからはただひたすら死を待つのみだった。こうして要は生きることを諦め、もうすぐ来るであろう自分の死を受け入れていた。その時に一度鏡で自分の顔を見たことがあり、それはもうひどい顔をしていた。その時の目が丁度あの少女と同じような目をしていたのだ。生きる希望を失い、何も宿していない目を。両親もその顔を見て物凄く泣き、抱きしめてきた事を思い出した要は、今差ならがら申し訳なくなってしまう。


 それにしてもあの少女に一体何があったのだろうか。到底あの歳でする目ではないだろう。

 要がそうやって色々と考えを巡らせている間に、少女と巨大カマキリの状況が変化していた。少女のほうが体勢を崩してしまったのだ。どうやら敵の攻撃を捌くのに気を取られすぎて足元が疎かになり、足を引っかけてしまったようだ。ここは森の中で何も整備されていない。なので折れた木々が散乱し足場としてはかなり悪くなっている。魔物からすればどうということはない環境だが、少女からすれば最悪以外の何ものでもないだろう。


 もちろん巨大カマキリがこの隙を見逃すはずもなく、少女が立て直すまえに倒そうとすかさず攻撃を仕掛けていく。少女の方も体勢を崩した状態で何とか捌くが、さっきまでの精度は無くどんどん追い詰められていく。

 そしてついに捌ききれなくなり、相手の攻撃を真正面から受けてしまった。少女は何とか剣で受け止めたものの、力ではかなわずそのまま吹き飛ばされ後ろにあった大木に激突する。何とか立ち上がろうとするが激突した衝撃で上手く体を動かせず、しかも吹き飛ばされたときに武器を放してしまい、少女の手元には何もない。

 巨大カマキリが近づいてくる中何とか動こうとする少女だが、その体は言うことを聞いてくれない。やがて少女は諦めたように体から力を抜き、大木に身をゆだねる。そして一瞬向かってくる巨大カマキリを見た後、ゆっくりと目を瞑り間近に迫る死を受け入れた。


「だめだ!」


 その時ようやく要が動き出した。少女を自分に重ね、色々と考え込んでしまっていたのでギリギリになるまで反応が遅れてしまったのだ。

 巨大カマキリはもう少女めがけて鎌を振り上げていた。間に合え! そう心の中で焦りながらその振り上げた鎌を切り落とすべく、今までにないスピードで駆け抜ける。弱点は分かっている。威力も十分だ。後は間に合うかだけ…………。





 その時、少女はなかなか来ない自分の死に疑問を覚える。正直少女はここで死んでもいいと思っていた。このまま生きていてもしょうがない、と。しかし一向にその死は訪れない。それどころか巨大カマキリの悲鳴が聞こえてくる。それに驚いた少女は何が起こっているのか、そう思い瞑っていた目を開けてみる。そこに現れたのは鎌を切り落とされてもがく巨大カマキリと小さな猫がいる光景だった。





「ま、間に合った…………」


 間一髪間に合ったことに安堵する要。そしてそのまま巨大カマキリを倒しに掛かる。もがいている内に羽も切り落とし、以前戦った時と同じ状況になった。なんとか抵抗しようとする巨大カマキリだが、その素早い動きについていけず全身を切り刻まれて徐々にダメージを与えられていく。そして最後はその頭を一閃。

 こうして少女の命を刈ろうとした巨大カマキリは、この小さな猫に命を刈り取られたのであった。


 戦闘を終わらした要はあちこち汚れていたため、何時も通り体をきれいにする。それが終った後、少女の元へゆっくりと歩いていった。そして大木の根元に座り込んでいる少女の目の前までやってきた要は、安心させるようにニャーと可愛らしく鳴いた。


 戦闘中は一切表情を変えず、死の間際までそれを崩さなかった少女。しかしその一連の流れを見て目を見開き、ぽかんと口を開けて驚いた。


 そしてその少女の様子を見て、この娘はまだ大丈夫だ。そう思う要であった。





「猫…………?」


 ゆっくりと近づいてくる要をみて少女はそう呟く。

 その呟きを聞き、猫だと言われた要はそういえば今の俺は猫なんだよな、とあらためて実感する。もう身も心も猫である。

 少女を目の前にした要はさてどうしようかと悩んでしまう。今まで喋っていた要の声は人間である少女からすると、ただニャーニャーと言っているようにしか聞こえない。

 そこで要は閃く。さっき巨大カマキリを倒したのだからなにかこの状況を打破するスキルを覚えていないのかと。さっそくステータスを見た要は、スキルの項目に増えていたものを見て内心ガッツポーズをする。そこには猫訳にゃんやくと書かれてあったのだ。


猫訳にゃんやく:あらゆる言語を理解し、発することが出来る。また動物とも会話できるようになる』


 まさにこの時のためにあるようなスキルである。あまりにドンピシャ過ぎて怖いぐらいだが一先ず考えないことにした。まずはこの場をどうにかするのが先だからだ。

 さっそく少女に話しかけようとするが、ここに来てから初めての会話だ。正直上手く話せるか分からなかった要だが、一先ず挑戦する。


「えーっと、はじめまして。俺の言葉は分かるかな?」

「あれ…………急に…………喋った…………?」


 それを聞いた少女はさらに驚きまた目を見開く。それを見てしょうがないか、と思う要。実際さっきまでニャーニャー鳴いていた猫が急に人の言葉を喋れば、きっと少女と同じ反応をするからだ。

 しかし、このままだと話が進まないので少女を安心させるような言葉を選び、軽く説明をすることにした。


「驚かせて悪い。こんな体をしているが一応心は人間なんだ」

「…………そうなの?」


 心は人間なんだ、という言葉を聞いた少女はすこし冷静さを取り戻す。中身は人間だという方が、ただの猫が喋っているより幾分ましだろう。そう思って要は言ったのだが、普通はそんな事を言われても信じない。しかしこの少女は純粋で、その言葉を全く疑わなかった。

 こうして少女が落ち着くのを待った要はそのまま自己紹介に移る。


「俺の名前は時任要ときとうかなめ。カナメと呼んでくれれば良い。君が危なそうだったからつい割り込んでしまった」

「私はユーフィ・アインクーバ。ユーフィでいい。危ない所助けてくれてありがとう」


 自己紹介をしたことで少女――――ユーフィの警戒心も薄れ、逆に要への興味がわいているようだ。そしてそれに気がついた要は安心する。


(どうやら俺に興味を持ってくれたみたいだな。さっきよりも生きた目をしている。そう思うとある意味こんな体でよかったか)


 さっきまでの諦めの目はそこにはなく今のユーフィの目には少しだが光が宿っていた。これならまだ希望はあると思いさらに話を続ける。


「色々と聞きたいことがあるんだか、少し長くなりそうだからどこか落ち着ける場所をは無いか?」


「それなら少し歩いた所に、私が使っている小屋がある」

「じゃあそこに案内してもらっていいか?」

「大丈夫。付いてきて」


 こうして二人は小屋を目指して歩き出す。

 これが要とユーフィのはじめての出会いだった。

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