第四話 脱皮のお手入れ(後編)
東の空がゆっくりと白み始め、柔らかな朝の気配が訪れた頃、
「……よし、最後だぞ」
リーザの脱皮はいよいよ大詰めを迎えていた。
決して破れることなく綺麗に連なった古い鱗は、残すところ尻尾の先端部のみとなっている。
それを破かずに剥くことが出来れば、完璧な抜け殻が出来上がる。
別に完璧な抜け殻を目指す意味なんてないが、どうせならである。
リーザはその最後の剥き作業を俺に任せてくれている。
尻尾を巻けばリーザ自身の手が十分届く部位だが、すっかり俺を信用してくれたのか、託してくれていた。
俺は指先にそっと力を込めて、リーザの尻尾の先から古い鱗を剥いていく。
焦らず、慎重に。
ペリリ……。
と、かすかな音を立てて、最後の皮が綺麗に剥けた瞬間、ちょうど山の陰を抜けて差し込んできた朝日が、リーザの全身が照らした。
新しい鱗に生まれ変わったリーザの身体がまばゆい光沢を放つ。
濡れたように光る真新しい赤い鱗。
その滑らかさとみずみずしさは、まるで磨き抜かれた最高級の宝石のようだった。
「――ん~~~~~~~っ!!!」
そして、リーザが大きく伸びをした。
古い鱗からの解放感を噛み締めるかのように、伸び終えたあとは周辺を踊るように這って、気が済むと俺の前に戻ってきた。
「やっぱり脱皮後は気分がスッキリするわ」
「そいつは良かった」
「いつもなら脱皮後は上手く剥けてなくて血が滲んでしまう部位もあったりするけれど、今回はあなたが用意してくれたオイルのおかげで傷がないのも最高ね」
「ああ、綺麗なもんさ」
もはや神々しいとさえ言っていいリーザの肉体美である。
一晩中集中してオイルを塗り込み、皮を丁寧に剥き続けるのは骨が折れたが、この圧倒的な美しさを拝めたのだから疲れなんて一瞬で吹き飛ぶというものだ。
「わざわざ朝まで付き合ってくれて、本当に感謝するわ」
リーザはお礼を言ってくれた。
「魔族の脱皮に付き合ってくれる人間なんて、ラミア族の歴史上でも私くらいしか経験してないんじゃないかしら」
「ホントかよ。こんなに可愛い種族に魅入られるヤツが居ないっていうのか?」
「か、可愛いかはさておいて……魔族なんだから当然でしょ、あなたたちの敵よ、私たちは。好意的に接するあなたがおかしいのよ」
……まあ、そういうもんか。
実際、この世界の人間は魔族を迷惑がっている。
現代で言えば熊とか猪とかそういう扱いだろうか。
被害レベルはその比じゃない。
だから冒険者ギルドなんてモノが各国にあって、そこに冒険者が名を連ね、正義感だったり、日銭稼ぎ目的だったりで、魔族を狩っている。
俺はこっちの世界に転生というか転移して半年程度。
この世界のことを全部分かっているだなんて口が裂けても言えない。
けど、
「人間が必ずしも正しいだなんて思わない。魔族を一括りに悪として断罪出来るほど、人間は偉い存在じゃないんだ。俺はそう思う」
「……面白いわね、あなた」
リーザは呆れたように、けれど好意的に笑ってくれた。
「何かお礼がしたいのだけれど、特にあげられるものがないわ」
「要らんさお礼なんて。でも許してくれるなら、この抜け殻を持ってってもいいか?」
「構わないわ。そんなモノ使い道がないもの」
「じゃあ遠慮なく」
俺は抜け殻を畳み、リュックにしまった。
売れば高値で売れそうだが、もちろん売らない。
これはコレクションにする。
「じゃ、俺はそろそろ街に戻……」
ふらっ、と俺は足元がおぼつかなくなり、膝を突いた。
……さすがに眠気と疲れがピークか。
「休んでいきなさいよ。巣穴に入ってもいいから」
「けど……君と出会った川の畔に馬を置いてきてる」
手綱で木に括り付けている。
周辺の草を食っているだろうから空腹の心配はないが、野晒しにしっぱなしも良くはない。
「なら、私が連れて来てあげる。だから、あなたは巣穴の奥にある私の寝床で休んでなさい」
そう言ってリーザが川の方に這って行った。
俺は巣穴の洞窟に入らせてもらい、奥にふかふかの藁が敷き詰められている寝床を見つけた。
バタンと倒れるように横たわり、しばし洞窟の天井を見上げていると、馬の嘶きが近くで聞こえてきた。
「馬は入り口に繋げておいたわ。……じゃあ、私も休ませてもらうから」
リーザも同じ寝床にやってきて、ちょっと照れ臭そうに下半身を巻いていた。
リーザの上半身が俺の隣に横たわってくる。
上半身だけ見れば、赤髪の房が胸を隠しているだけの蠱惑的な美少女で、そこから視線を下げれば当然蛇の下半身が見えるわけで、なんとも完璧なフォルムだ。
これだけ可憐な少女が、ただの人間ではない。
そこに妙な背徳感があって、俺は疲れているはずなのに、ふつふつと沸き立つモノがあった。
俺の目線や変化に気付いた様子のリーザは、罵ってくるかと思いきや、
「……魔族好きの変態には、そういうお礼の仕方もあるのかもね」
どこかイタズラめいた表情でそう言ってきた。
尻尾をなまめかしく操って、俺のズボンを脱がそうとしてくる。
「……いいのか?」
「あなたの体力が持つならね……ラミアはメスしか居ないから、気に入った他種族のオスには執着するわ。私は初めて、その執着心を持ってしまったかも」
「光栄だな」
初めてをラミアに捧げられるなんて、生きてて良かった。
そう考えているうちにリーザの唇が近付いてきたので、俺は応じた。
そこからはもう、夢のような時間の始まりだった。
◇
事が済んで、眠り、次に目が覚めたとき、時刻は昼過ぎだった。
俺はリュックを背負い直して、巣穴の入り口で馬に跨がった。
「帰っちゃうのね」
俺より先に目覚めていたリーザが見送りに出てきた。
赤い瞳が、名残惜しそうに揺れていた。
「また来てもいいか?」
「もちろんよ。いつ来てくれるの? 明日?」
「そんなすぐに来れるかは分からない」
「あっそう……」
つまらなそうにリーザはそっぽを向いた。
明日また来て欲しいくらい、好かれてしまったらしい。
「君ってやつは可愛いな」
「う、うるさいのよおバカ!」
「おバカじゃなくてタケル。大丈夫、必ずまた会いに来るさ」
「ふん、魔族好きの愚者として異端審問官に捕らえられたりしないようにね」
そう言ってまたそっぽを向くが、立ち去る俺の姿が見えなくなるまで、リーザは巣穴の入り口でずっと俺を見送ってくれていた。
初めて仲良くなったモン娘・リーザ。
この出会いは大事にしなければならないと胸に誓いながら、俺は最高の気分で街への帰路に就いたのだった。




