29話 トラップ
「や、やっと終わったのですよ…………」
浄化が始まってから数十分、そこには疲れ果てたクーちゃんがいた。時折泣き言を言いながら逃げ出そうとするクーちゃんを捕まえて戻し、なんとか最後まで浄化しきれる事が出来た。
「お疲れ、クーちゃん」
「もう二度としたくないのですよ…………」
ぽてっと要の背中に倒れこみ、疲れを癒すクーちゃん。わさわさと要の毛並みを堪能していた。急に背中をまさぐられ、ぞわっとする要だががんばってもらった手前、何とか我慢する。
浄化し終えた神殿はさっきまでの黒さはなく、元通りの白い神殿に戻っていた。ただクーちゃんが言うには外は目で確認できたのですべて浄化できたが、見えない中がどうなっているか分からないとの事だ。
なので慎重に神殿の中に入る事にする四人。体力が戻った要はスーちゃんから降りて自分の足で歩いていた。浄化をがんばったクーちゃんはまだ要の背中にまたがって楽している。
神殿の扉を開くと、大広間があると思いきや現れたのは小部屋。そこから左右に通路が分かれていた。
「これはどっちだ?」
「どっちに進んでも同じところに出るのですよ~」
この神殿の構造は左右対称になっており、どちらに進んでも同じ場所へと出てくる。左右通路は真ん中にある大広間を囲むように伸びているようだ。こんなところで時間をとってもしょうがないので、要の直感により右へと進む。
その通路は外にある朽ちた建物たちよりかは綺麗だが、それでも長年の歳月によち、左右の壁はちょっと触っただけでも表面が崩れそうなほどぼろぼろになっていた。
「なんか神殿というよりちょっとしたダンジョンだな」
そのぼろぼろ具合から、魔物が出てきそうな雰囲気。要の言う通り神殿というよりかは神殿を模したダンジョンといったところか。
「カナメはすごいのです、そのとおりなのですよ!」
要は何気ない一言のつもりだったので、まさか肯定されるとは思わなかった。嫌な予感がしつつもどういうことかクーちゃんに聞いてみた。
「昔この神殿を荒らす人がとっても多かったのですよー。そんな人からこの神殿を守るためにクーがちょちょっと弄ってトラップを作ったのですよ。だからダンジョンというのもあながち間違いではないのです!」
もちろんクーちゃんがやる事なのでこれだけでは終わらなかった。最初は侵入者を追い出すためのちょっとしたトラップだけだったのだが、それが予想以上に楽しかったのだ。なのでそれから様々なトラップを作り、至る所に仕掛けはじめた。
そのトラップがなかなかにえげつなかったため、噂が広がり結界的に神殿を荒らすものがいなくなってよかったのだが…………。
「ついトラップ作りにはまりすぎて、侵入者がいなくなってからも作っちゃったのです。なので今も発動していないトラップがたくさん残っているのです」
「だめじゃねえか!」
要の鋭い突っ込みに頭を抱えながらスーちゃんの所へ避難するクーちゃん。
「でも作った本人が居るなら問題ない?」
「ん? ああ、そういえばそうだな」
ユーフィの言うとおり、トラップを仕掛けた本人がここに居るのだから避けるのはたやすいだろう。たとえ引っかかっても解除方法も分かっているだろう。
が、その会話を聞いたクーちゃんは盛大に焦っていた。そして誤魔化すようにあさっての方向へ向きふけない口笛を吹く。まるで疑ってくださいといわんばかりの誤魔化し方だが、これでも本人は真面目に誤魔化そうとしているのだ。
「そこのダメ精霊。ばればれだからさっさと吐け」
「ダメ精霊なのです!?」
ついにダメ精霊の烙印を押されてしまったクーちゃん。なんども同じパターンを繰り返された要の言葉も大分辛らつになっている。
「うう、つい調子に乗って作りすぎたのでどこに何があるのか覚えてないのですよ……。そもそも作ったのは大分前なのです……。そうです、覚えてないのは当たり前なのです!」
「いばるな」
「この勢いならいけると思ったのですが、やっぱりダメだったのです……」
またまた誤魔化しきれなかったクーちゃんはふらふらとスーちゃんの方に倒れこむ。しかしそこで何かを思い出したクーちゃんはばっと顔を上げた。
「思い出したのです! トラップは侵入者にしか発動しないように設定しているのです。なのでクーが入れば発動しないのですよ!」
今度こそどうだ! と言わんばかりの笑顔で言い放ったクーちゃん。その言葉が正しければ確かにクーちゃんがいれば問題ないだろう。
「でも今は黒い水に浸食されている。もしトラップも侵食されていたら俺たちも侵入者と認識されるんじゃないか?」
「あ、なのです」
ガコン
ちょうど通路の先にある小部屋に入った瞬間、その要の言葉を肯定するかのように入り口が塞がれてしまい、出られなくなってしまった。
そしてお約束のように天井に穴が開き、そこから大量も水が落ちてくる。
「がぼぼっ!」
