第三話 脱皮のお手入れ(前編)
「よければ手伝おうか?」
脱皮が始まりつつあるリーザに対し、俺はそう提案した。
脱皮は1人で自然に行うと時間がかかってつらいモノだと聞く。
俺が手伝えばその歯がゆさは取り払われるはずだ。
対するリーザは、長い蛇の胴体をモゾモゾと揺らし、悩ましそうに唸り始めていた。
「どうしようかしら……触られるのは癪だけど、背中とか尾の裏側とか手が届かないところの脱皮は自分で処理しきれなくて鬱陶しいのよね……」
ラミアは蛇の下半身が数メートルもあるのですべての脱皮殻を自分の手だけで綺麗に剥ぎ取るのは不可能だ。柔軟とはいえ、手の届かない部分がどうしても出てくる。
「俺が手伝ってよければ、その辺の皮を剥いてやれるんだけどな」
「……どうせイヤらしく触るのが目的なんでしょ?」
「そんなことはある」
「潔いわね……」
「けど、それと同等以上にモン娘の役に立ちたい気持ちも強い」
「じゃあ……もしあなたに手伝う許可を出したら、どういう風に脱皮を手伝ってくれるの? 脱皮はむやみに引っ張られると痛いだけだわ」
少し譲歩したようにリーザがそう言ってきた。
俺はここぞとばかりにリュックを漁る。
「確かに力任せに引き剥がすと新しい鱗を傷つけてしまうもんな。だからまずはこれを塗ろう」
俺は小さなガラスボトルを取り出した。
中には透き通ったとろみのある液体が入っている。
「何よそれ」
「これは魔物用の高保湿オイルだ。馴染みの薬屋で特注した逸品さ」
へえ、とリーザが興味深そうに目線をくれる。
「これを古い鱗と新しい鱗の隙間に馴染ませることで、摩擦を減らして滑らかに皮が剥がれるようになる」
「……なんでそんなものをピンポイントで持ち歩いてるのよ」
「いつ脱皮間際のラミアに出会ってもいいように常備するのは常識だろ?」
「狂ってるわ……」
リーザは引きつった顔で後退りしたが、俺は気にせずオイルを手のひらに数滴垂らした。
途端に、甘く爽やかな柑橘系の香りが広がる。
それは風に乗ってリーザにも届いたようだった。
「……良い香りね」
「だろ? このオイルは体臭ケアにも繋がる。さあリーザ、どうする? 俺の手伝いを拒否して、このオイルを堪能せずに、1人で脱皮に苦しむか?」
「うぅ……わ、分かったわよ」
リーザは観念したように言った。ソロ脱皮の大変さを十分知っていることと、オイルの効能が気になるというその2点で、折れてくれたのだろう。
「手伝ってくれていいわ……ただし、変なところは触らないで欲しいの」
変なところ……多分上半身と下半身の境界線、腰布を巻いている辺りだろうな。
「大丈夫。触らない。俺は君が脱皮に難儀し始めたらオイルでサポートして、剥くのを手伝うだけに留める。境目辺りは自分でオイルを塗ってくれ」
「……ありがとう」
俺はリーザに近付いて、オイルを手渡した。
脱皮は上半身との境界線付近から尻尾めがけて剥いていくようで、今はそれこそちょうどそのデリケートな部分がペリペリ剥がれ始めていた。
背を向けてその辺を見ないようにしつつ、まずはリーザ自身の手に脱皮を委ねた。
「て、手伝って……」
しばし背を向けていた中で、そんな声。
振り返ると、腰布の下辺りまで古い鱗が下がってきていた。
でもまだ数メートルは剥き切らないと脱皮は終わらず、先は長そうだ。
ここまですでに30分は掛かっている。
手伝っての声に従い、俺は一旦オイルを返してもらい、自分の手に垂らし、リーザ自身の手が届きにくい背面の古い鱗を丁寧に剥いていく。
剥くと、新しい鱗が出てきて、その綺麗さに目を奪われうっとりしてしまう。
少し触ってみると、ヒンヤリしていて気持ちが良い。
「こ、こらっ、新しい鱗はちょっと敏感なんだから触らないで」
「すまん。了解した」
本当はもっと触ってみたいが、そういうことなら我慢だ。
俺はリーザの古い鱗を剥くことに集中する。
「……どうして、人間のメスより魔族のメスがいいのよ」
日が沈み、それでもなお全然まだまだ掛かりそうな中で、リーザにそう問われた。
「普通、人間は人間で同族の異性に魅力を感じるものじゃないの?」
「普通ならな。俺は普通じゃないんだ。人間の女にはモテないから、異形の娘が好きになった」
現代で生きていた頃の話になるが、幼い頃から俺はどうにも異性ウケが悪かった。
顔面レベルとかは普通なはずなのに、陰のオーラがすごかったのかなんなのか、生理的にこいつキモいな、邪魔だな、と思われてしまうタイプだったようで、学生時代は女子から避けられ、社会人になっても業務上の話以外、特にすることはなかった。
「俺みたいなヤツがそれを打開しようとして頑張っても、その頑張り自体がキモく映るみたいでどうしようもなかった。だから、もう人間の女は諦めた。だからってモン娘が俺を評価してくれるかは分からないんだがな」
そう告げると、リーザは、
「……私は、あなたの最初の印象は悪かったわ。異種族に執着するだなんてキモいもの」
「お、おう……」
「でも、こうやって脱皮を手伝ってくれるし、一度殺しているのにそれを気にもせず接してくれるから、ちょっと見方を変えているわ……無条件であなたを嫌っていた人間のメスたちは、見る目がないわね」
ちょっと照れ臭そうにそう言ってくれた。
俺はなんだか心が晴れやかになった。
「ありがとう。また一段とモン娘が好きになっちまうよ」
「……私という個体を、じゃないの?」
「失敬。そうだな。リーザのことがもっと好きになっちまうよ」
「ふん……おばか」
目を逸らし、宵闇の中で紅潮する頬が可愛らしい。
さて、まだまだ古い鱗との格闘は続きそうだ。
焦ってリーザを傷付けたら洒落にならないので、早く剥けばいい話でもない。
1人だともっと脱皮には時間が掛かるんだろう。
その大変さを理解しながら、俺は最後まで付き合う覚悟を決めるのだった。




