21話 その効果は
「戻って来れた……」
「ああ、思った以上に疲れたな……」
疲れている体に鞭を打ち、へとへとになりながらもなんとか街まで戻ってきた二人。もうすでに日は落ち、辺りはまっ暗。あるのは遅くまでやっている酒場から漏れるうっすらとした光ぐらいだ。
もう寝ているかもしれないが念のために、と思いゼルの家へと真っ暗な街中を歩いていく。時間も時間なので人通りもなく二人だけの時間。こつ、こつ、と足音を響かせながら先を進む二人。
中央の広場まで来ると、この街のシンボルである噴水が月の光に照らされて、昼間とはまた違った姿を見せていた。流れる水が月の光を浴びて宝石のようにキラキラと輝いていた。また周りが静かな事もあり、噴水の流れる音がよく聞こえ心地よい音色を奏でている。
「これはこれで、ありだな」
「うん、綺麗。それに……この音も好き」
「今度ここで月見でもしてみるか」
「月見?」
「月を見ながら一杯ってな。ここなら噴水の音色をバックに、良い月見が出来そうだ」
「楽しそう」
なかなか見る機会がない幻想的な光景に酔いしれつつ、また一つ楽しみが増えたと思う二人。もう少しこの時間を楽しみたいが、サラサの事があるため先を急ぐ事にする。
ゼルの家に着くとまだ明かりが灯っていた。どうやら二人の帰りを待っていたようだ。ノックをするとすぐ家の方から反応があり、がしゃんと何かをひっくり返す音。あわわわという女性の慌て声。そしてばたばたとこちらに向かってくる足音。その音を聞いて二人は顔を見合わせ苦笑いする。
「カナメさん!?」
バンッと扉を開けて出てきたのは、口元によだれの後があるメイドのコーネ。どうやらうとうとしていたようだ。
「おう、無事採ってきたぞ。あと口元」
「ふえっ!?」
要に指摘され慌てて口元を拭う。そして何事も無かったかのように家の中へと招き入れた。そんなコーネを微笑ましく思いつつ、さっそくサラサが居る二階の部屋へと向かう。すると中にはゼルだけでなくテオル達も一緒に居た。
「無事だったか!?」
「おう、この通りぴんぴんしているぞ」
無事を確認してきたテオルに、要は二本足で立ち腰に前足を当て大丈夫だとアピールする。尻尾も振り、耳もぴくぴくさせている。そしてなぜかユーフィも真似をして同じポーズをとっていた。二人揃うと可愛い光景だ。
「そうか……よかった」
「心配しすぎだ、と言いたい所だが確かにあれが相手だと心配するか」
「あれは女の敵」
ウォーレイーターが相手であれば心配するのも無理は無い。身を以てそれを知った二人の肯定は重みがある。テオルは、なんだかんだ言いながらもケロリとしている二人を見てほっと一安心する。
「これがウォーレイーターの体液」
無事を報告した後、予め用意していた瓶に詰めた体液をゼルに渡すユーフィ。中身は粘り気のある緑色の液体。それをゼルは震える手で受け取った。
「これが……お二人とも本当に、本当に……ありがとうございます……!」
これでサラサが助かる。その安心感からか目に涙を浮かべつつ、そのビンを抱きしめ二人に深々と頭を下げて感謝を述べたゼル。
「気にするな。それよりも、これでもうサラサは大丈夫なんだな?」
「ええ、後は薬を作ってもらうだけなので……。それにお二人のお陰で余裕は十分あるので大丈夫です」
そう言いつつも、早く行きたいが要達もほったらかしに出来ないと行った風にそわそわし出すゼル。さっきから目線がちらちらと扉の方へいって丸わかりだ。
「こっちは気にしなくていいから、早く薬を作ってこい。諸々の話はサラサが元気になってからだ」
「……っ! はい、ありがとうございます!」
その言葉を聞いてぱぁっと明るい笑顔になり、頭を下げてお礼を言う。そして猛スピードで部屋を出てどたばたと階段を下りていった。
「はぁ、こんな時まで気を使わなくていいのにな」
「まあな。それがゼルの良い所でもあるんだが」
違いない、といった感じの面々。そしてサラサももう大丈夫だと、昼間のあの重苦しい空気は消え去っていた。
「あー、あとなちょっと言いにくいんだが……」
「なんだ?」
急にテオルが何かを言いづらそうにして、言葉を詰まらせる。言葉を詰まらせるなんて珍しい、と思いながら要とユーフィはこてんと首を傾げる。
