27話 暴走
生い茂る木々の間をばしゃばしゃと音を立てながら走る二人。来る時は静かだったが今は二人の足音が響き渡り騒然としていた。
「なっ!」
「なに……あれ……」
木々を抜けて二人の目に飛び込んできた光景は、黒く濁った巨大な水の塊。そしてそこから細く伸びた塊の一部が、観光客を搦め捕って持ち上げていた。
「ユーフィは左!」
「了解!」
観光客が捕えられていると分かると、直ぐさま行動に移る二人。それぞれ風の魔法を使い、伸びていた塊の一部を吹き飛ばした。すると本体から切り離されたせいか、観光客に纏わり付いていた一部も弾けて、その捕縛から解放される。落下してくる観光客らを受け止めた二人はすぐさまその場から離れる。
「大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫よ、ありがとう」
「本当に助かりました」
夫婦と思われる中年の男女は、捕縛から解放された事と安全な場所まで離れた事で少し落ち着いていた。あまり時間がない今、取り乱さないのは二人に取って非常にありがたかった。
「俺たちがここであれを食い止める。二人はすぐにこの遺跡から離れるんだ。もし入り口に向かう途中、他の観光客がいたら声をかけて一緒に逃げてくれ」
「二人で足止めなんて……!」
夫婦から見たら少女とただの猫。そんな二人が足止めをすると聞いて、一緒に逃げようと説得してきた。夫婦からしたら要達は命の恩人だ。そんな二人を残しては行けないのだろう。
「大丈夫だ。こう見えて水魔の森にも行った事がある。時間を稼ぐぐらいは問題ないさ」
「水魔の森!?」
禁足区域である水魔の森は一般人からしても危険な場所として有名である。なので夫婦に取ってはこれ以上ない説得力のある言葉だ。
「分かりました、ただ無茶はしないで下さい」
「ああ、分かった。魔物があれだけとは限らないからそっちも気をつけてな」
「はい、それでは」
夫婦と別れた二人は、また水の塊がいた所へと戻っていく。するとさっきよりも二人の方へ移動している。どうやら動きは遅いが移動出来るようだ。
「あのぷるぷる具合。どう見ても……スライムだよなぁ」
「うん、ぼよんぼよんしている」
上下にぼよんぼよんと揺らしながら一生懸命移動しているその姿は、まさに巨大なスライムだ。
「さて、どうしようか」
「吹き飛ばす?」
「それで終われば良いが、取り敢えず俺が突っ込んで魔法をうつから援護よろしくな」
「了解」
要はぐっと後ろ足に力を込め、一気にスライムの方へと飛び出す。その衝撃が凄まじく、要の足元に合った水は全て吹き飛ばされていた。
スライムは自分の方にやって来る小さな物体を発見し、すぐさま体の一部を伸ばして捕縛しようとする。
「やらせない」
――ウィール――Ⅰ――吹き飛ばす風連弾――
ユーフィは小さな風の弾を作り出し、要に襲いかかるスライムの一部を器用に吹き飛ばしていく。以前の練習の時もそうだったが、ユーフィは魔法のコントロールに目を見張る物がある。要に襲いかかる先っぽを狙ってうまく弾けさせ、最低限の威力で防いでいる。
避けながら行こうと思っていた要は、思った以上の援護を喜びユーフィを信じて本体に攻撃する事だけに集中する。
そして十分近づいた所で、要は思いっきり圧縮させたにゃいんどを発動。その巨大スライムの中心まで貫きそして、一気に爆発させた。
内側からの凄まじい衝撃に耐えられなかったスライムは、当たりに黒い破片をまき散らしながら弾け飛んだ。
「終わった?」
「…………いや、まだだ」
死んだかと思われたスライムだったが、弾け飛んだ破片が、もぞもぞと凄いスピードで動き出し、邪魔をする時間もなく一カ所に集まっていった。そして元通りの黒く大きなスライムに戻ってしまう。
「戻っちゃった」
「吹き飛ばすのは駄目か……っと!」
スライムのしぶとさに唖然としていた二人。その隙をつくように、スライムが体をのばしてくる。慌ててその場からバックステップをして捕縛されないよう離脱。その後しつこく追ってきたスライムを魔法で迎撃する。
「風が駄目なら……これでどうだ!」
今度はにゃいあを発動させる要。水があり威力が下がるのでしようを控えていたようだが、風が駄目ならしょうがない。スライムを包み込むように炎が円を描いていく。それに気付いたスライムだったが動きが遅いので逃げる事は出来ない。その炎が円を描いた瞬間、轟音とともにスライムを包み込む火柱が上がった。
あまりの威力に、その火柱の周囲にある水もどんどん蒸発していき、スライムがいた周りは白い霧に覆われた。
そして暫く轟々と燃え、霧が晴れるとスライムがいたその場には何も残っていなかった。風で弾き飛ばした時と違い、周りにも黒い破片は残っていない。
「これならもう再生出来ないだろう」
「全部蒸発?」
「だろうな。破片も見当たらないし、ここまでしたら大丈夫だろう」
暫く待ってみたが、スライムが復活する様子は無く二人はほっと胸を撫で下ろす。
「やっかいだったね」
「ああ、スライムって地味にやりにくい相手だからな。特に接近だとやりづらい」
この世界のスライムは意外とランクが高く、接近で倒すのはほぼ不可能とされている。どれだけ切っても潰しても復活してしまいどうしようもないのだ。倒せるとしたら要がやったように魔法で跡形も無く消し飛ばす事だけだろう。
