20話 ウォーレイーター
「すまなかった」
「……………………」
あのユーフィの姿を見て一瞬でも迷ってしまった要は、ユーフィからひたすら絶対零度の視線を受け続ける。何度も何度も謝るが、一向にユーフィの凍るような目線は溶けない。
「俺に出来る事なら何でもするから、機嫌直してくれ」
「…………なんでも?」
誤っても駄目ならと最終手段を行使し、要のなんでもという言葉に漸く言葉を発したユーフィ。やっと反応してくれたという安心と、何でもと言ってしまった後悔とが要の中でぶつかり合う。
「分かった……許す」
「そ、そうか、ありがとう。だが、程々で頼む…………!」
「…………ふふ」
「ユーフィ!?」
出来れば簡単な事なら良いなと思う要だったが、そうは問屋が卸さない。ユーフィの意味深な笑いに身の危険を感じてしまうが、元は自分が悪いので甘んじて受ける事にする要。
「ま、まあいい。取り敢えず立てるか?」
「ん、大丈夫」
ユーフィの期限もなんとか直り、ある程度気分のほぐれた所で先に進む事にする。座ったままだったユーフィは立ち上がる。が、水の張った地面に腰を下ろしていたため、ユーフィの服はぐっしょりと濡れていた。
「うぅ、気持ち悪い」
腰から下が泥水でぐしょぐしょに汚れ、肌に纏わり付いてしまっている。そのなんともいえない不快感に思わず顔をしかめるユーフィ。土ならばはらえば済むのだが泥水だとそうもいかず、この先このままかと考えたユーフィは憂鬱になっていた。
「これは、なかなか酷いな……」
「…………変態」
「ち、違うぞ!」
誤解だ! と言わんばかりに焦る要。しかし、体の形が分かるほどべったりと肌にへばり付く服。そしてそれを眺める要。さらに言えば今の要は猫なのでローアングルからの視線。端から見ればただの変態だ。そう言われるのも仕方ない。
「このままだとあれだから、さっと洗い流すぞ」
「出来るの?」
「ああ、じっとしていてくれ」
このままではかわいそうだと思い、要がまずにゃーたーで顕現させた水をユーフィに打つけて、服の泥水を洗い流す。
「ひゃ……!」
いきなり魔法で冷たい水をかけられたユーフィはびくっと体を震わせ、目を丸くして変な声を上げてしまう。そして抗議するように要を睨みつけた。
要はまたやっちまったと思いつつ、取り敢え先に乾かしてしまおうと、にゃいあとにゃいんどを発動。火と風を組み合わせた作った温風をユーフィの濡れた服へと当てる。睨んでいたユーフィもその心地よい風をうけ、徐々に表情を和らげる。
「よし、これぐらいで大丈夫か」
「ん、大丈夫。でも次からは一言お願い。いきなりはビックリする……」
「すまん、俺もやった後に気がついた。次は気を付ける」
いきなりの事にビックリしたものの、温風の心地よさと綺麗になった服のお陰で上機嫌なユーフィ。要はまた機嫌を損ねなくてよかった、とほっと胸を撫で下ろすのだった。
探索を再会した二人は、ウォーレイータを探してさらに奥へと進んでいく。もうすでに日も落ち始め、周りが徐々に暗くなっていた
「急がないと日が落ちるな。ただでさえ見通しが悪いんだ、真っ暗になったら一旦撤退する事も考えないと危険だな」
「うん、夜になると探すのが大変だからね」
今でも霧で見通しが悪いのに、さらに日が落ちれば探索どころではない。それに、ユーフィを襲ったマインドイーター。あれは要の探索から逃れるほどの擬態性能だ。また同じようなことが起こらないよう、要は猫気を発動させながら進んでいく。たとえ気配を殺したとしても、要の猫気を打つけられれば嫌でも動いてしまうだろう。
「これは……」
道無き道を進んでいた要はまた何かを発見した。今度の気配は大きく、そして動く様子がない。三度目の正直であってくれと願いながら、ユーフィと一緒にゆっくり近づいていく。
生い茂る草木をかき分けていくと、その先には開けた場所に出る。そしてそこにはあの気配の主。ウォーレイーターが居座っていた。
「当たりだな」
「うん、やっと見つけた」
相手は二人に気付く様子は無く、ぱくぱくと口だけを動かしていた。そんなウォーレイータを守るかのように周りには数体のマインドイーターが陣取っている。普通なら関わりたくない光景だが、二人に取っては待ちに待った光景だ。