「臭うぞ、二人とも」
ようやく言った一言に、要はそうか? という感じで自分の体を臭ってみる。鼻をヒクヒクさせながら嗅いでみるが、鼻が麻痺しているせいかよく分からない。そして女の子のユーフィはショックを受けたように口を開けて固まってしまった。
それを見てテオルはヤバいと思ったが、もう遅い。横にいたリーナから、ドスッと鋭い肘打ちが腹に突き刺さり崩れ落ちる。そして腹を押さえながら声にならないうめき声を上げた。
「まったくもう。女の子になんて事言ってるのよ……。この馬鹿の言う事は気にしなくてもいいのよ」
テオルにあきれたように言い放ち、固まっていたユーフィの頭を優しく撫でる。
「うーむ、良く分からん。あの森にいたせいで鼻が馬鹿になったか?」
「うぅ、不覚」
あの森は奥に行けば行くほど匂いがきつくなる。が、徐々になので意外と本人は気がつきにくいのだ。戻ってからも精神的にダメージを与えてくるとはさすが禁足区域。
「そんなお二人にお風呂用意しましたー!」
入るタイミングを狙っていたのか、バンッと勢い良く扉を開けて丁度いいタイミングで入ってくるコーネ。彼女も二人が臭う事に気がついていたので、気を利かせてすぐに準備したのだ。居眠りしてしまった汚名返上といったところか。
「お風呂か……それじゃあお言葉に甘えるか」
「ん、入ろう。今すぐ入ろう」
女の子として今すぐにでも匂いをどうにかしたいユーフィは、お風呂と聞いて乗り気になる。さっと要を抱き上げ、さっそくコーネに案内してもらおうとする。
「お、おい、ユーフィ。なぜ俺を抱き上げる」
「もちろん、一緒に入る」
「ちょっとまて」
ぷらぷらと抱きかかえられたまま、ユーフィの提案にすかさず待ったをかける。そしてどうにかして一緒に入る事を避けるべく説得を試みた。
「俺は一人で入るから、ユーフィが先に入ってくれ」
「カナメ一人だと綺麗に洗えない。だから一緒に入る」
「そこはなんとかする。だがら一緒には勘弁してくれ! おいこらテオル、なに楽しそうに見つめてやがる! お前からも説得してくれ!」
「いいじゃないか、一緒に入ってあげれば」
「んな!」
ユーフィは聞く耳持たず、外野も止めるどころかむしろ一緒に入ってこいという始末。ここには要の味方はいなかった。
「はい、それじゃあお風呂場に案内するね〜」
「よろしく」
「待て、コーネ!」
じたばたとユーフィの腕の中で暴れている間にもうお風呂場に着き、コーネはごゆっくり〜と言いながら戻っていた。なので今風呂場には二人だけだ。さっきは他に人が言えなかったが今は二人だけ。要は最終手段を繰り出す。
「ちょっと待とうかユーフィさんや。忘れているかもしれないが…………俺は男だぞ!?」
「………………今は猫。問題ない」
「あるわ!」
暫く考えた後のまさかの問題ない発言。男だと言うと一旦動き止まり、どうやら本当に忘れていたようだ。しかし暫く考えて、今は猫だから問題ないと判断したユーフィはまた動きだしいそいそと服を脱ぎ始める。だが今度はほんのり顔を赤らめていた。それどころではない要は気付いていなかったが。
もうこうなったらユーフィを無視して出て行こう。そう思って服を脱いでいる隙に扉の所までやってきて、なんとか開けようとする要。が、どうやら鍵がかかっていたようで開かない。要が気付かないうちにユーフィがさっと閉めていたのだ。用意周到すぎる。
なら開ければ良い、と今度は扉をよじ上りなんとか鍵を開ける事に成功した要。そして扉をあけ、その場から離脱を試みる。しかしそのとき既にユーフィは服を脱ぎ終わっていた。要の頑張りも空しく、そのままユーフィにひょいっと持ち上げられ、捕獲されら要は中へと連行されてしまうのだった。
「ユーフィ、早まるな!」
「もう遅い。一緒に洗おう」
風呂場に入った後は要も逃げるのを諦めたのか、前足で両目を覆ってひたすら端っこでじっとしていた。そんな要を見て頬を膨らませつつも、先に自分の方をすませるユーフィ。
かけ湯をした後、備えてあった石けんを使い念入りに体を洗っていく。そしてそのまま髪もわしゃわしゃと洗い始めた。全身泡だらけになった所で息を止め、頭からお湯をかぶり洗い流す。