ただ、動きは遅いので逃げるのは容易だ。これで動きも速かったらこうランクモンスターの仲間入りだろう。
「よし、それじゃあ戻るか。あの二人のも気になるしな」
「うん」
そういって一歩踏み出したユーフィ。しかし、何かに足を取られてその場で尻餅をついてしまう。
「大丈夫か…………って、ユーフィ! そこから離れろ!」
「えっ? っ!」
倒れたユーフィの方をふりむいた要が見た物は、ユーフィの周り一面に広がる黒い水。それに気がつき叫んだものの間に合わず、ユーフィはその黒い水に包み込まれてしまった。
いきなり事にパニックになるユーフィ。動く事も出来ず、息も出来ない。辛うじて目を開けたユーフィの目に飛び込んできた物は、捕えられたユーフィを見て驚く要と、その要を捕えようと後ろから伸びるもう一つのスライムだった。それを見たユーフィは目を見開き、必死で要に伝えようとするが、動く事も声を出す事も出来ないのではどうする事も出来ない。こうして油断した要もユーフィと同じように捕えられてしまった。
捕えられた二人は何も出来ず、ただ息が切れるのを待つだけ。ユーフィは魔法を使おうとするが、集中出来ずに失敗してしまう。そして何度か繰り返しているうちに、息も苦しくなり、段々と意識も遠のいていく。
(くる……しい……カナメ……たす……け……)
一方要もこの状態を打開しようと必死に頭を巡らせる。本来なら魔法で吹き飛ばせば良いのだが、要の魔法はあのふざけた制限のせいで声に発しないと発動出来ない。今まではそこまで気にしていたかったが。いざこういう場面になって対策を練っていなかった事を後悔する。
(くそっ! 体も動かないし、魔法も使えない……。なんで俺の魔法はイメージだけで使えないんだよ!)
思わぬ弱点と自分の無力さに苛立ちを思える要。まだ、息には余裕があるのでその間になんとか打開策を。そう思っていたが苦しむユーフィを見てその考えが吹き飛んだ。例え要に時間があったとしても、先に捕まったユーフィに残された時間は少ないのだ。冷静になればすぐ気付けるはずの事なのだが、それだけ余裕が無かった要は見落としてしまっていた。そして苦しむユーフィをみた要は何かが切れた。
(ふざ……けるなっ! スライム風情が……俺のユーフィに手を出してんじゃねぇ!!)
怒り狂った要は瞳孔を細め、牙をむき出しにし、全身の毛を逆立てる。そして声なき声を絞り出すように最大限の殺気を込めた猫気を発動させる。低ランクのモンスターならこの気だけで死ぬ、というぐらいの殺気だ。そのあまりの気迫に、スライムは一瞬要を解放してしまった。要に取ってはその一瞬で十分だ。慌ててもう一度要を捕縛しようとするスライムをにゃいんどで吹き飛ばし、ユーフィを包み込んでいるスライムにも打つける。もちろん、ユーフィに当たらないよう、対象はその周りのスライムだけにしぼってある。
「っはぁ! けほっけほっ……か、カナメ……?」
「大丈夫か、ユーフィ!?」
「う、うん。大丈夫……」
間一髪のところで助け出されたユーフィは、スライムの捕縛から開放され地面にへたり込む。スライムに覆われていたせいもあり、全身びしょびしょで濡れた髪や服が体にへばりついていた。
幸い息ができなかっただけで、体に異常はないユーフィは呼吸を整えた後すぐに立ち上がり、体の具合を確かめる。
ユーフィの無事を確認できた要は力が抜け、無意識のうちに発動し続けていた猫気も解除された。
「カナメ……その姿、どうしたの……?」
「姿……? っておわっ! 何だこれ!?」
ユーフィに指摘され始めて今の自分の姿を認識した要。体から手足、尻尾まで全身の毛が逆立っていた。そんな変貌にわたわたとする要。元に戻そうと思ってもどうやればいいのか分からないのだ。
「でも……ちょっと……かっこいいかも」
「ユーフィ!?」
さっきまでの緊迫した雰囲気から一変し、のんびりとした空間を作る。この二人だからこそできる芸当だ。
そして、まだしぶとく生きているバラバラにされたスライムは、これはチャンスだとまたもぞもぞと集まり始める。なるべく二人に見つからないよう、ひっそりと。
「さて……俺たちをこんな目に合わせたスライムは……どうしてやろうか……」
ビクン。
その言葉を聞いたスライムは震え上がる。ばれた、と。
実際は要は最初から分かっていた。あんな雰囲気を作り出してはいたが、もう一度ユーフィを危険な目にあわせないよう、ずっと気を配っていたのだ。だが、バラバラのままだと倒すのは困難。だからまた一つに集まるまで泳がせていた。
要に睨まれたスライムは、最初の威勢は消え去りびくびくと体を震わせているだけだ。一度あの殺気を味わってしまうと、こうなってしまうのだろう。
「でも、どうやって倒すの?」
「大丈夫だ。ユーフィは俺が合図したら思いっきりジャンプしてくれ」
「……? 分かった」
なぜジャンプ? と思うユーフィだったが不敵な笑みを浮かべる要を見て、これはもう大丈夫だ、と安心する。たいていこういう顔をした要はえぐい事を考えているからだ。
身の危険を感じ取ったスライムは、破れかぶれで要に襲い掛かろうとする。が、それよりも要の攻撃の方が早かった。
「今だ!」
要の合図で思いっきりジャンプをするユーフィ。そして次の瞬間――――
『にゃいす』
――――要の氷魔法が発動し、その一瞬であたり一面が銀世界となった。




