26話 水没遺跡
次の日、天候にも恵まれ丁度いい観光日和。二人は手早く準備を済ませて街にある馬車乗り場へと向かう。
「で、今日もその格好なんだな」
「ん、もちろん」
昨日と同じ黒のゴシック風の服にネコ耳フード帽を着て歩いているユーフィ。動くたびにぴょこぴょこと耳を動かしているように動くネコ耳が可愛らしい。
馬車乗り場まで着くと丁度一台停まっていた。まだ早い時間という事もあり、他に人は居ない。さっそく馬車に乗っている御者に声をかけてみる要。
「水没遺跡まで行きたいんだが……」
「おう、じゃあ乗りな。何時もなら馬車が一杯になるまで待つが、この時間は人が少ないからな。すぐ出発するぜ」
「お、それは助かる」
二人は早めき似てよかったと思いながら馬車に乗り込む。そして二人が乗ったことを確認した御者は馬を走らせた。
ゴトゴトと揺れながら街道を走っていく馬車。そんな振動も楽しみながら馬車の窓から外を眺める。馬車に乗っての観光は初めてなので余計に楽しくなってくる。こういう道中を楽しむのも観光一つだ。
「そういえば、街から結構離れているがその水没遺跡って所は安全なのか?観光地として有名とは聞いているが……」
暫く馬車のたびを楽しんでいた要が、ふと疑問に思った事を御者の人に聞いてみる。こうやって馬車が出るぐらいだから安全なのだろうが、それでも気になってしまう。
「なんだ、知らないのか」
「ああ、最近この辺りに来たばかりだからな。あんまり詳しくないから説明してくれると助かる」
丁度御者も暇していたので、これ幸いと楽しそうに説明をし始める。
「今向かっている水没遺跡には結界が張られてあるんだ」
「結界?」
「ああ、あそこは水の神獣様が祭られているという噂でな。その神獣様の加護のお陰か、あの辺り一体に魔物を寄せ付けない結界が張られてあるんだ」
「へぇ、そうなのか」
「結界、すごいね」
魔物を寄せ付けない結界だけでもすごいのに、それが常時発動しているとなるなら相当だ。その話に素直に驚く二人。
「で、神獣ってなんだ?」
「そっからか!?」
すごいだろう、と誇らしげに言う御者だったが要の無知さにがっくりと肩を落としていた。要は初めて聞く言葉を聞き、早く説明しろとワクワクした目で御者を見つめる。そんな要を見てしょうがないと思いつつも、ちょっと楽しそうに説明をし始める。なんだかんだで説明をするのが好きな御者なのだ。だからこういう仕事をしているのかもしれない。
ちなみにユーフィは神獣のことを知っていたが、本で読んだだけで詳しくは知らなかったので、一緒に興味深く説明を聞いていた。
「とりあえず属性が八つあるのは知っているな?」
「ああ、火・水・土・風・氷・雷・闇・光だな」
「ああ、そうだ。で、その各属性ごとにそれを司る神の獣が居るといわれている。それが神獣だ」
「いわれている、という事は見た人はいないのか?」
「その辺りがあいまいでな、見たという人も居るのだがそれぞれ言っている事が違っていて、明確にこれというものが中々ないんだよ。ただ古くからの伝承には記されているし、中にはその神獣を祭るための種族とかもいる。だから一般的には居るとされているんだよ」
「へぇ、姿は分からないが信じられているのか」
「実際今向かっている水没遺跡も魔物を寄せ付けない結界があるからな。あんなもん普通の人には出来んだろ」
「なるほどなぁ」
水没遺跡以外にもそういった場所が幾つもある。一度も消えた事の無い火や何をしても溶けない氷、風に守られる街などそういったものがあるお陰で、例え姿が見えずとも人々に信じられているのだ。
「ん? どうしたユーフィ」
神獣の話を聞いて何かを思いついたのかユーフィが要を持ち上げる。そして…………
「カナメ、神獣?」
「………………はぁ!?」
「だっはっは、確かに獣だな!」