「ぷはっ」
ぷるぷると顔似ついた水を振り落とす。泡が洗い流されるとピカピカになった肌が現れ、銀色の髪もその艶を取り戻していた。そして匂いが残っていないか確認しても、石けんのいい匂いしかしない。さっぱりとしたユーフィは上機嫌になり、今度は端っこでなにかをぶつぶつと言っていた要に声をかける。
「カナメ、洗うからこっち」
「ユーフィが上がったらやる。先に入っててくれ」
「むぅ、なら強制執行」
ひたすらじっと何かに耐える要は、それだけ言ってまたうずくまる。そんな要を抱き上げ、自分の目の前に持ってくる。そして石けんを用意して洗う準備を始める。
「おい、ユーフィ!」
「カナメも一緒。暴れないで」
強制的に洗い始めようとするユーフィにせめてもの抵抗で自分でやる! と言ったが今は猫の体。全部洗えるわけも無く、もうユーフィに身を委ねるしか無い。体をわしゃわしゃ、手足もわしゃわしゃ、尻尾もわしゃわしゃ。楽しそうに要を洗うユーフィとただじっとこの時間が過ぎるのを耐える要。結局全身くまなく洗われてしまうのだった。
泡の固まりになった要にお湯をかけて洗い流す。そして現れたのは、もう色々と大事なものを失い目が死んでいる哀れな猫だった。
耳をたたみ、尻尾も萎れて微動だにしない要を掴み上げて一緒に湯船につかるユーフィ。最初こそ微動だにしなかった要だが、その風呂の気持ちよさに徐々に生気を取り戻していく。そして今までの事が吹っ飛ぶように蕩け切った。
「はふぅ……気持ち……いい……」
「ああ……これは……最高だ……」
ユーフィを湯船に背を預け、要は縁に前足とあごを乗せて疲れた体に染み渡る、全身を覆う温かな湯を堪能する。あまりの気持ちよさに無意識のうちに尻尾を動かし、水面を叩いてぱしゃぱしゃとする。こうして身も心も蕩け切った二人はしばらく言葉を発する事無く、ただただ堪能していた。
お風呂をすませた二人はまたサラサの部屋に戻ってくる。堪能したユーフィはほくほく顔で、色々思い出してしまった要はちょっと疲れた様子だ。
「お帰り。あー、カナメは何だ……大変だったな」
「あぁ……」
その哀愁漂うカナメの姿を見て色々察したテオルは優しく声をかけた。その言葉に涙が出そうになった要。今日の事は一生忘れないだろう。
「あふ……」
さすがにもう夜中で、さらに探索で疲れていたという事もあり眠そうにあくびをするユーフィ。湯船につかり体も温まったのも原因だろう。
「ここは僕たちに任せて、休んでいいですよ」
「んー、頑張る」
大分寝ぼけたような声で、返事をするユーフィ。もう目も半分閉じかかっている。だけどサラサの事が心配なのもありなんとか頑張ろうとする。
そんなやり取りをしていると、急にしたからドタバタという音が聞こえてきた。何事だ! と部屋にた五人は驚き立ち上がる。眠そうだったユーフィもびくっと反応して目が覚める。
そして騒がしい足音を立てながら誰かが階段を上がってきた。そしてバンッと勢い良く扉が開き……
「出来ました!」
ゼルが薬を持ってやってきたのだった。
「いや、速すぎないか!?」
「頑張ってもらいました!」
少し汗をかきつつ、良い笑顔で返事をするゼル。色々と今までのイメージが崩壊中だ。
「あ、まあそれはいい。出来たのなら早速飲ませよう」
「はい!」
ゼルはサラサの元まで行き、そっと体の下に腕を入れゆっくりと寝転がっていた体を起こす。そして用意した薬を飲ませようと声をかけた。
「サラサ、薬だよ。飲めるかい?」
「う……ん……」
ちょっとしんどそうにしながらも、口元まで持ってきた薬を飲み干すサラサ。それを確認したゼルはまたゆっくりと体を倒し、布団をかけ直す。そして暫くサラサの様子を見守っていると、徐々にさっきまでの辛そうな表情が和らいできた。そしてすぅすぅと寝息を立て始めた。冷たかった手も、握るってみると徐々に温かくなってくる。薬が効いた証拠だ。
「これなら、もう、大丈夫です……」
無事薬が効いた事で安心し、床にへたり込むゼル。じっと見守っていた残りの四人も、サラサの様子を見てほっと胸を撫で下ろすのだった。




