22話 提案
「ふぁ……」
「さすがにもう限界か」
サラサの無事を確認して安心したのか、欠伸をしながらふらふらとし出したユーフィ。緊張の糸が切れたみたいだ。
「良ければ今日は止まっていって下さい。もう深夜ですし、かなりお疲れのようですから」
「いいのか?」
「はい、ここでまだ看病をするつもりなので、私の部屋を使って下さい」
「ならお言葉に甘えさせてもらうか。ユーフィ、動けるか?」
「んぅ?」
ほとんど開いていない目で、要の声に辛うじて反応を示している。もう倒れるのも時間の問題だろう。
「それじゃあ案内するから付いてきて」
「ほら、ユーフィ。行くぞ」
「んー」
部屋に行くよう促した要をひょいっと持ち上げるユーフィ。そして胸元でがっちりとホールドする。もう意識はもうろうとしているはずなのに、なぜか要に対しての行動はよどみがない。
「おいこら、ユーフィ! なぜ抱きしめる!」
「いっしょにぃ……ねるぅ……」
「だからそれは前に駄目だっていっただろ! って手に力を込めるな! お前らも見てないで止めてくれ!」
「お風呂も一緒に入ったんだ。一緒に寝るぐらい問題ないだろう」
「問題あるわ!」
じたばたとユーフィの胸元で暴れながら、すがるように助けを求める。だが残りのメンバーは微笑ましそうに見ながら手を振っていた。
「人事だと思って…………この裏切り者ぉぉぉぉぉ!」
そんな声がこだましながら部屋から連れ出され、廊下の奥へと消えていった。
「カナメも大変だな」
「…………うらやましい」
「リオ?」
「い、いや、なんでもないよ!」
思わず呟いてしまい、慌てて誤摩化す。しかし、しっかりと聞いてしまったテオルとリーナは、良い笑顔で息子に詰め寄る。この後色々大変な目にあるリオであった。
「おーい、そろそろ離してくれないかー」
「だめぇ……」
「もう諦めて一緒に寝ちゃえば良いのに」
「これはこれで大変なんだぞ!」
部屋に着いても一向に離してくれないユーフィに、そろそろあきらめを感じている要。声をかけても生返事しか帰ってこず、半分夢の世界だろう。端から見ているコーネは面白そうだ。
「そういえば寝間着は持ってる?」
「あるぅ……」
「じゃあ着替えないとね」
それを聞いた要はこれはチャンスだ! と目を輝かせる。さすがに要を抱えながら着替えは出来ないだろう。さあ離せ、今すぐ離せ、と期待を膨らます要だったがそのチャンスもコーネの手によって打ち砕かれた。
「それじゃあカナメちゃんを持ってて上げる」
「ん」
コーネに手渡された要は、一瞬呆然とした。そして慌ててコーネの方を振り向き、抗議の目を向ける。
「コーネ!?」
「着替え中に逃げようと思ったでしょ。そうはいかないよ」
「後生だから!」
「もう、そんなに嫌がったらユーフィちゃんがかわいそうでしょ」
要が元男だと知っているのはユーフィだけ。なので他の人からしたら使い魔と一緒に寝る事は特段変な事でもない。要は必死でユーフィの着替えから目をそらしつつ、もがいてみるが以外とコーネの力が強く逃げ出せなかった。
「くそっ! この馬鹿力め!」
「ほほぅ」
「ちょ、ギブ! コーネ、ギブ!」
ギリギリと体を締め付けられる要は、苦しそうに掴んでいる腕を前足でタップする。女性に馬鹿力なんて言うからこんな目にあるのだ。そんなやり取りをしている間に、ふらふらしつつもなんとか着替え終わったユーフィ。それを確認したコーネは要を返して部屋を出て行った。
「それじゃあごゆっくり〜。ユーフィちゃんもおやすみ」
「おや……すみぃ……」
藁にもすがる思いでコーネを見た要だったがスルーされ、無情にも扉が閉まる。そして要を持ったままのユーフィはそのままベッドに入り、もごもごと一番良い体勢に落ち着いた。
「結局こうなるんだな……」
「かなめぇ……あったかい……」
「あぁもう、分かったから。ゆっくり休め」
「おやすみぃ」
「ああ、おやすみユーフィ」
何とも幸せそうなユーフィの寝顔を見つつ、また眠れない夜を過ごした要だった。
次の日、少し遅めに起きたユーフィは着替えた後、要を連れて下に降りる。
「二人ともおはよう」
「おはようございます」
「おはよう、コーネ」
部屋に入るとコーネが朝食を用意して迎えてくれた。まだちょっと眠たいユーフィは、ゆっくりと朝食を食べていく。そんなユーフィをよそに、気になっていたサラサの容態を聞いてみる要。