いきなりの発言に要は驚愕し、御者は面白そうに笑っている。ユーフィからすれば要も十分おかしな存在で、神獣といってもいいぐらいの認識だった。
「俺はただの猫だよ。神獣じゃあないさ」
「ただの…………?」
高ランクモンスターをばったばったとなぎ倒す猫がただの猫なわけないのだが、本人はそう言い切る。他の人がそのことを知っていればユーフィの発言を笑い飛ばしたりはしなかっただろう。
「で、神獣に関してはそれぐらいか?」
「そうだな。あぁ、あと神獣は居るかどうかあやふやだが、精霊は実際にいる。その精霊をまとめているのが神獣とも言われているな。ちなみにこの先の水没遺跡にも運が避ければ水の精霊と会えるぞ」
「精霊は居るのか」
「中には精霊を仲間にするやつも居るぐらいだからな。精霊は人の善悪が分かるらしいから、精霊が一緒に居るってだけでその人物は信用される。まぁ滅多にいないがな」
「精霊、会ってみたい」
「だな」
「まぁ嬢ちゃんみたいな子なら会えれば気に入られるだろう」
遺跡以外の楽しみが出来た二人は、またガタゴトと揺られながら水没遺跡に着くのを心待ちにする。
「よし、到着だ」
そして暫くすると御者から声が掛かる。その言葉を聞き、ゆっくりと停まった馬車から降りる二人。そして降りた先で見たのは、巨大な石壁。それは周りにある木々と同じぐらいの高さがあった。
「おっきい」
「これは迫力があるな」
遺跡とだけあってその壁はぼろぼろだったが、それがより一掃味を出し、見上げる二人を包み込んでしまうような迫力があった。
「初めて来たやつは大体同じ反応をするな」
「そうだろうな」
「こっから先は馬車は入れないから歩きだ。中はここよりもっとすごいから楽しみにしてな」
その御者の言葉に期待を膨らませ、石壁にぽっかりとあいた入り口に向かっていく。すると丁度そこから女性が出てきた。
「あら、あなたたちも観光かしら?」
「ああ、観光地として有名って聞いたからな。丁度今から行くところさ」
それを聞いた女性はとても言い笑顔を浮かべる。
「そう、とっても素晴らしい所だから楽しんできてね。きっと面白い事も起こるから……」
「……? ああ、楽しんでくるよ」
最後よく分からないことを言った女性に首をかしげる要だったが、早く行こうとせかすユーフィに促されて先を進む事にした。
「…………ふふ、思う存分、楽しんでらっしゃい…………」
石壁の入り口へと入っていく二人を見ながらもう一度つぶやいた女性は、妖艶な笑みを浮かべながら要たちが乗ってきた馬車に乗って戻っていった。
「おぉ、これは…………」
「すごい…………」
石壁をくぐった二人の目の前にあわられたのは、見渡す限りの足元に張られた水とぼろぼろになった遺跡。ただの遺跡ならばそこまで感動しなかっただろうが、一面に広がっている水面に空が移り、足元にも空があるような光景が広がっているのだ。
その水面にユーフィが一歩足を踏み入れるとそこから波紋が広がり、ゆっくりと水面が揺れていく。それが楽しかったのか、暫くユーフィはちゃぷちゃぷと足踏みして楽しんでいた。
その間要はというと、ユーフィが楽しむ水面と格闘していた。人間からすれはほとんど問題ない高さの水面。靴を履いていればまったく気にならないだろう。が、猫である要からすれば結構面倒くさい。歩こうにも水の抵抗で足を動かしにくく、ぬれた毛が体にへばりつき気持ちが悪い。お風呂のようにつかるのならば問題ないのだが、こういう濡れ方はあまり気持ちのよいものではない。
「ユーフィ?」
「乗って」
そんな要を見かねたユーフィは、何時ものように持ち上げ肩に乗せる。と思ったら頭の方に乗せてきた。
「お、おい、ユーフィ?」
「たまにはこっち」
ユーフィのネコ耳に挟まれるように乗せられた要はちょっと戸惑ってしまう。が、ユーフィが嬉しそうにしていたのでこのまま観光する事にした。
