19話 禁足区域:水魔の森
禁足区域である水魔の森に着いた二人が目にしたものは、霧がかかり毒々しい色の木々が、うっそうと生い茂る不気味な森だった。
「これは……見るからに何か出そうな森だな……」
「気味が悪い……ひぅ!」
「どうした!?」
「ここの風、気持ち悪い。ぞわっとした」
「ああ、確かに何ともいえない不快感があるな……」
すーっと肌を撫でるような湿った生暖かい風。そして低く不気味なうめき声が森の奥から聞こえてきて、つい入るのをためらってしまいそうになる。普段なら絶対に行かないであろう場所だが今回はそうもいかない。
二人は警戒しつつ、その森へと最初の一歩を踏み入れた。
森の中は足元が泥濘んでおり、気を抜けば足を取られる。また霧が濃いせいで見通しが悪い。魔物の強さだけを気にしていた要だったが、こういう劣悪な環境も禁足区域とされた一因なのだ。
「ユーフィは俺の後ろから離れるな。これだけ霧が濃ければ、敵も発見出来ないから俺が気配を探る。ユーフィはいつでも対処出来るよう準備しておいてくれ」
「頑張る」
ユーフィの前を先導する様に歩く要は、目に頼らずひたすら気配を研ぎすませて敵の気配を探る。ユーフィは要からの合図でいつでも動けるよう剣に手をかけ、ゆっくりと要の後を着いていった。
「止まれ、何か来る」
暫く進むと要が敵の気配を感じて、一旦立ち止まる。様子をうかがっていると前からのっそのっそと泥にまみれた熊や狼が、低いうなり声を上げながら現れた。
「カナメ……」
「いや、大丈夫だ。ここは俺に任せろ」
敵を目視出来るようになりユーフィが身構える。が、要からすれば目の前に居る敵は雑魚だったので、身構えるユーフィに安心するよう声をかけた。時間があれば、ユーフィの練習相手には丁度いいぐらいの魔物だっただろう。
先を急ぐ要は、まだ警戒している敵を見据えて問答無用で魔法を放った。
「にゃいんど」
その言葉とともに、巨大な風の固まりが周りに風圧をまき散らしながら要の頭上に出現する。これに当たればなす術無く切り刻まれ、跡形も残らないだろう。本能的にそれを悟った魔物はすぐにその場を離れようと足に力を込める。しかし時既に遅し。周囲の草木もなぎ倒しながら迫り来る暴風は目前に迫っていた。そして魔物達は一瞬のうちに切り刻まれ絶命するのだった。
「まあ、雑魚ならこんなものか」
「一瞬で終わった……カナメ、凄い」
ある程度的の強さをはかれる要は予想通りといった形だ。だがそれを知らないユーフィは、禁足区域と言われた場所の魔物を一撃で葬った要に尊敬の念を抱く。
「凄いというが、あれぐらいならユーフィでも倒せるぞ。まあ今回は時間がないからサクッと倒したが」
「そうなの?」
「ユーフィは自分が思っている以上に強い。だから自信を持て」
「そう、かな?」
どうも自分を過小評価するきらいがあるユーフィだが、それなりの強さは持っている。だが、一緒にいるのが規格外の要なのでどうしても弱く思えてしまう。まさが自分が原因だとは思っていない要は、今後もどうしようかと頭を悩ますのだった。
獣が出てきてもにゃいんど、空から襲われてもにゃいんどと、無双のごとくばったばったとなぎ倒しながら奥へと進む二人。あまりの軽快さに、この二人を見た人が居れば本当にここは禁足区域なのだろうかと首をひねるだろう。
順調に進む二人だが、奥へ進むに連れてどんどん足元の水が多くなり、戦いにくくなってくる。また歩くたびにちゃぷちゃぷと音がたち、気配を殺して進むのも難しい。要の足はもう泥だらけで、毛も水のせいでぺたんとくっ付いてしまっている。
今はまだ要の魔法で問題なく倒せているが、それが無理な相手が出てきた時が大変だろう。より一層警戒しながら先を急ぐ二人。