「朝の時点ではもうすっかり良くなっていたわよ。体温も元通りだし、顔色も良かった」
「そうか、結構速く効くもんだな」
「そうね、私も初めてだったけど、あそこまで即効性だったなんてね。まあこっちからしたら早く直ってくれてよかったけど」
「だなぁ。あんまり小さな子にしんどい思いはさせたくないからな。で、ゼルはまだ看病しているのか?」
「徹夜で看病しそうな勢いだから、一度休んでもらったわよ。さすがにあのままだと倒れそうだったし」
「たしかに。精神的にも大分疲れていただろうしな」
もう少しで娘を失うところだったのだから精神的疲労はかなりのものだっただろう。サラサが直ったのにゼルが倒れてしまっては意味が無い。
「サラサちゃん、見に行く」
「よし、それじゃあ行くか」
ようやく朝食を食べ終わったユーフィは、さっと立ち上がる。二人もそれに会わせて、二階へと移動した。サラサの部屋に入ると、なぜか休んでいるはずのゼルがベッドのそばに座っていた。
「あっ……」
「ゼルさん……休んでって言いましたよね……」
見つかった! という顔をしているゼルを見てこめかみを押さえるコーネ。こちらも中々苦労してそうだった。
「でも、やはり心配で……」
「だからってこれで倒れたらサラサちゃんが悲しむでしょ?」
「うっ、そうですね……」
娘の事になるとどうも冷静さにかけてしまうゼルは、コーネにたしなめられ肩を落とす。そんなやり取りをしていると、サラサの布団がもごもごと動き出す。
「サラサ!?」
「ん……? あれ? パパ?」
「ああ、パパだよ! どうだ、痛い所はないか? しんどくはないか?」
「んー? うん、もうへーきだよ!」
「そうか、よかった……。本当に、本当に良かった……!」
ゼルに聞かれて体を動かし確認するサラサ。そして問題なかったのか笑みを浮かべて大丈夫だと答えた。そんなサラサの元気な姿を見たゼルは、そのまま優しく抱きしめて我が子のぬくもりを感じる。
「元気になってよかった」
「ああ、そうだな」
「あれ、おねーちゃんにねこちゃん?」
「よ、久しぶりだな」
今二人がいる事に気がついたサラサはなんでここにいるんだろうと、可愛らしく首を傾げる。
「この二人がサラサちゃんの病気を治手伝いをしてくれたのよ」
「そうだったんだ! ありがとー、おねーちゃん、ねこちゃん!」
コーネの話を聞いて、これまた花が咲いたような満面の笑みで二人にお礼を言うサラサ。それを見て二人は頑張ってよかったとあらためて思うのだった。
あの後様子を見に来たテオル達にサラサの事を伝え、一緒にサラサの無事を喜んだ。そしてそれぞれ疲れがたまっていたので、その日はもう解散し一日ゆっくりと過ごすことに。そして次の日、テオル達と要達はゼルの部屋に集まっていた。
「あらためてこの度はサラサを救う手伝いをして下さり、ありがとうございました」
「気にするな。俺達がしたくてやった事だしな」
「サラサちゃんの為なら問題無し」
「私達も普段色々世話になっていたからな」
手伝って当然だろうという感じの面々に、人とのつながりを大事にして良かったと改めて実感したゼル。
「それで、今回の報酬ですが……」
「それなら私達は遠慮する。今回はほとんど役に立てなかったからな」
「しかし……」
「それにさっきも言ったように、普段世話になっている例だと思ってくれれば良い。それよりもカナメ達だ」
「俺たちも特にいらないぞ? 好きでやった事だし」
「「「「「いやいやいやいや」」」」」
何を言っているんだこいつという様子で全員に否定された要。ユーフィも特にいらないと思っていたのでそんな反応が返ってきた事にぽかんとしていた。
「お前は馬鹿か。水魔の森まで行ってきて報酬無しとか馬鹿か。馬鹿なんだな」
「三回も馬鹿って言うなよ!」
「私がお礼をしたいって気持ちもありますが、そもそもそこまでしてもらって何もお礼をしないというのは私の沽券に関わります」
「そ、そうか。まあそこまで言うなら……」
「お二人はまだ街を出たりしないですよね?」
「ああ、今の所は予定してないな」
「なら、あっと驚くものを用意するので少し待ってて下さい」
まだいると聞いて、良い笑顔を浮かべる。今のゼルの頭の中では、どうやって二人を驚かせようかという考えが巡っていた。そんなゼルを見て若干不安になる要。
「そういえば、素材の買取って出来る?」
「それは問題ないですよ」
「良かった」