辺りには屋根が無くなり外壁だけになった建物が立ち並び、大きな円柱の柱があちらこちらに建っていた。未だしっかり建っているものから倒れて砕けているものまでさまざまだ。遠くから見渡すと空を映し出していた水面が、今度は建物を映し出しこれまた美しい風景を生み出す。
ちゃぷちゃぷと足音を立てながらゆっくりと見ながら進む二人。朝早くだったが二人の他にもチラホラと観光客が居る。
「しっかし、この水面はすごいな」
「うん、すっごく透明」
そう、透明なのだ。ここは観光地で沢山の人が来るはず。にもかかわらず足元の水面は濁っておらず、そこらの水よりも透明で綺麗なのだ。これを見るだけでも水の神獣が居るという話に信憑性が出てくる。少なくとも何らかの力は働いているだろう。
「すごいね」
「ああ」
ただ一言、言葉を交わす。この風景の前ではどんな言葉も霞んでしまうのが変わっているからだ。
暫く進むと、今度は建物だけでなく徐々に木々が生え始めていた。どうやらこの遺跡の中心に向かうほど木々が濃く生い茂っているようだ。
風に揺られて落ちた葉が、ゆらゆらと水面に浮かび漂う。そして木々のこすれる音に、水の揺れる音、そしてユーフィの足が奏でる水面を叩く足音。それらが重なり穏やかな音色を奏でている。この音色を楽しむため、ここに来た人は自然と言葉数が少なくなる。
そんな生い茂る木々をゆっくりと抜けた二人は、その先に大きな広場を見つける。
「ここは広場か……?」
「広場……じゃない。……湖?」
広場にも見えたそこは、大きな湖だった。真ん中につれて徐々に足元が下がっていくそこは、中心になるとかなりの深さになっている。
そしてその中心には、ぽつんと何かが立っていた。
「あれは…………お社か……」
「お社?」
「ああ、俺がもと居た世界ではああいう物を立てて神様を祭っていたんだ」
「そうなんだ」
要には馴染み深いものだが、ユーフィは初めてのようだ。目を凝らし、興味深そうに見ている。
大きな湖の真ん中にぽつんとある小さなお社。他の人が見れば珍しい、で済むのだろうが、要はそのお社に違和感を覚える。扉つきの箱に屋根がついている木で作られたお社。ただあまりにも要が知っているお社と酷似していたのだ。たまたま似ているだけという可能性もあるのだが、どうしても違和感がぬぐいきれない要。
ユーフィの頭の上でそんな事を考えていると、ユーフィがその間にどんどん湖へと入っていく。
「お、おいユーフィ。濡れてるぞ!」
「ん? んー、大丈夫。カナメが乾かすから」
「俺かよ!」
夢中になりすぎたユーフィは濡れる事も厭わず進み、水面が腰の所まで来てしまった。もちろん着ていた服はびしょびしょに濡れている。
「そういえば、カナメ」
「な、なんだ」
何を思ったのか、ユーフィはいきなり頭に乗っていた要を掴み目の前へ持ってくる。捕まった要は何となくいやな予感をしながら次の言葉を待つ。
「泳げる?」
「い、いや、やった事無いから分からんが……」
「ここで、じゃぼん?」
「おいこらやめろ。それはしゃれにならん。泳げなかったらどうするんだ!」
「…………ふふふ」
「その笑いは怖いわ! な、なぁ冗談だよな。冗談ですよね。ユーフィさん!?」
徐々に水面の方へと下ろされる要。ついに尻尾が水面に当たり、びくんとしてしまう。最近よくこういういたずらをするようになったユーフィ。出会ったころのことを考えると良い変化なのだろうが…………がんばれ要。
「ちょ、ほんと、やめ――――」
「きゃぁぁぁぁ!」
「「――――っ!」」
もうちょっとで要が水面に浸かる瞬間、二人の耳に女性の悲鳴が聞こえてきた。それを聞いた二人はさっきまでの楽しそうな雰囲気を一変させ、慌てて湖から上がる。
「さっきのは……」
「悲鳴だよな。ここは魔物が出ないはずだが……とにかく行ってみるぞ!」
「うん」
慌てて体を乾かした二人はすぐさま悲鳴が聞こえた方へと走っていった。