「見つからないね……」
「ああ、特徴は分かったがどの辺りにいるまでは分からないからな……。それに見通しも悪いし、やっかいだ」
歩けど歩けど目当ての魔物は見つからず、どうでも良い雑魚ばかりに襲われる。
ウォーレイーターは食人植物で、周りの草木に蔓を紛れ込ませて相手を捕縛し、体内で消化させる魔物だ。植物という事で移動はしないようなのだが、その分奥深くに生息しており、また個体に寄って大きさがまちまちだ。また厄介な事に、とても良く似たマインドイーターという魔物も居る。これだけ探して見つけた魔物がマインドイーターだったなら、かなりくるものがある。
「ウォーレイーターどころかマインドイーターすら居ないとか……」
ぶつぶつと不満を呟きながら歩く要。足に纏わり付く泥の不快感も相まって気分は最悪だ。
「……っ! ユーフィ、止まれ。何か居る」
また何かの気配を察知した要は止まって注意深く周囲を伺う。しかし、今度はいつもとは違いその気配はその場にとどまり、動く素振りを全く見せない。
「敵が動かない……?」
「じゃあついに?」
「その可能性が高いな。相手は草木にまぎれて捕縛してくるから、先に俺が様子を見にいく。ここで待っててくれ」
「分かった、気をつけて」
今居る周辺には気配がなかったので、要はユーフィを残して先に偵察しにいく。要なら体のサイズ的に捕縛されにくく、されたとしてもすぐ抜けられるからだ。要一人なので木を伝い素早く先を進み、ある程度近づいたら気配を殺しつつ慎重に相手に近づいていく。そしてようやく目視出来る所までたどり着いた。が、そこに居たのはウォーレイーターではなく、マインドイーターの方だった。
「ここまで期待させといてこれかよ……!」
ようやく見つけたか! という期待が大きかっただけに落胆は激しい。さっさと倒してユーフィの所へ戻ろう。そう思った矢先――――
「きゃぁぁ!」
――――ユーフィの悲鳴が森の中を響きわたり、要の耳へと届く。
「っ! ユーフィ!」
あわてて悲鳴が聞こえた方へ行こうとする要だが、その隙を狙って目の前に居たマインドイーターが蔓を伸ばしてくる。そしてまさに飛び出そうとしていた要の体に巻き付き、その小さな体を持ち上げる。
「こんな時に……邪魔だ!!」
急いでいるというのに、それを邪魔するマインドイーターに要は苛立ち、手加減抜きのにゃいあを放つ。相手をまるまる包み込める巨大な炎が敵に襲いかかり、弾けるような轟音とともに全てを焼き尽くす。この水魔の森に居る魔物は基本水属性で、火には強い。だというのに、要のにゃいあを食らったマインドイーターは消し炭すら残さずこの世から消滅した。
捕縛から抜けだした要は、相手がどうなったかなど確認せず、一目散にユーフィの元へ翔ていく。そして生い茂る木々の隙間を縫い、最短距離でユーフィの元までやってきた要が目にしたものは………………複数のマインドイーターに囲まれ、ツタで捕縛された逆さまのユーフィだった。
時間が戻る事数刻。
ユーフィは要を見送った後、辺りを警戒しながら帰りを待っていた。要が言うには回りに気配はないという事だったが、それでも気を付けるに超した事はないだろう。
「一人だと……こんなに不安なんだ……」
要と居る時は感じなかったが、一人になった途端に襲いかかる恐怖。うっすらと聞こえる物音や、水の滴り落ちる音。そして肌を撫でる湿った風。そのすべてがユーフィを恐怖の底へと誘う。
本来、禁足区域というのはパーティでやってきたとしても、このような恐怖に襲われる。敵は目に見える魔物だけではない。冒険者に取ってこの場所全てが魔物で、並大抵の冒険者なら入るだけで精一杯だ。だからこそ、禁足区域とされるのだ。