「俺が先に魔法でマインドイーターを一掃し、そのあとウォーレイーターに突撃する。問題はないだろうが、ユーフィはここに居て俺に何かあった場合は魔法で援護してくれ」
「ん、了解。気をつけて」
「おう。それじゃ、行ってくる」
そして要は広場へと飛び出した。要からすれば周りに居るマインドイーターは雑魚だ。しかし同時に襲い掛かられるとどうしても隙は出来てしまう。奥にはウォーレイータが控えているので、なんとかそれは避けたい。
なので相手が気付く前に、にゃいんどでマインドイーターを一掃する。相手はいきなり現れた猫に驚き、一斉に要の方を向く。だがすでに要は魔法の準備を完了していた。マインドイーターは反応する前に要が生み出された暴風によって、一瞬のうちに命を刈り取られてしまう。
「後はお前だけだ」
漸く見つけたぞ、と不適な笑みを浮かべてそう告げる。目の前に居るのは要の十倍以上ある大きさのウォーレイーター。しかし要の前ではそんなもの何の意味もなさない。むしろ大きい分ただの当てやすい的だ。
目の前の敵は危険だ。本能的にそう判断したウォーレイーターは直ぐさま無数にある蔓で要に襲いかかった。前後左右至る所から要を絡め獲ろうと襲いかかる蔓。が、小さくそして素早い要を捉える事は出来ない。ウォーレイーターもちょこまかと動く要にイライラし出したのか、だんだん蔓の勢いとスピードが上がってくる。その代わりに動きが単調になってきたため、今がチャンスだ、と要はひょいっと避けつつ伸びてきた蔓の上に乗り、そこを伝って本体へと走っていく。
蔓から本体へと向かう途中でも行く手を阻むように、他の蔓が襲いかかってくる。が、その度になんども足場を変えて徐々に本体へと詰め寄っていく。
「こっちはがら空きだ!」
そして本体へと到達した要は、中央にある大きな花目がけて鋭い爪を一閃。だが相手も黙ってはやられない。攻撃する瞬間を狙って、要目がけて蔦をのばして貫こうとしたのだ。なんとか体をひねって避けたものの、体勢が崩れてしまう。そのせいで攻撃が逸れ、急所を外してしまった。それでも本体に深手を負わせる事は出来た。
鋭い攻撃を受けたウォーレイーターは耳をつんざくような悲鳴を上げて悶え始める。一撃でしとめられなかった要は、その隙を見逃すまいとにゃいあで追撃する要。焼きすぎない程度の炎で、巨大なウォーレイーターを炎で通見込んだ。ウォーレイーターの悲鳴とともに、目の前に燃え盛る真っ赤な炎が立ち上る。要はそれでも油断せず、いつ相手が動き出しても良いようにじっと構えてその炎を見つめていた。
そして炎が消えた後に残ったのは、真っ黒こげになり煙を上げるウォーレイータの本体だった。
「よし、これで終わりだな。おーい、ユーフィ」
無事討伐を完了し、ウォーレイーターを背にしてユーフィに声をかける要。だが……
「カナメ、まだ死んでない!」
悲鳴にも似たユーフィの叫び声に、慌てて振り向く要。すると要を貫こうとする蔓が目前まで迫っていた。とっさにジャンプしてかわす事に成功した要だったが、体勢は崩してしまった。その隙を狙おうと、今度は地面からぼこぼこと蔦が飛び出して、逃げ道を塞ぐように要の周囲を覆い尽くす。
「くそっ!」
空中で、しかも周りを囲まれて逃げ場が無くなってしまった要。このままでは蔓に囚われてしまう。そんな要を救ったのは離れた位置でその様子を見ていたユーフィ。焦っていた要とは反対にユーフィは落ち着いて今の状況を見極めていた。そして要を助ける為に自分が撃てる最前の一手を導き出す。
――――ウィール――Ⅰ――薙ぎ払う風の刃――――
ユーフィの周りを漂う風が、風の刃を形取る。そしてユーフィの元から放たれた風の刃は、要の周囲を囲う蔓を根元からばっさりと断ち切り、要を囲っていた蔓の檻を壊した。逃げ道が出来た要はすぐ海女体勢を立て直し、その場からの離脱に成功した。
「これで………っ!?」
要を助けられたことでほっと安心したユーフィだったが、一難去ってまた一難。今度は要を助けたユーフィの足元から蔓が伸びてきて、彼女を絡めとってしまった。十分離れていると思っていたユーフィだったが、ウォーレイーターの攻撃範囲はかなり広い。こちらが目視出来る場所にはウォーレイータも攻撃出来るのだ。