運悪く水の落下地点にいた要は、大量の水を被り溺れそうになる。慌ててユーフィがその場から要を救い出し、何とか何を逃れた。が、全びしょびしょになり前身の毛がべっちゃりと体にへばりついていた。
「ひ、ひどい目にあった…………」
ぷるぷると体を震わせ全身の水気を飛ばす要。ちゃんとユーフィの方に飛ばないようにもしている。
「しかしこのままだと溺れてしまう……」
こんな話をしている間にも、どんどん水かさが上がっている。もうすでに要の体が全部つかるぐらいの高さになっていた。
何か解除方法はないかとクーちゃんに聞こうとした要だったが、これまた腰に手を当てニコニコするダメ精霊の姿が目に入ってきた。
「ふっふっふ。このトラップは侵入者を溺れさせるためのものなのです。しかし! クーもスーちゃんも水の精霊、水の中でも溺れる事はないのですよ!」
「俺たちは溺れるわ!」
「そうだったのです、大変なのです!?」
ようやく事の重大性を認識したクーちゃんはわたわたとしはじめる。すでに水位はユーフィの膝上辺りまで来ていた。ちなみにスーちゃんは水にぷかぷかと浮き、水面を漂っている。
「慌てるな。大抵こういうトラップには後から水が抜けるように何処かに栓があるはずだ。それを思い出せば問題ない」
要からしたらこのトラップは定番中の定番。それゆえに対処法も分かっておりそれほど焦りはなかった。だが一つ忘れている事がある。そう、このトラップはクーちゃんが作ったという事だ。
「思い出したのです!」
「お、本当か! で、どこにある?」
「水抜き用の栓を作り忘れたのです!」
「あほかぁぁぁ!!!」
「ごめんなさいなのです~!」
この言葉をきっかけに、ついに要も慌て始める。すでに水位はユーフィの腰辺りまで来ていてあまり時間は無い。
「もういっそこの壁壊すか…………」
「そ、それはだめなのです!」
冷静さを失った要はついに最終手段に出ようとするが、クーちゃんに止められてしまう。スーちゃんも焦ったように体をぷるぷる震わせながら水面を漂っていた。
この中でただ一人、まだ冷静なユーフィは何かを思いつき天井を見上げる。そして水が降り注いでくる天井の穴に向けて手をかざした。
――――アルア――Ⅰ――行く手を阻む氷壁――――
ユーフィの魔法が発動すると、天井の穴をふさぐように氷が張られ落ちてくる水がせき止められた。しかしユーフィの魔素数では強度の高い氷は張れず、水圧によって氷が割れ始めてしまった。
「カナメ、お願い」
「あ、そうか! 『にゃいす』」
ユーフィの行動でようやく気がついた要は、慌てて魔法を発動。ユーフィでは穴の周りが限界だったが、要の魔法により部屋の天井全面が凍った。
こうして水が止まり、無事事なきを得た一行だった。
そして現在、絶賛お説教中の三人。
「カナメなら、冷静に考えたら分かったはず。クーちゃんに釣られすぎ」
「あ、ああ。その通りだ、すまない」
「クーちゃんはふざけすぎ。もっと危機感を持って」
「あうあう~、ごめんなさいなのです……」
「スーちゃんは……………………スーちゃんは、ぷるぷるしすぎ」
ぷるるん!?
流れでスーちゃんにも何か言おうとしたユーフィだったが、何も思いつかず誤魔化した。
結局あの後、水が止まった事によりトラップが解かれ部屋の入り口が開いたのだ。製作者であるクーちゃん曰く――――
「そういえば、一定時間水が流れなかったら解除するようにしてあったのです。やっと思い出したのです」
――――とのことだ。もちろんこの後要の鋭い突っ込みを貰ったのは言うまでもないだろう。
「と、とりあえず話は後からだ。今はあの黒い水をどうにかしないと」
「ん、そうだね。あとから……ゆっくりと…………」
「あ、あぁ…………」
そのユーフィの暗い笑みに、明日を無事迎えられるか不安になった要。その考えを誤魔化すかのように、部屋からまた続く通路へと足を踏み出した。
そして…………三人の目の前から姿を消した。
「カナメ!?」
ユーフィが慌てて駆け寄る。するとそこには部屋を出てすぐの所ににぽっかりと開いた穴と、落ちないよう必死で穴のふちにしがみ付く要の姿があった。
「た、たすけ…………!」
穴の先にはご丁寧に槍が仕掛けられ、落ちたものを確実にしとめられるようになっていた。ユーフィに引っ張りあげられた要は冷や汗をかきつつ肩で息をする。
「水攻めの後すぐに……落とし穴とか…………」
「そういえば、安心した後はトラップに引っかかりやすいと聞いて作ったのです~。話に聞いた通りだったのです~」
作った張本人は引っかかったのが味方だという事も忘れて、成功した事を喜ぶ。これまた要からお仕置きを食らったのは言うまでもないだろう。
この後も槍や鉄球、大玉など古典的なトラップたちが四人に襲い掛かる。もうクーちゃんは当てにならないと判断した要は、体を張ってトラップを誘発させ力でねじ伏せていった。
「やっと着いた……」
数々のトラップを抜けた先にあったのは巨大な扉。こうしてようやく目的地であるこの神殿の大広間の前までやって来たのだった。