今思い出したように素材の話をするユーフィ。実は要がばったばったとなぎ倒していた後ろでせっせと戦利品を回収していたユーフィ。意外と抜け目がない。
「いつの間に回収してたんだ……」
「あのままは勿体ない」
「ちなみにどんなものですか?」
「たしか――――」
ユーフィは思いつく限りの内容を話す。名前の分からない熊や狼や鳥、そしてにっくき食人植物。出来うる限りの特徴とその数をどんどん上げていく。
最初こそ、興味津々で聞いていたゼルだが、その数を聞いて徐々に顔を引きつらせていく
そばでリオに至っては意味が分からないと行った様子で思考を停止。テオルとリーナですら惚けた顔をしていた。
「――――という感じ」
「そんなにも倒してたか?」
「うん、ばったばっただった」
「まあ雑魚だったからな」
あっはっは、とのんびりと笑い合う二人。その反対に、聞いていた方は理解出来ないといった様子。
「な・に・が・雑魚だ! どれもCランクはある魔物だぞ! それをばったばったって何してるんだ! それに数がおかしすぎるだろ!」
はぁはぁと一息で突っ込み切ったテオル。おつかれさまです。
ちなみにテオルがここまで取り乱すのも無理は無く、要達が倒した熊や狼はマッドベアーとマッドウルフといい、それぞれCランクであのウィールマンティスと同じなのだ。要が一撃で倒していたから強さが分かりにくかったが、普通の冒険者だと、表面の泥に防がれ近接攻撃は通りにくく、また魔法も同じように分厚い表面の泥に防がれてあまり効果がない。それに加え、表面の泥を吹き飛ばしたとしてもあそこの地面はぬかるみ。すぐ泥を補給し際限がないのだ。一体一体がそれだけ強いのにさらにそれらが群れで襲ってくると考えれば、どれだけ厄介か分かるだろう。
「そ、そんなにおかしいのか?」
「はぁ、なんかズレてるとは思っていたが、ここまでだったとはな……」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか……」
あまりの言われように耳と尻尾が萎れ、ちょっとしょんぼりする要。そんな様子を見て可愛さに胸をきゅんとさせるユーフィ。こっちはこっちでそろそろ駄目かもしれない。
「ま、まあそのぐらいで。取り敢えず買取の方は問題ありません。というよりもどれも珍しい素材ばかりなので願ったり叶ったりです」
そもそも禁足区域にいく冒険者自体が少ないので、自ずと希少価値は上がる。それに加え高ランク、とくにウォーレイーターなどはかなり高額で取引されるだろう。
「ちなみに、だ。この中で食べられるものはあるか?」
「そうですね、マッドウルフとマッドベアは食べられますね。表面は泥で覆われていますが、中はちゃんと肉がありますし。逆にマインドイーターなどは食べられません。食べたら多分死にます」
一瞬あれを食べる所を想像してしまい、苦虫を潰したような表情になるユーフィ。慌てて顔をぶんぶん振り無かった事にする。
「どの道あれを食う気にはなれないな。それじゃあ、マッドウルフとマッドベアの肉は売らずに貰っていいか?」
「大丈夫ですが、食材とはいえ売ればかなり高額ですよ?」
見た目に反して高級食材であるマッドウルフとマッドベアの肉。表面の泥のせいかは分からないが、中の肉は柔らかく。うまみが凝縮しているそうだ。
「素材のお金だけでも結構な額になりそうだし、美味しいものを食いたいからな。あと、量もかなりあるからせっかくだしサラサの復活祝いでもぱーっとするか。この肉を使って」
「やろう」
「やるわ」
「やりましょう」
この肉を使ってといった瞬間すごい勢いで食いついてきたテオル一家。ちなみに彼らもそのランクの肉は手に入れられるのだが、基本的にお金に換えており、食べる機会は早々無い。なのでただで食べられると聞いて一瞬で食いつく。
ユーフィなどはもう食べる想像をしていた。今度のはマインドイーターと違い、今にもよだれをたらしそうな勢いだ。
「店の方の店員もがんばってたみたいだし、仕事終わりに皆で盛大にやろうぜ。あ、できれば調理出来る人がいればありがたいな」
「それは手配できますが…………分かりました。お言葉に甘えて盛大にいきましょう!」
なんだかんだでゼルも乗り気になり、宴会の開催が決定した。そうと決まればと各自準備を始める。ゼルは人と場所の手配。テオルたちはお肉以外の調達。そして要たちも、サラサが好きだという果物を取りに行く事となった。