「大丈夫……すぐ戻ってくる……」
数分の辛抱だ、と心に言い聞かせじっと恐怖心に耐え要の帰りを待つ。しかしそんなユーフィをあざ笑うかの様に、がさがさと何かが這いずる音が鳴り響く。
武器を構え、音がする方を探すため集中する。が、前から後ろから、右から左からとあちらこちらで這いずる音がする。その不気味さと恐怖で思わず後ずさるユーフィ。しかしそれが失敗だった。その隙を待っていたかのように、一歩後ろへ下がったその足に何かが絡み付く。
「何!?」
そして急に引っ張られた事により体勢を崩したユーフィは、そのまま何かにつり上げられ、空中で逆さになる。
「っ! あれは……ツタ?」
何がなんだか分からないユーフィはなんとか足元を確認する。そして目にしたものは、足に絡み付く不気味な色をした数本の蔦だった。
そう、ユーフィの足に絡み付いていたのは蔦だったのだ。そしてそれが木の枝を利用してユーフィをつり上げた。その蔦を確認したユーフィは、さっと顔が青くなる。蔦と言えば、マインドイーターかウォーレイーター。そしてそれらは捕縛したものを体内で消化する。
それを思い出したユーフィはこのままでは消化されてしまう。そう思い、慌てて手に持っていた剣で蔦を切ろうとする。が既に次の魔の手がユーフィに襲いかかる。
まずは蔦を切ろうとする手に別の蔦が絡み付き、その動きを封じられる。そして今度は空いていたもう片方の足に、という具合にあれよあれよという間に体中が蔦に侵される。
「そんな……」
両手両足、蔦で絡めとられ自分の意志で身動きができなくなってしまったユーフィ。それを確認した所でようやく本体が現れた。その数なんと10体。
いったいどこに居たのかというぐらいで、どのマインドイーターも花の真ん中にある口をぱくぱくと動かしている。あの中に入れられてしまえば、後はゆっくりと消化されるのを待つだけになってしまう。
そしてユーフィに絡み付いた蔦は、獲物を値踏みするかの様に服の間から入り込み、その隙間を這いずり回る。ぬるぬると湿ったその蔦の気持ち悪さと、このままだと消化されてしまうという恐怖心がマックスになったユーフィは、ついに叫び声を上げてしまった。
そして時は戻り、そんな顔を赤くして涙目で助けを求めるユーフィを見た要は最初に思った事。それはなんてお約束なんだ、だった。この男最低だ。
周りのマインドイーターもそんなユーフィの様子を楽しんでいるのか、一向に補食しようとせず、やんややんやと、ひたすらまさぐって楽しんでいた、様に見える。
その光景を見てさっきまでの焦りは無くなり、熱を帯びたユーフィの顔を見て一瞬助けに入る事をためらってしまった要。
「か、カナメ……助け……ぅんっ!」
「って、見とれてる場合じゃない!」
すぐさま我に返り慌てて助け出す。10体も居たがどれもにゃいんどの餌食になり、一撃で葬り去られる。
その蔦から解放されたユーフィーはそのまま真っ逆さま。もう少しで地面に激突という所で服の首元を要が咥え、お尻からゆっくりと無事に着地する。
「ユーフィ、大丈夫がっ!」
無事を確かめようとした要。が、まだ目に涙を浮かべ、熱の引いていない表情のユーフィに頭を鷲掴みにされてしまった。どうやら一瞬迷った事がばれたようだ。
「カナメ……迷った……」
「いや、あれはちがっ!」ミシ
「すぐに助けてくれると思ったのに……」
「だから気の迷いなんだっ!」ミシミシ
「やっぱり迷ったんだ……!」
「ちょ、ユーフィさん、ほんと、マジで頭が! 頭が………………のぉぉぉぉぉ!!」ミシミシミシミシ!
こうして一瞬欲望に囚われた男は天罰を食らい、なんとも情けない悲鳴が森の中を響きわたった。