その事を知らないユーフィは、要を助けられて油断していたこともあり蔓を避けれず、また逆さに吊るされてしまった。
「か……カナメ……」
「ユーフィ、今助ける!」
慌てて助けようと思った要だが、ふと冷静になる。このままだと助けにいくとまたそこを狙われ、最悪の場合両方とも囚われてしまう。そう考えた要はくるっと方向転換し、もうさっさと大本を倒す事にした。
助ける、と言いながら本体の方へ向かっていった要を見て悲壮な表情になるユーフィ。聡いユーフィは要の行動の意味を何となく理解していた。しかしこれでも女の子だ。出来れば颯爽と助けに来てくれたら、と思うのは仕方の無い事だろう。またまさぐられる前に助けて、そう願いながらじっと待つユーフィだった。
そんな複雑な心境のユーフィをよそに、さっさとけりを付けるべく本体に向かう要。まさかユーフィをほったらかして向かってくるとは予想していなかったウォーレイーターは、慌てて蔓で応戦しようとのばしてくる。
「さっさと倒さないとまた俺の弟子がすねるんでな。これで終ってくれ!」
要は向かってくる蔓を避けて、本体のそばまで接近する。そして魔法を防がれないようゼロ距離からにゃいんどを放つ。小さな風の塊がウォーレイータへと向かい本体を貫通する。だがダメージは少ない。こんなものか、と安心したウォーレイーターは魔法を放って隙が出来ている要を倒すため蔓の一斉攻撃を仕掛けようとする。だが要は笑みを浮かべたままゆっくりと口を開く。
「弾けろ」
その言葉とともにウォーレイーターは内側から圧力を受け、バラバラになってしまった。
要が放った魔法は以前ユーフィに教えた凝縮した風の固まり。それを内部まで貫通させ、そこで一気に凝縮させていた風を解放したのだ。さすがのウォーレイータも内部からの衝撃にはどうする事も出来ず、今度こそ絶命した。そして最後に残ったのは、蔓で木に吊るされ、ぷらぷらと揺れるユーフィだった。
「むぅ、むぅぅ!」
「そ、そろそろ機嫌直してくれないか……?」
「大丈夫、分かってるから」
といいつつもまだ顔は不機嫌、というよりも色んな思いが自分の中で処理し切れていないといった感じだ。蔓から解放されたユーフィはずっとこんな調子だ。そんな表情で黙々と回収作業をするユーフィ。そしてその周りをあたふたとくるくる回る要。
「ゆーふぃぃぃ!」
最終的に情けない声を出す要に、もうどうでもよくなったユーフィ。要をそっと抱き上げ頭を撫でる。
「あの時は要の行動が正しい。むしろ油断した私が悪い。ごめんなさい」
「いや、俺が悪いんだ。ユーフィの事を考えれば先に助けるべきだった。それに相手をなめてなかったらこんな事にはならなかったんだ。すまない」
実際、少し驕っていた部分もあった。この程度なら余裕だ、と。それが無ければ、最初の一撃で葬る事も可能だっただろう。最終的にお互い頭を下げる事になった二人は自然と笑みを浮かべた。なんだかんだで仲の良い二人である。
「体液の方はどうだ?」
「沢山採れた。これだけあれば大丈夫」
「しかし、あの炎で死んだと思ったんだがな……」
黒いくこげた部分を要は前足て触ってみる。すると表面だけ剥がれ落ち、綺麗なままの中身が現れた。ウォーレイーターはあの一瞬で表面を魔素でコーティングし、あの炎から身を守ったようだ。そして脱皮するかの様にこげた表面を剥がして襲いかかってきたのだ。
「なんだかんだでさすが禁足区域の魔物って所か」
「うん、厄介な相手だった。二度と戦いたくない……」
さんざん酷い目にあったユーフィ言うと実感がこもる。
「よし、なら早く戻ろうか。もう日も大分落ちているしな」
このままだとこの森で夜を過ごさなければならない。さすがにそれは勘弁してもらいたい二人は慌てて回収作業を終わらせ、森の出口へと向かう。
行きと違い帰りは楽なもので、要が前でひたすら要の猫気を発動。誰も近づけないようにして、暗くなった辺りをにゃいとで照らして足元を確保。邪魔な木々があればにゃいんどで吹き飛ばし、最短距離で出口へと走る。お猫様のお通りだと言わんばかりの爆走っぷりだ。
「戻ってきたぞ!」
「ん!」
こうしてあの淀んだ空気の森から解放された二人は、外の新鮮な空気を噛み締めるのであった。




