第二話 マイスイートエンジェルを追え!
ラミアが逃げ去った草むらには、1枚の、小さな赤い鱗が落ちていた。
「……美しい」
俺は地面に膝をつき、その鱗を慎重に拾い上げた。
指先で撫でると、乾燥しきった硬さと、ほんのり温かい体温の残滓が伝わってくる。
「ラミアの鱗は、脱皮前になると表面の水分がなくなってわずかに剥がれやすくなる……。間違いない、彼女は近々脱皮の時期を迎えるはずだ」
前世で貪るように読み込んだモン娘図鑑の知識が、脳内で目まぐるしく駆け巡る。
「脱皮、見てみたい」
俺はラミアの痕跡を追いかける。
丸太でも引きずったようなラミア特有の痕跡は分かりやすいし、鱗が幾つもその痕跡のそばに落ちている。
「仲良くなりに行こう。そしてあわよくば脱皮を見せてもらいたい」
俺は宝物のように鱗をポケットにしまうと、静かに森の奥へと足を進めていった。
◇
追跡を開始して約1時間。
森の深部、大きな岩壁にポッカリと開いた、風通しの良さそうな洞窟の前に辿り着いた。
入口付近の地面には、彼女の赤い髪の毛が一本、落ちていた。
「ここが彼女の巣で間違いなさそうだ」
俺は込み上げる感動を抑えきれず、洞窟の入口に向かって朗々と声を張り上げた。
「おーーい! さっきは至高の締め上げをどうもなー!」
しんと静まり返っていた洞窟の奥から、ガタタッ! と激しい物音が響いた。
直後、奥の暗闇からズザザザッと勢いよく飛び出してきたのは――案の定さっきの赤髪ラミアだった。
「――しつこいっ!!」
彼女は鋭い縦長の瞳孔をこれ以上ないほど見開いていた。
「帰って! なんで付いてきたのよ!」
「俺はモン娘が好きなんだ!」
「……モン娘?」
「モンスターの娘ってことだ!」
「人間のくせに魔族のメスを好んでいるということ? き、気色悪いわね……討伐対象を好む異常者として異端審問に掛けられるんじゃない?」
「どうでもいいさ。俺はとにかく君と仲良くなりたい!」
1歩詰める。
「こ、来ないで! 絞め殺すわよ!」
「不死身だってさっき言ったろう。俺は殺されない。それに君に絞められるのはご褒美でしかない」
ジリジリと間合いを詰める俺に対し、彼女は威嚇しながらも、一歩、また一歩と後退りしていく。
捕食者であるはずの彼女が、完全にバケモノを見るような目をして俺に追い詰められていた。
「さあ、お願いだから仲良くしよう」
「帰って!」
ぶん! と尻尾が振るわれ、地面に落ちていたカボチャサイズの石を飛ばしてきた。
それは俺の頭部にクリーンヒットし、脳までえぐれたが、不死身の俺はただちに復活してまた間合いを詰めていく。
「ひィ……!」
「さあ、まずは君の名前を教えて欲しい。それまでは絶対に引き下がらないぞ」
「な、なんで名前なんて知りたいのよ!?」
「愛するモン娘の名前を知りたいと思うのは男として当然の欲求だろ!!」
「愛するとか言わないで気色悪いっ!!」
「俺はタケルだ! さあ、君の名前を教えてくれ!」
「嫌よ!」
「教えてくれるまで毎日ここに通い詰めて『至高の締め付け』をねだり続けてもいいのか!?」
「っ……!?」
俺の至極真っ直ぐで力強い瞳(狂気)に射抜かれ、彼女はヒッと小さく息を呑んだ。
毎日通われる――その未来を想像したのか、彼女の体が羞恥と恐怖でプルプルと震え始める。
「……っ、うぅ……っ」
「さあ!」
「り……」
「り?」
「リーザよ!! リーザ! これで満足!? 満足したならさっさと人里に帰りなさいよーっ!!」
真っ赤になった顔を両手で覆い隠しながら、彼女――リーザはヤケクソ気味に叫んでいた。
リーザ。
なんて可憐で、彼女の美しい赤い姿にぴったりの名だろうか。
「リーザ……素晴らしい名前だ。教えてくれてありがとう」
「うるさああああああい!」
心からの感謝を伝えると、リーザは壁際で丸くなり、長い蛇の胴体で自分の体をすっぽりと隠してしまった。隙間から覗く赤い瞳が、涙目になって俺を睨みつけている。
「教えたんだから早く帰って……」
「つかぬことを聞きたいんだが、本来のリーザはここまでヒステリックじゃないんじゃないか?」
「な、何よ急に」
「リーザは今、歯がゆい状態でイライラしているんじゃないか?」
蛇の胴体の表面が、先ほど川辺で見たときよりも乾燥してカサついて見えた。
皮膚が浮いて、その下には油分たっぷりの新鮮な鱗が見えている。
「脱皮の時期だろう?」
「そ、それは……」
「普通の爬虫類もそうだが、脱皮は大変そうだ。じっくり時間を掛けて、自然と剥がれるのを待つような感じで、そのあいだはずっと歯がゆいんだろう?」
痒いところに手が届かない感じ。
恐らくそんな感覚なのだ。
「よければ手伝おうか?」
俺がそんな提案をすると、リーザは悩ましそうに唸り始めるのだった。




